第166話 イカルガビルから巨大VRダンジョンへ伝説

「会社のスタジオに武器が置いてあるの」


 家には武器をあまり持ち込まない主義のビクトリアなのだった。

 一旦お試しでロビーに入ってみたんだけど、そういう理由でビクトリアが手ぶらだったのだ。


 一瞬現れた私たちに、周囲はザワッとなったけど、すぐにログアウトした。


「そうなの? ビクトリアの部屋に置いてあるのかと思った」


「バールのようなものしか置いてないわ。あんまり無骨なもので部屋が飾られるのが好きじゃなくて……」


 ビクトリアの趣味は、本とゴスな感じのぬいぐるみと、ゴス衣装。

 たまに彼女の部屋を覗きに行くと、黒を基調にしたゴス女子っぽい部屋になっていてあれはあれで落ち着く。


「リーダー部屋に来るとすぐ寝ちゃうものね」


「ふわふわしたものがたくさんある部屋なので……」


「リーダーの部屋がサツバツとし過ぎなんじゃない?」


「あまり物をコレクションする趣味が無いんだよねえ」


 お喋りしながら家を出て電車に乗り、イカルガビルへ。

 この中に事務所が収まっているけど、その大半がまだ空っぽだ。


 私の配信でこのビルを買ったらしいんだけど……。

 兄いわく、


『これくらいの頭数しかいないのに設備を増やしてどうする。管理しきれるわけないだろう』


 とか。

 なので、空いた部屋は清掃員の人を雇ってメンテナンスしてもらってるらしい。


 今日はみんな休んでいるらしくて、ビルに鍵がかかっていた。

 私はカツ丼のキーホルダーを取り出して、ぶら下がった鍵で扉を開ける。


「行こう行こう」


 向かうは二階。

 事務所もスタジオも二階にある。

 なんでいきなり二階に作ったの。


 スタジオに入ると、確かにビクトリアの武器が全部置いてあった。

 たくさんあるなあ……。


「Aフォンにしまっておけばいいんじゃない?」


「Aフォンに入れっぱなしだと、劣化したりスポンジにカビが生えたりするのよ」


「ひえええそんなことが」


「リーダーは配信に使ったお野菜は全部その日のうちに食べちゃうじゃない。だから分からなかったんだと思う」


 なるほどなあ。

 Aフォンは収納しておけるだけで、保存機能が無いのだ。


 さて、スタジオで堂々とバーチャライズ。

 そしてビクトリアは全ての武器を収納する。


 バーチャライズした状態だと、ビクトリアのカバンはツギハギ模様のホラーチックなテディベア。

 紐がついていて、彼女の肩からぶら下がっている。

 くまの口から色々取り出すのだ。


「VRでも武器は持っていった方がいいの?」


「そうよリーダー。私たちAフォンがある配信者は、VR空間でも現実と同じように戦えるんだから。ずっと無意識で今までやってた?」


「やってたなあ……」


 そう言えば、レーザーブレードとか当たり前みたいに持ち込んでいた。

 思考停止して配信してるからなあ。


 準備は整い、私たちはバーチャライズした上から、偽装用のアバターを被った。

 たこやき謹製、私はカツ丼の姿をした怪人で、丼のブタさんマークから前を覗ける。ビクトリアはまるごとテディベアの中に収まる。


「これ、もこもこしてて何気に楽しいんだよねー」


「私も好き。リーダーはバランス悪くないの?」


「ちょっと重いかも」


 二人で笑って、またVRにログインした。

 謎の怪人二人が現れたが、こういう色物はちょくちょくいるのでそんなに気にされない。


『カツ丼だ……』『カツ丼が歩いてる……』『カツ丼だなあ……』『テディベアカワイイ』


「リーダー、すごく注目されてる」


「カツ丼は流石にいなかったかあ……」


 だけど幸い、誰も私たちの正体を見破れない。

 ロビーを邪魔されることなく移動した私たちは、フリースペースへ向かうことにした。


 あっ、フリースペースが進入禁止になってる。


『ああ、今はダメだよ。なんかフリースペースに大規模ダンジョンが出現したって』


 通りすがりの人が教えてくれる。


「そうなんですかー」


『か、カツ丼の中から女の子の声がする。まあいいか……。あのね、フリースペースにいたプレイヤーたちがみんな吸い込まれてしまったらしい。配信してる人がいたらしくて、その映像が出回ってる。なぜか凄い勢いで消されてるけどね』


「吸い込まれた……?」


『ダンジョンだと思うけど、大きな穴ができて、その向こうに別の世界が見えたみたいな……。何故かファンタジーのゲームの』


 覚えがあるかも。


「あ、ありがとうございます~」


 私はお礼を言った。

 カツ丼の姿をしているお陰で、あまり緊張しないぞ。

 凄い効果だなあ、カツ丼。


「どうする、リーダー?」


「大丈夫じゃないかな。ええと……Aフォンで風街さんに連絡して……」


 すぐに連絡がついた。

 そこから迷宮省にも繋がって、すぐに私たちはフリーパスを受け取ることができた。


「リーダー何気に妙に手際がいいですよね」


「うん、だって思い立ったらすぐやりたいじゃない」


 進入禁止のはずのゲートに私たちが触れると、すぐに吸い込まれた。

 到着するのは、フリースペース。


 なんだか猛烈な風が吹いている空間になってる。


 誰も残ってない。


 そして風は中心に向かって吹き込んでいて……。

 その先に、見たことがある光景が広がっていた。


 剣の先みたいに尖った山々、鬱蒼とした森、びっくりするくらい青い空と……。

 太陽が二つある。


「前にダンジョンの向こうに見えた世界だねえ……」


「ど、どうするのリーダー」


「行こう行こう。サクッと終わらせよう。じゃあ、配信スタート」


「は、判断速……!」


「お前ら、こんきらー! 今日はですねえ、異世界に繋がっちゃったっぽいダンジョンをサクッと攻略して行こうと思いまーす」


※『こんきら……カツ丼!?』『こん……カツ丼!!』『カツ丼だ』『カツ丼がおる……』


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