第70話 モーションと収録伝説
私は今!
スタジオでゲームのお仕事をしています!
「い、色々ペタペタくっつけてモーション取るんですね……」
「ええ、そうなんです。今はかなり精密に動きをトレースできるんですよ。……それにしても、はづきっちの素顔もこんなに可愛いなんて……」
眼の前のお姉さんの息が荒い!
危機感を覚える~!
私は、ソシャゲにきら星はづきというキャラとしてイベント実装されるので、そのためにモーションを取ってからセリフの収録を行う。
腕やら顔やら足やら体に、ペタペタと動きを捉えるためのシールが貼り付けられる。
なので、バーチャライズはできないのだ!
ちなみに目の前のお姉さんは、私担当の人。
同性がいいだろうというのと、私の正体を知る人は少ないほうがいいということで決まったらしい。
まだ新人さんなんだって。
「じゃ、じゃあよろしくお願いします」
「はい! はづきっちお願いします!」
担当の人の他には、技術者の人もいる。
彼は私の配信を見てないそうなんで、正体を広めたりする心配が無いんだとか。
この人はガラス窓越しに、こちらに指示を出してくる。
私のモーションをリアルタイムで見ながら調整し、データとして取り込んでるらしい。
『では収録しまーす。バーチャルゴボウを持って身構えて下さい。……えっ、配信でもその構えなんですか!? 素人っぽすぎる……!!』
「はづきっちがそこがいいんですよー! うわあ、本物だ……」
技術者の人からすると、今までモーションを取ってきた人の中で、私がダントツで素人っぽいらしい。
いや、素人を超えた素人オブ素人。
一周回って、全く次の動きを予測できない挙動不審なアクションなんだそうだ。
『まあそれっぽいアクションに後で改修すれば……。ううっ、全然強そうに見えない。この手打ちのゴボウで強大なデーモンを撃破してるとか嘘でしょ……』
なんか技術者の人の常識が破壊されて行ってるのを感じる……。
「はづきっちは現実にやってるんですよ! 改修なんか絶対だめです!! 先輩もこの間アーカイブみたでしょ!」
『見たけどさあ……。いや、俺はプロだ。顧客がこの動きを望んでいるというなら、俺のリアル観を捨ててやりきってやる』
「それでこそです! 頑張って、先輩!!」
おや……?
このきら星はづき、ラブのにおいを感じましたぞ。
こう見えて私はちゃんとオタクなので、そういう系統のマンガや小説やアニメを嗜む。
こういうマンガっぽい展開には敏感なのだ!
なお、最近ではアニメやゲームに配信者が登場して、素人っぽい喋りを吹き込むことが増えてきていて、配信者に興味がなかった私はやり場のない感情を覚えていたものだ。
まさか私が吹き込む側になるなんて……!!
すまんな、ゲームファンのみんな……!!
ということで、必要なモーションを思ったよりも早く撮り切って終了。
私の動きが特殊過ぎて、リテイク出して良いのかさっぱり分からなかったらしい。
その後で、読み込んできた脚本で声を吹き込むことになる。
掛け声が多いな。
「あちょー!」
『あーっ、き、気が抜ける……』
「先輩、リアル! すっごくリアルですよこれ!」
『そうなの……?』
「あひーっ」
「あ、こっちは臨場感が無い……。配信のはづきっちのあひーは本当に凄いんですよ! まるで画面の向こうから配信見てる人みたいな他人事感で……」
『そうなの……?』
ファン目線とプロ目線、両方あるんだなあ。
こっちの関係は見てて楽しい気がする。
結局あひーは六回くらい取り直しをして、これならまあ……と担当さんが認めたものになった。
ちなみに担当さん、「はづきっちに被ダメのモーションがあるのおかしい……現実で一回も被弾してないのに」とずっとぶつぶつ言っていた。
ゲ、ゲームだからね、ね?
夕方まで掛かって、吹き込みも終わった。
一日スタジオにいた!
出たお弁当は美味しかったし、スタジオ涼しかったけど……。
収録した私の音声を聞かせてもらったら、これはもうひどい。
「ぼ、棒読み……!」
「大体配信者はそんなもんだよ。企業系になるとかなり上手くなるけどね」
技術者の人に慰められたけど、私は私自身が微妙だなーと思ってた、配信者系キャラよりもうちょっとひどい感じになっていたのだった。
ああー、人のことを言えない。
「はづきっち、リアル女子高生なんでしょ? それに演劇の経験があったわけじゃないでしょ。じゃあ普通普通」
担当さんも励ましてくれる。
そうかな……。
いやいや、だけど甘えてはいけない。
私は内心でリベンジを誓うのだった。
ちなみにリリースされた私のキャラは、この素人っぽさとヘボさが配信そっくり、と評判だった。
棒読み演技はまとめサイトで大いにネタにされた。
お、おのれ~!
時間は戻って、収録後の夕食。
兄と二人でちょっとお高いレストランに来ていた。
よそ行きの服を着ているのと、素顔なので私の正体はバレない。
だけど、お高いお店に来ると挙動不審になる……。
「まあなんだ。元気出せ」
兄に励まされてしまった。
「俺も最初のボイス収録は本当にひどいものだった。そこからトレーナー付けて、ボイトレもして猛特訓をして様になるようになったものだ」
「あー、そう言えば企業系だったから」
「そういうことだ。ボイスだけを売ったりしているからな」
「でもお兄ちゃん、私にトレーナーつけようとか全然言わなかったし」
「プロっぽくなったらお前じゃないからな。お前は型にはまらない、最強の型なしだからこそきら星はづきなんだ」
「良いことを言われたような、ごまかされたような……」
そこで、オーダーしていた肉料理が届き始める。
私の頭の中は、腹ペコモードに切り替わった。
「夏休み終わりまでスケジュールはビッシリ埋まってる。次は声優ラジオの生放送だ。しっかり食べて栄養をつけろ。あとよく寝ろ。何か気になることがあったらすぐ相談しろ。俺が解決する」
「美味しい美味しい」
兄がなんか色々言っているけれど、お肉が美味しいだけで疲れなんか吹っ飛ぶよね……!
明日も頑張る活力が、食べているそばから湧いてくるのだった。
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