第71話 はづきも歩けば事件に当たる伝説
野中さんの声優ラジオ放送日だ!
ということで、出かけるまでに気合を入れ、念入りにお風呂に入り、髪を整え、爪を切ってからアワチューブのお化粧動画を見つつ基礎化粧品を使ってみたりなどした。
うんうん、悪くないんじゃないか。
この上からバーチャライズするから何もかもリスナーに見えなくなるという一点を除いては。
そしてご飯を食べた。
お昼は冷やし中華をお代わりして三玉食べた。
「本当によく食べるわねえ」
母がニコニコしている。
エネルギーを溜めておかないといけないからね!
こうして夕方に近づき、いよいよ出かける時間。
兄が車で迎えに来た。
「ちょっと同行者がいるが気にするな」
「同行者……?」
車に乗り込んで、見知った顔がそこにいたので私はぎょっとする。
バーチャライズした姿も、素顔も知ってるその人は!
「か、風街さん!!」
「はい、風街流星です! はづきさん、今は三日ごとに事件と言える状況に遭遇しているの。だからそこから考えると……今日か明日。なので、今日に当たりをつけて斑鳩合同会社へ連絡させてもらったわ!」
エ、エネルギッシュ~!
私がまた何かに出くわすと想定して、あらかじめ同行しようというつもりなのだ。
兄は平然とした顔をしている。
「これは正式な仕事だ。迷宮省案件だからな」
裏でお金も動いてた!
迷宮省は他の省庁と違って、割りとすぐにお金が動くらしい。
町中に出現して、放置すると災害を引き起こすダンジョンに関する場所だから、経費は使った後に報告でいいんだって。
「はづきさん、今日はお洒落してる? かわいい! そのままでもアワチューブ出られるのに、バーチャライズしちゃうのがもったいないなあ」
「あひー、素顔のままだと一言も喋れる自信がありませんから!」
後部座席で風街さんとお喋り……というか一方的にお話をされつつ、私は収録のスタジオへ向かうのだった。
到着したスタジオは……。
なんだか、周りに人だかりができている。
どういうことなの。
「……なるほどな」
会社と連絡を取っていた兄が、運転席から振り返った。
「スタジオがついさっきダンジョン化したそうだ。ラジオの一つで行われた公開録音で、男性声優が結婚を報告。紛れ込んでいたガチ恋勢が呪詛とともに生霊化してダンジョンを引き起こしたそうだ」
「め、迷惑な……リアルタイムダンジョン……」
「まさにライブダンジョンね!」
風街さんが自分の所属事務所のことをネタにした。
確かにそうだけど、躊躇しない辺りこの人凄いな。
「あれ? はづきさん?」
外から窓をノックする人がいる。
窓を開けたら、ピョンパルさんと野中さんだ。
野中さん、無事だったー。
「ピョンパルさんに助けてもらったの。だけど困ったなあ……。この後収録なのに……。あと、男性声優のスタッフも人質に取られてて……」
「ダンジョンで人質……!」
新しいなー。
ピョンパルさんが説明を交代する。
「つまり、その男性声優がどこの誰とも知れない女と結婚するなら、自分のものになれ、的な要求をね」
「ひえー」
「さらに同調したママ目線ファンが、更に生霊化してダンジョン内で戦いを開始してるんだよね。修羅場~」
「あひー!」
最悪だー!
「なるほど! やっぱりはづきさんは持ってるわねー。私の目は確かだったわ!」
そこで、奥にいた風街さんが話に加わってきた。
ピョンパルさんがギョッとする。
「か、風街さんピョン!? なーんでここにいるピョンかあ!?」
「ふっふっふー。私ははづきさんについてきたら、絶対に事件が起こると踏んで経費を使ってさっきはづきさんの事務所に同行の仕事を依頼したんです」
「相変わらずフットワークが軽いピョン……。ゼロナンバーながら神出鬼没の風街さん……」
すっかりピョンパルさんは呆れると言うか、思考を放棄してしまったようだった。
「じゃあ、ちょうどここに三人も配信者がいることだし、行きましょうか!」
扉から出た風街さんがバーチャライズする。
その姿は、登録者数二百万人に届かんとするトップランク冒険配信者、風街流星。
迷宮省スタイルじゃないと、斜めに被ったベレー帽にフェミニン?なコート姿。
かっこえー。
「仕方ないピョンなあ」
ピョンパルさんも姿を変える。
みんなダンジョンに注目してて、彼女の正体に気付かなかったみたいだ。
そして私。
「じゃ、じゃあ私もバーチャライズを……えーと」
カバンからAフォンを取り出そうと、ゴソゴソする。
「早く早く!」
風街さんに急かされて、私は慌てた。
「あひー、ちょ、ちょっと待って下さい! あひー!」
降りる時につまずいて、転びかける。
そこを、ピョンパルさんと風街さんがキャッチした。
キャッチされた状態でバーチャライズ完了……!
締まらないー!
冒険配信者が三人も揃うと、流石に周りも気づいたみたいだ。
「えっ!? なんでここにピョンパルが!?」
「流星ちゃんだ!!」
「はづきっちーっ!? あ、なんかピョンパルと流星に抱き抱えられてて……あら~」
最後のは何か変な感情を抱いたな!
その人がすぐに、ツブヤキックスに投稿しているのが見える。
なんたること~。
「またトレンドをいただきだな」
兄がにやりと笑った。
「ええと、それじゃあ皆さん!」
ここで、野中さんが声を張り上げた。
さすが声優さん、声が通る!
誰もが彼女に注目した。
「これから私たちで、ダンジョン化したスタジオを取り返しましょう! 時間通りにラジオを始めるんです!」
この宣言に、周囲の人々が「うおおおおおおおおおおお!!」と盛り上がった。
「仕方ないピョンなー! やってやるピョン!」
「うんうん、やはりはづきさんは特異点ですね! 私の見立て通り。あ、もちろん私も参加するけどね!」
「か、勝手に状況がどんどん動いていくんですけど~!? あひー!」
もちろん私は強制参加なのだった。
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