第306話 カレーとアフタヌーンティー伝説
「ミス・ハヅキ。君はキングダムの食事は不味いものだと言う固定観念を持っているかも知れないが……」
「あ、別にそんなことはないです」
「我が国の食の奥深さをこれから教えてあげよう。車に乗りたまえ」
話が通じているような、通じてないような。
私たちは、ルシファーさんの車にわいわいと乗り込んだ。
バングラッド氏はデフォルメフィギュアサイズに縮んでもらい、ビクトリアが抱っこしている。
「出してくれ。例の店へ」
「はい」
白手袋の運転手さんが頷き、車が走り出した。
うーん、真っ黒なリムジン!
中は向かい合う座席になっていて、私、ビクトリア、彼女の膝の上にバングラッド氏。
対面がルシファーさんだ。
タマコさんは向こうの迷宮省と話があるらしく、泣く泣く同行を諦めた。
後で合流するって。
「なにっ、ビクトリアという名前なのか!? アメリカ出身なのに!? ふーむ、なんたる傲慢さ……。いいぞいいぞ」
なんで嬉しそうなんだろう。
「私は、人はもっと内面に傲慢さを持っていていいと思っている。謙虚なのは必要時に最低限だけでいい。傲慢さは己の自己肯定感を高める。外に出せばいらぬ諍いを呼ぶゆえ、筋トレなどで実力をつけねばならないがな……。不思議なことに、筋トレをするほど己の中の傲慢はみだりにその力を振るわなくなっていくのだ」
「語りだした!」
「私の語りを聞いていたまえ!」
「結構傲慢だ!」
まあ、ルシファーさんの独演会は割と面白いので、これを聞いてあははと笑いながらご飯のお店に到着です。
「なぜ笑ったのだ……」
「面白かったので」
「リーダーは基本的に豪胆だもの。オドオドして見える時があるけど、本質的には鋼の心臓を持ってるわ」
ビクトリアからの評が厳しい気がする!
『ふむ、しかし話に聞いていた傲慢の大罪とは随分異なるな。お主はきら星はづきに近い』
バングラッド氏の言葉を受けて、ルシファーさんが片方の眉をひょいと動かした。
「魔王が与えたこの力を我が物にしたのだよ。ミス・ハヅキと同じだ。私やウォンは一度力に取り込まれたがね。魔王が大罪勢の支配権を手放したことで、この力は晴れて我々のものになった」
「ははー、そんなドラマが」
感心する私だ。
それはそうと、到着したお店。
カレー屋さんに見えるんだけど……。
「我らのキングダムはかつて、インドにて権勢を誇っていてね。その伝統から、国内にはインド料理店も多い。キングダムのカツカレーは絶品だぞ。イギリス料理の美味さというものを存分に味わっていくがいい」
「イギリス料理店店? カツカレー専門店……!?」
私は頭に疑問符を浮かべながら入店するのだった。
そうしたら、鼻腔にガツンとくるスパイシーな香り!!
「おほー! 絶対美味しいやつ!」
「リーダーの目の色が変わったわ」
『暴食の面目躍如だな!』
「ふはははは! 最高のカツカレーを体験するがいい!」
ちなみにカツカレーと言うけど、こっちだと日本風カレー全般がカツカレーと呼ばれたりしているらしく。
ルシファーさんはエビフライカレーを頼んでいた。
私はカツカレー二倍盛り。
ビクトリアはシーフードカレーで、バングラッド氏はフライドチキンカレー。
「あっ! よく考えたら日本風カレーだからインド料理ですらないのでは」
「スタッフがインド人だ」
「料理長が日本人みたいですけど」
「そういうこともある」
どんなに突っ込んでもこゆるぎもしないルシファーさん!
あっ、カレーは本当に美味しかったです。
中辛から、もうちょっと辛いくらいの味。
レモンの入ったミネラルウォーターも美味しい。
後で聞いたら、なかなかいいお値段のする高級カツカレーショップだったそうで。
いやあ、ごちそうになってしまったなあ。
「当然私が払う。ゲストのクレジットを使わせるようなマネなど、ホストの名折れだからな」
ルシファーさんが、なんかメタリックな輝くカードで支払いしていった。
「あれプレミアムカードよ。しかも特別性のやつ」
「そうなの? 高校生としてはよく分からない……。だけど凄いことだけ分かる。すごいー」
両親は私が大学に入るまで、カード作っちゃダメって言ってるからね。
私たちの話を聞いて、ルシファーさんがフッ、と得意げに笑った。
嬉しそう。
「では食事も終わったことだし、ここからはアフタヌーンティーと行こう。仕事の話はそこで行う。何より、キングダムのティーの素晴らしさを体験してもらおうと思ってな」
「仕事の話よりも紅茶の自慢!!」
個性的な人だなあ。
だけど、アフタヌーンティーと聞くと、私も興奮が抑えられない。
本場のアフタヌーンティーはどんなものなのか!
イギリス来て良かったー。
『何気にこの二人の関係はウィンウィンであるな』
「ある意味似た者同士よね」
バングラッド氏とビクトリアが後ろでそんな事を言っている。
まあ、大罪勢同士ですからねー。
そして行ったアフタヌーンティー。
どっさりお菓子が出てきて、ティーポットにいい香りの紅茶もたくさん入ってる。
これは堪りませんわー。
「まずは紅茶の飲み方を教えてやろう。これはだな……」
「リーダー、バングラッド、あの人、仕事の話なんかこれっぽっちもせずにイギリスの紅茶の歴史とか作法とかそういう話ばかりしてるわ」
「私は美味しいならオーケーです」
「リーダーはそう言う人だった……」
『これはツッコミ役が足りないというやつだな?』
ひとしきりレクチャーを受けた後、一番美味しい紅茶の飲み方をやってみたら、確かになんか美味しい気がする。
ミルクティーにお砂糖をたっぷり入れてカパカパ飲み、たくさんのケーキとかスコーンにはちみつ掛けたのとか、パイ菓子をパクパク食べた。
四割私、三割バングラッド氏、二割はルシファーさんが食べた。
「ビクトリア食欲がない?」
「カレーの後でそんなに食べられないわ!?」
相変わらずビクトリアは少食だなあ。
そして、たくさん食べて飲んで落ち着いたところで、ようやくお仕事の話が始まるのだった。
「その前に、口をすっきりさせる意味でこの新しく来た紅茶についてだが、これには深い歴史が……」
「仕事の話に入らないんだけど!? なんなのこの人!?」
あっ、ビクトリアがついに猛然と突っ込んだ!
でもまあ、私はこのやり取り、好きだなーなんて思うのだった。
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