新学期な私の新生活?編
第95話 迫れ、きら星はづきの正体伝説
「あああ、夏休みが終わってしまった」
隣の席から、凄まじい嘆きを含んだ呟きが聞こえた。
「もうだめだあ……おしまいだあ……」
気持ちは分かる、と私は頷く。
私は、友人たちからチョーコと呼ばれているこの学校の一年生。
教室の最後列にほど近い席にいる。
隣は、いつも一人で読書をしている、いわゆる陰キャと呼ばれる女子だ。
彼女はたまにスマホを開いて、ビクッとしたり、ふふふふふ、と笑ったりしている。
不可思議な人だ。
だが、人は人。
そういう人なのだろう。
私は父が台湾人なので、幼い頃から人間には色々なルーツがあると知り育ってきた。
隣の人がちょっとくらい不気味でも気にしない。
「自由だった日々におさらば……。あれ? でもずっと配信してたからそうでもなかったな……」
配信……!?
普段であれば、そう使われるべきではない言葉が聞こえてきて、私は耳を疑った。
配信をしていた……?
聞いていた、ではなく?
私は人よりちょっと複雑な生まれなので、周囲の言葉に耳を澄ませる癖がある。
そして得た情報を使い、深く深く思索するのだ。
配信を視聴するのではなく、配信をしていたということは……。
「よーっすチョーコ」
「二学期もよろしくねー」
「イノッチ、シカコ」
ライオンヘアで茶髪、長身の女子と、スレンダーで短髪の女子が声を掛けてきた。
茶髪がイノッチ、短髪がシカコ。
それに、蝶の髪留めをしている私がチョーコで、よくつるんでいる。
母からは「猪鹿蝶じゃん」と言われた。
「どしたのチョーコ、まーた考え込んじゃって」
「チョーコ可愛いんだから、眉間にシワを寄せててたら損だよー。合コンでもモテないよ。合コン行ったこと無いけどー」
「うん、実はね、悩んでいることがあって。二人とも、配信していたって言うとどういう意味だと思う? 配信を視聴していた、じゃなくて」
「んー?」
二人が難しい顔をした。
「それはつまり……えっと」
「配信者ってコトー?」
思ったよりシカコの声が響いた。
隣の席でガタッと音がする。
私たちそちらを見たら、彼女がめっちゃこちらを見ていた。
「ヒェッ」
何やら凄い眼力と迫力に、私たち三人がたじろいだ。
そしてすぐに彼女は、「あ、な、なんでもないです。ふふふふふ」とか言ってまたスマホを眺め始める。
うーん。
仕草や動きは陰の者なんだけど、入学当初よりもこう、覇気がみなぎっているというか。
覇気に満ちた陰キャ。
彼女が配信者……?
まさかね……。
だが、私たちは彼女の眼力を警戒して場所を移した。
まだ朝のショートホームルームまで時間がある。
イノッチの席で会議をすることにした。
「ありゃ、何かあんね」
「おっ、イノッチが何か嗅ぎつけたー」
「何かというと何が?」
「配信者じゃね……?」
「おー」「おー」
私とシカコは感嘆した。
イノッチは運動が得意な、いわゆるスポーツ系女子だが動物的直感力みたいなものにも優れている。
彼女が配信しているという呟きから、彼女が配信者じゃないかと感じ取ったのだ。
只者ではない。
「あれ? でもそれに気づくのはそんなにすごくなくないー?」
シカコがなんか呟いていたが今は無視だ、無視。
「そう言えば彼女、怪しいところがたくさんあったよね」
私は問題提起した。
「例えば……」
シカコもハッとする。
「弁当の量が超多いのー!」
「それだ」「それだ」
私もイノッチも頷く。
隣の席の彼女のお弁当は多い。
私たちの弁当箱の倍くらいのサイズと、深さがある。
しかも上の段が全ておかず。
下の段は全部ご飯なのだ。
運動部の男子か……!?
いや、この学校に男子はいないから比較はできないけど、私が中学の頃の運動部男子と同じかそれ以上に食べてる。
シカコはこれを見て、「あんなん食べてたら絶対デブるってー」と表現していたものだ。
だが。
彼女は……太らなかった。
毎日毎日、あんな凄い量のお弁当を食べて、しかも運動部ではなく帰宅部らしく、学校が終わるとそそくさと帰ってしまうのに。
一度気になり、私たち三人組で追いかけたことがあった。
すると彼女は、明らかに先輩と見られる女性と、女子大生らしき大人の女性と三人でバーガーショップに入っていくではないか。
大人の付き合いがある……!?
私たち三人は混乱した。
それ以上に、
「あの弁当を食ってまだ食うのマ!?」
「いやいや、私たちだって帰りにハンバーガーセット食べるでしょー」
イノッチとシカコの言葉を聞きながら、そっと窓から中を確認する。
彼女は、ビッグチーズバーガーセットにポテトをL、チキンナゲットにコーラL、そして単品でテリヤキバーガーを食べていた。
「おかしいって!!」
「胃袋宇宙ー!!」
「あれだけのカロリーがどこに消えていると言うの……!?」
あの時のことを思い出した私たちは、彼女の健啖ぶりにおののいた。
「あんなに食べて太らない……。これはやっぱり」
「配信者ってことね!」
「せ、説得力ー!」
隣の席の彼女は、一人、「あひー」とか言いながらスマホとにらめっこしている。
どこかで聞いたことある鳴き声だな……。
何者なんだ、彼女。
「そう言えばー」
シカコが切り出した。
「体育祭で、覚えてるでしょー」
「あ、長距離走で陸上のやつに勝ったの!」
「明らかにスポーツ向きの体型じゃないのに、不思議だった」
思い出す、あの事件。
クラスで目立たないというか、アンタッチャブルなオーラを出している彼女が、注目を集めてしまった体育祭だ。
元々、体育着を身につけるとでかいなーと思っていたが、やはりでかかった。
「あれは反則だろ」
「あれだけ食べてお腹周りあんま太くないんだけどー」
「胸とお尻と太ももにいくタイプらしいね」
「「ゆ、ゆるせねえー」」
イノッチとシカコがやり場のない怒りを口にする。
何がゆるせないとは聞かないでもらいたい。
そういう体型だと、走ったり飛んだりは痛くてなかなかできないものだ。
だが、彼女はよほどしっかりホールドする下着を付けているのか、体育の成績は安定したものだった。
予想外。
普通、運動は苦手なキャラではないの……!?
そして迎えた長距離走で、彼女は恐るべきタフネスを見せつけた。
フォームは適当、ポテポテと音が聞こえてきそうな走りなのに……。
速い。
そしてペースが全く乱れない。
長距離をきっちりと走りきり、最後には陸上部の女子と競り合い、胸の差で勝つ。
クラスの誰もが瞠目した。
私たちだけは、「あの食べた量は、このスタミナのために……」と妙に納得したものだった。
だがしかし、だ。
体育祭のためだけに、たくさんの食べ物を摂取してスタミナを確保するだろうか?
いや、しない。
「やはり」
「配信者ー」
「そう考えるのが自然だよね」
私たちは彼女を見た。
スマホに飽きたのか、本を読み始めている。
学校で一人で過ごす方法を熟知しているのだ。
「これは放課後……」
「追うしかないっしょー」
「そうしようか!」
イノッチの部活は明日から。
本日フリーの私たち三人で、彼女の後をつけてみることが決定されたのだった。
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