第124話 ビクトリアのおうちと迫る決戦伝説

 アメリカ滞在五日目。

 なんか三日連続で大きめダンジョンをサクサク踏破したら、夜に全くモンスターが出てこなくなったみたい。

 平和な夜ー。


 ダンジョンは三つとも、ビルかコンサートホールみたいなものばかり。

 地上の大きな建物がダンジョンになっていると、移動手段がたくさんあって楽にクリアできるなあ。

 おかげで、午前中でダンジョン配信を終えて午後はのんびりグルメ旅を堪能できた。


 アメリカはいいところだー。

 食べ物の量も多いし!

 結局味噌を食べる機会は来なかった!


 ……と思っていたら、ビクトリアの家に招待されたのだった。

 そこはダウンタウンに近い古いアパートだ。


「今日は……うちで私の蔵書を見てもらいたいの」


「ビクトリアの本? 私、英語あんまり読めないんだけど」


「大丈夫、大丈夫だから。フヒヒ」


「じゃあ行きます~」


 ということで、ガタガタ言う古いエレベーターを出たら彼女の家だ。


「思ったより広い!」


「日本の家はうさぎ小屋なんでしょう? アニメだと広いけど」


「アニメ視聴者だった」


「活字の情報を確認するためにアニメ見てるの。ついでに日本語もマスターできるわ」


「小説優先かあ」


 ぺちゃぺちゃ喋りながら、建付けの悪い扉を開いて家に入る。


「ただいま……」


「おじゃましまぁす」


 奥からやる気なさそうな声が「はいはい……あれ? 誰かいるの?」と聞こえたあと。

 しばらくして、ガタガタガタっと音がした。

 ぽっちゃりした、ちょっとビクトリアに似てるおばさんが出てくる。


 そして私を見て、ビクトリアを見て、目を見開いた後……。

 むちゃくちゃいい笑顔になった。


「まあまあまあ!! あなたが友達を連れてくるなんて!! なんていい日でしょう! パパにも教えてあげなくちゃ!!」


「ど、ど、どうも」


「マ、ママ、別に友達というわけでは……こちらはリーダーのハヅキ。私の蔵書を見せるの……」


「うんうん、照れちゃって。ハヅキ! 会えてとっても嬉しいわ! この子と仲良くしてあげてね!」


 おばさんはお尻をふりふりしながら奥に引っ込んでいった。


「ママすっごいテンション……。スーパーの仕事が終わったら、いつもリビングでボーっとテレビ見てるのに」


 部屋の奥から鼻歌と、ガタガタ何かを用意している音が聞こえる。

 めちゃめちゃ嬉しそう。


「こっちよリーダー。私の部屋。見て驚くといいわ。じゃーん」


 最後のじゃーん、は日本語だった。

 ビクトリア、割と流暢に日本語話すんだよね。


 彼女の部屋の中は、ゴスロリっぽい衣装とは打って変わって……。

 黄色くてファンシーな感じだった!


 クローゼットにゴスロリ衣装が並んでいて、注目すべきは壁にびっしり詰まった小説!

 ハードカバーにペーパーバック、個人輸入したらしい日本のラノベも相当ある。


「見て! 見て! 凄いでしょう! 私のお城よここは! はあー、本がたくさんあるだけで落ち着くわ。毎朝毎晩、活字を読んで想像の世界に浸るの……。活字、最高……。ネット小説も好き。自分でも書いてる……」


「めっちゃ語るじゃん」


 早口で喋るビクトリア。

 うんうん、好きなことはそうなっちゃうよねえ。

 私もお料理とか食べ物の話題だとそうなる……。


 彼女イチオシの本をお借りして、二人でベッドに腰掛けて読んだりなどしていると……。

 ドアがノックされた。


「二人で本を読んでいるの? いいわねー仲が良くて! ずっと友達でいてあげてね!」


「マ、ママ! 私はもう子どもじゃないんだから恥ずかしいことを言うのはやめてぇ」


「ほほほほほ、この娘ったら本だけが友達みたいな感じでね、でも人間の友達がいたのね。嬉しいわ! あ、これはスコーンよ! たくさん冷凍してたの焼いてきたから。ジュースも好きに飲んでね。じゃあお邪魔はここまでにしようかしら。ハヅキ、エンジョーイ」


 嵐のように去っていった。

 凄い。


 ビクトリアが私の横で百面相してる。


「ご、ごめんなさい、恥ずかしいところを見せたわ。ママもパパも、私のことをまだまだ子どもだと思ってるのよ。姉さんは私くらいの頃にはもう婚約者がいたのに」


 家族事情を赤裸々に語られている。


「は、はあ、ふんふん」


 私はこういう傾聴とか、あんまり経験がないぞ!

 そもそも会話が長く続いたことが、あまり無いタイプなのだ。

 他の友達と言うと配信者ばかりだから、みんな受けを狙って会話してるみたいなもんだし。


「来年でハイスクールも卒業なのに進路もまだ決めてないから、不安なんだと思う。でも、少しは娘を信頼して欲しい……けど信頼を積み上げてないのも分かる……ううおぉぉ」


 悩みだした!

 私はビクトリアの肩をぽんぽんした。


「えっと、ビクトリアは登録者も二万人超えたし、配信者やってけばいいんじゃないかな」


「私の配信なんて、お遊びみたいなものよ……。ハヅキの配信見てたら一層そう思うようになったわ」


「ええー」


「私、自分で何か決められない。小説の中の主人公みたいに動けない。ハヅキは自分で決めて動いてて凄いなって思う……」


「私はこう、カッとなって動いてるだけだから、なんていうか反射的に行動する虫みたいなもので」


「む、虫!? ムフ、フフフフフ」


 おっ、笑った。

 やっぱり笑いは場を和ませるなあ。


 すると、突然私のポケットに入っていたAフォンが反応した。


『話は聞かせてもらった』


「お兄ちゃん!? えっと、女子の話を聞くのはどうかと……」


『日本に来て配信活動をするといい』


「えっ」


「えっ」


 話が妙な方向に流れてきたぞ……!!


『俺も君の活動を確認している。逸材だ。日本なら凄まじく受けるぞ。事実、三日で登録者が二万人増えただろう。ご両親には話をつけておこう。きら星はづきの実家にホームステイすれば問題も無いはずだ』


「ちょ、ちょ、お兄ちゃんお兄ちゃん」


『それと明日が最終決戦だ。現在廃棄された地下鉄を使い、ピットフォールと呼ばれる色欲勢の巣窟へ降りていく。軍が落下のためのパラシュートを提供するそうだが、訓練の時間が惜しい。同接数によるゴリ押しを予定している。詳しくは夕食後に話そう。では』


 通信が切れた!


「あひー」


 私は天を仰ぐ。


「ハ、ハヅキ。スコーン食べて、スコーン。はい、バター」


「た、食べる。……んほー! まだあっついスコーンでバターがとろけて、うまー……! これをクラッシュオレンジで流し込む……ああ、至福……」


 私は悩みも衝撃も頭の中から吹っ飛んで、美味しい一色に思考を支配された。

 あつあつスコーンって本当にいいものですねえ!


 え、ビクトリアがうちにホームステイするの?

 いいんじゃないいいんじゃない?

 一緒にお料理しよう。


 お腹が膨れた私に怖いものなどないのだ。


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