第109話 うちでデビューしよ!伝説

 私の労働が終了し、学園祭を回ってひたすら食べるだけでよくなった。

 よしよし……。


 だけどメイド服を脱ぐことは許されなかった!

 宣伝になるんだって。

 お、おのれー。


 首から『1-Aメイド喫茶』と札をぶら下げて、校内を練り歩く。

 おお、目立つ目立つ……。


 めちゃめちゃに注目された。

 やっぱりこのメイド服は派手なのでは……?

 バーチャライズしてない状態でじろじろ見られるのは初体験なので、これはなかなか奇妙な感覚が……。


 そうこうしていると、兄から電話が掛かってきた。

 周囲に人がいないことを確認して、応答する。


「なあに」


『アメリカ行きの予定が決まった。来週の頭だ。学校には一週間の休学届けを出す。荷物をまとめる必要が出てくるぞ』


「はーい。どこに行くの?」


『カリフォルニア州のサンフランシスコだ』


「サンフランシスコ!? 有名……!! 私、配信でまさか海外に行けるとは思わなかった……」


『ああ。俺も同行するが、お蔭で事務所が手薄になる。求人も同時に続けていく。お前の周りで働きたいのがいたら紹介してくれ。面接する』


「はいはい。でも、冒険配信者の事務所で働きたい人なんかそんなにいるとも思えない……」


 そこまで言ったところで、「い、いるー」と背後から声がして、私はピョーンと飛び跳ねてしまった。


「あひー!?」


 勢い余って通話を切ってしまっている。

 後ろには、私に隠れるようにしてシカコ氏がいた。


 彼女もメイド服に宣伝の札をぶら下げている。


「超恥ずかしい格好で超恥ずかしい札を付けさせられたから、ずーっと後ろに隠れて移動してたんだけど」


「ずっと後ろに! き、気付かなかった」


「うちは小さいから、背中に張り付くと大体見えなくなる」


 な、なるほど……!


「それよりも……。ねえ、あなた冒険配信者の事務所で働いてるんでしょー!? お願い、お願いがあるー!」


「ひー、なんですかなんですか」


「お金が必要なのー! うち、その、パンの店やってて、でもヤバくって、うちもバイトしないとなんだけど普通のお給料だと足りなくって……!」


 シカコ氏が必死だ!

 な、なるほど、人に歴史あり……!

 色々事情があるみたいなのだ。


 だが、彼女をうちの会社で雇うとなると、私が身バレしない?

 私がきら星はづきだと知られたら、私の学校生活はどうなってしまうのかー。


 ……なんて一瞬考えたが、すぐにその考えをぽいっと捨てた。

 困ってる人がいたら助けねば。


「じゃ、じゃあ、うちの会社に面接来て。お兄ちゃんに伝えておくから」


「ま、マジー? お兄ちゃんってあのイケメンの人!? 社長だったの!? い、いいのー? うちが嘘言ってるとか考えないのー?」


「あっ」


「考えてなかったなー」


 我ながらお人好しだ。

 だけど、眼の前で困ってる人を放っておけない。

 私はすぐ兄に連絡し、シカコ氏と二人で校門の模擬店に向かい、二人分のホットドッグを買った。


「えっ、奢りー!?」


「いつも菓子パンしか食べてないでしょ。体に悪いから栄養つけていこう」


 二人で並んでホットドッグを食べていると、大変に注目される。

 メイド二人が宣伝の札をぶら下げてホットドッグを食べる!

 なるほど目立つ……。


 だ、だが、今は目立っておいた方が兄にも見つかりやすい!


 すぐに兄がやって来た。

 エメラクさんとたこやきも一緒なんだけど!


「すぐに面接対象を見つけたか。でかしたぞ」


「むむっ、ほうほう」


「ふむふむ」


 エメラクさんはなんか仕事人の目つきになってシカコ氏を見ている。

 たこやきは良く分からないけど頷いていた。


「よ、よろしくお願いしますー。そこのディアーブレッドの娘で……」


「なるほど。採用だ」


 一瞬で採用が決まった!

 兄はどうやら、地元のパン屋であるディアーブレッドの苦境を知っていたらしい。

 で、シカコ氏の身元も確かだということと、私のクラスメイトであるということで採用を決めたのだ。


「この学校は入学時に身辺の調査が入るだろう。つまりここの生徒である時点で一定の保証になる。次にお前が連れてきて、割りと堂々と立っているということはお前に認められたということだ。そして地元のパン屋の娘。採用だ」


「あ、なるほど。じゃあお昼に食べてる菓子パンって」


「うん、うちのパン。売れ残ったやつ。っていうか、受かったってマ!? い、いいんですか? 仕事内容とか……」


 兄がアルカイックスマイルを浮かべた。

 つまり、目が笑ってない。


「うちも、もう一人配信者がほしいと思っていたところだ。会社としての安定を考えるとな……!」


「へっ!? もう一人の配信者!?」


「う、う、うちが配信者ー!?」


 私が驚き、シカコ氏が唖然とする。

 深く深く頷くエメラクさん。


「はづきさんとは全く違った体格、キャラクター! わかりやすく差別化できますよね、これは。はづきさんの妹分で売り出せます。ショートカットですから、アバターの髪型にもかなり幅を持たせられます。これは逸材ですよ。腕が鳴ります」


「まとめ動画が二倍になっちゃうな……。いっそ斑鳩さんとこに転職しようかな」


 たこやきまでなんか言ってる!

 なんか、怒涛のように状況が動いていくぞ。


「ちょ、ちょっと待ってお兄ちゃん! 配信とか危なくない?」


「お前がそれを言うか。お前がこれまで切り開いてきた、きら星はづきというブランドが彼女の安全を保証できるんだ。同接数さえいれば、ある程度の身の安全を確保できる」


「き、き、き、きら星はづき!? えっ!? はづきっち!? あ、あ、あなたが! あなたさまがーっ!」


 シカコ氏が大いに驚いた。

 そして兄にその事は内密に……と仕草で示されてコクコク頷いた。


「ひい、こんな近くにはづきっちがいた……。ということはこここ、こちらの方、社長は斑鳩様……」


 あっ、兄の大ファンだった子だなシカコ氏。


「か、神絵師のエメラルドラクーンさん……」


 絵師にも詳しい!


「まとめ動画のたこやきさん……」


 たこやきすら知っているのか!

 説明不要だなシカコ氏。


「動画視聴はお金かかんないんで、いい感じの娯楽としてー」


 アワチューブ見まくっていたらしい。


「でも、うちに配信者なんかできないと思うんですけどー。うち、とくに得意なこととかないし、運動も勉強も全部大したことないんですけどー」


 私が生暖かいほほえみになる。


「私が元々なんもできなかったので大丈夫……。いけるいける」


「マ!?」


 ここで兄が強力な援護射撃を放ってきた。


「配信者になると報酬が段違いだぞ。まずは収益化だ。そこから稼げるようになる。グッズ展開もしていくからな」


「マ!?!?!?」


 シカコ氏の息が荒くなった。

 彼女は震えながら、


「や、や、や、やります……! やらせてくださいー……!!」


 そういうことになったのだった。

 よし、私の負担を減らせる要員を確保したぞ……。


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