第179話 イノッチのダンジョン巻き込まれ伝説

 そんなウマい話はないと思ったのだ……!

 イノッチと呼ばれている彼女は頭を抱えていた。


 今、彼女は……ダンジョンにいる。


 合コン会場だったファミレスが変化したもので、周囲をモンスターが徘徊している。



「あたし、とことんツイてないな……!? なんでこうなった……!」


 事の起こりは……昨日のこと。

 最近どうも世の中の流れに置いていかれている気がしてならないイノッチは、別の友人グループからある誘いを受けた。


『イノッチ今フリーなんでしょ? 合コンすっから来なよ!』


「マジで!? 行く行く!」


 ちょっといいなーと思っていた他校の男子が、同じ学校の女子と付き合い始めたという情報を得ていた年始め。

 立て続けに恋に発展する前に恋破れ、イノッチの情緒はガタガタであった!


「あたしはもしかして、一生恋愛ができないのではないか!! うおおおお、灰色の女子高暮らしはいやああああああ」


 日々ベッドの上でのたうち回っていた。

 あまりのたうち回るので、隣の部屋から予備校通いのために上京してきている従姉が来て、枕で「うるせえ!! こちとら受験生なんやぞ!!」とめちゃくちゃひっぱたかれたりした。


「枕で殺されるかと思ったわ」


 ダンジョンの中で我に返るイノッチ。

 まだ、どうしてダンジョンに巻き込まれているかの理由までたどり着いていない。


「いっけね。えーと、なんでこうなったかって言うと……」


 ほわんほわんほわん、と回想する。


『オッケー! じゃ、場所ここね。向こうは男子大学生だから。すっげえイケメンとか高学歴がいるから』


「マジで……!? あたしの運も上向いてきたな……」


 今思うと、上向いてきたな……じゃねー!! そんなウマい話あるかー! である。

 ウキウキで美容院に行き、手持ちの中で一番イケてると思う服を着て、ウッキウキで会場にやってきたイノッチ。


 合コン会場に一番で到着……!

 早く来過ぎた。


 もしや場所を間違えていないだろうな、と不安になる頃、続々と参加者が集まってきたのだった。

 男女双方合わせて二十名。


 女子はあちこちの学校から、友人の伝手で。

 男子は全員がそれなりに名のしれた大学の学生。


「む、胸が高鳴るー。新たなロマンスの予感……!」


 ちなみにイノッチは相手のステータスにそこまで興味はない。

 自分が恋愛という形態に収まり、彼氏彼女という関係性を築き上げることを夢にしているのだ。


 対面は、黒縁メガネを掛けた長身の男子学生だった。


「理知的……!」


 高鳴る胸。

 赤くなる顔。

 イノッチはすぐに相手を好きになる。


 こうして、彼と他愛もない会話をしつつ、脳内では妄想がぐるんぐるん巡る。

 まずはLUINEを交換して、PICK POCKのフレンド申請もして、それでデートコースはやっぱり最初は夢の国で、そう言えば夢の国はダンジョン対策のために常に大量の配信者を迎え入れてて、配信者と言えば最近妙にシカコそっくりの歌い方をする子がデビューしてて……。


 連想している間に、何やら周囲は不思議な空気になってきていた。

 何名かの男女がいない。

 どういうことか。


 隣にいた友人が、


「いい感じになったら、そこからホテル行ってもいいし!」


「ヒェー」


 想像の遥か上空を行く話をされて、イノッチは座ったまま飛び上がった。

 なんということでしょう。

 世の中はそこまで進んでいるのか!?


「それに実は……半分くらいサクラなんだよね。みんな彼氏とか彼女いるけど、もっといいのいないかなーって見に来てんの」


「な、なんですとー!」


 想像の遥か上空を行く話をされて、またもイノッチは座ったまま飛び上がった。

 なんということでしょう。

 世の中はそんなにも荒んでいるのか!?


 だが、対面の男子は違う。

 そう思った。

 きっとそうだ。そうであって欲しい。そうじゃないかな? そうであるといいなあ。メイビー。


 振り返ると彼が微笑んだ。


「僕の彼女はね……僕がいるのに合コンに行ってね」


「は、はいぃ!?」


 彼女持ち!?

 こ、この人もかあ────!!


「そこで別の男と浮気をして僕を振ったんだ。彼女も一緒さ」


 友人が隣で、暗い笑みを浮かべている。


「うちら、クソな男とクソな女に相方を取られた同志なの。ムカつくよね。そんなに相手の方がいいの? 苛つく……! だから、だからさ! イノッチも分かるでしょ! そういう奴らって妬ましくない!? 許せないでしょ! だからさ……」


「僕らはね、助けてくれるお方の力を借りることにしたんだ」


 そう告げる二人の輪郭が崩れていく。

 人ではない、怪物の姿に変わっていく。


「アヒェー」


 イノッチは恐怖に飛び上がり、超高速で近くのテーブルの下に隠れた。

 それと同時に、ファミレスが変容する。


 今まさに意中の相手を連れて退店しようとしていたできたてカップルは閉じ込められる。

 ファミレスの空間が拡大し、友人だった女子の歪んだ笑い声が響き渡った。


『皆さぁーん! 今からここはダンジョンになりましたー!! 皆さんは連帯責任です! みんなみんな幸せに暮らして、それを見せつけて、絶対に許せませーん!! だからここでみんな殺しまぁーす! キャハハハハハハハハハハ!!』


「うおおー」


 イノッチはテーブルの下で震え上がった。

 な、なんたることー!


「どうしてこうなった、どうして……」


 ということで、現在に戻る。

 ファミレスダンジョンは阿鼻叫喚。

 あちこちで悲鳴が上がっている。


 イノッチはテーブルの足にしがみつくばかりで、身動きができない。


「緊張してドリンクもあんまり飲んでなくて良かった……。絶対漏らしたもん」


 ぶつぶつ呟く。

 そして、大変絶望的な我が身を思うのだ。


「うおおおおん、あたしってツイてなさすぎだろー。運命の相手だと思った人がことごとく全然運命の相手じゃないー」


 この状況で、ちょっとのんきな事を口にしながら嘆くのである。

 イノッチ、今まさに絶体絶命。


 誰か冒険配信者でも飛び込んできてくれないことには……。

 いやいや、そんなに都合よく、配信者が発生したてのダンジョンを通りかかるなんてことは無いだろう……。


 一人だけ、常にご都合的に世の中の窮地に降り立ってダンジョンを踏破する女子配信者に心当たりもあるが……。


 次の瞬間である。


 ファミレスダンジョンの扉が、轟音をあげて吹き飛ばされた。

 発生していたモンスターたちが、驚いて入り口に振り返る。


 そこには、茶色い棒を握りしめたピンクの髪の女の子がいた。

 ピンクジャージに身を包み、顔の横にはコメント欄が浮かんでいる。


「お前ら、こんきらー。今日もゲリラ配信です、ごめんね。でもなんかトイレに行くついでに降りた駅からダンジョン発生が見えたんで、ちょっと攻略して行きます。あ、今日はもみじちゃんも一緒で……」


 イノッチにとっての、運命が来た。

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