第252話 回らないお寿司屋さん伝説

 甲府を救った私。

 その配信も大いに人気になり、ダンジョン配信初の騎馬戦だと評判になったらしい。

 これを機に、ケンタウロスを雇って騎馬戦の練習をする配信者も出てきており……。


 新しいブーム、起こっちゃったな……!

 ケンタウロスの人たち、日本のあちこちに就職できてるようだ。


 なお、アンチの活動も活発化。


『悪の力を使いこなすきら星はづきを許すな!』『きら星はづきは侵略者側!』『ケンタウロスの男に当ててんのよやった女はふしだら!』


 弾丸が増えちゃったなあ。


 そして東京に帰ってきた私はと言うと。


「よし、お前の誕生日配信の最後の会議は終わったので、懇親会をしよう。ウェスパース氏も連れて行くから、地下に行って呼んでくれ」


「はーい」


 兄に言われて、イカルガビルのエレベーターに乗る私。

 地下一階はお風呂やシャワー、サウナルーム、そしてレクリエーション室。

 地下二階は駐車場なんだけど……。


 その一角に壁が設けられていて、まるでダンジョンみたいな見た目になっている。


「ウェスパースさーん」


『おーう』


 壁の向こうから間延びした声が聞こえた。


「お兄ちゃんがご飯行くから一緒に行きませんかって」


『行こう』


 3m大のウェスパース氏が、壁のどんでん返しからトコトコ現れた。

 あの向こうは、彼の居室になっているのだ。


 わざわざ九州まで帰るのが面倒だなという話になったので、急遽イカルガビルに住んでもらうことになったわけ。

 彼の部屋には、人を駄目にするクッションとかプロジェクターとかが設置されており、一日中動画や映画を見て、ゴロゴロしながら過ごしてるそうな。


『わしがこの世界で認める数少ない者の一人、斑鳩の誘いとあらば受けねばなるまい。どんな旨いものが食べられるのだろう』


 なんかワクワクしてる。

 彼を連れてエレベーターに乗り、一階にやって来た。

 すると、兄と宇宙さんがいる。


 ドラゴンがいるということで、他のメンバーはちょっと怖がって同席しないことになったんだって。

 あまり物怖じしないビクトリアは、アニメの収録。

 順調に忙しくなってきているなあ。


「では、バーチャライズだ」


「はーい。バーチャライズ!」


 私と兄が配信者の姿になり、大変目立つ四人で車に乗り込む。

 兄のスーパーカー、VMAX2000に乗ってもいいのだけどウェスパース氏が入り切らない。


 なのでここは、マイクロバスに乗って行くのだ。


『この車というやつは遅いが、勝手に走ってくれるのは楽でいいのう』


「でしょー。でもたまに渋滞っていうのに捕まることがあって、そうしたら動けなくなるんですよー」


『ハハハ、ならばわしがそのジュウタイとやらを毒のブレスでドロドロに溶かしてやろう』


「凄い、ドラゴンジョークだ。本当にグリーンドラゴンなんだなあ」


 宇宙さんがマイペースな感じで感心している。

 こうして、私たちが到着したのは回らないお寿司屋さん。


 この間私とウェスパース氏で、回るお安いお寿司屋さんで三万円くらい食べたもんね。

 これは回らないお寿司屋が食べられる金額なのでは、とか兄が言ったので、それならばとやって来たわけ。


 私たち、めちゃくちゃ目立つ。

 だけど回らないお寿司屋さんは撮影禁止なので、他のお客さんたちもチラチラ見てくるだけだ。


「では、きら星はづき誕生日配信の成功を願って」


「「「『かんぱーい!」」」』


 四人で乾杯した。

 私はコーラね。


 兄はお茶で、宇宙さんが日本酒。

 ウェスパース氏はビール。

 ドラゴン、ビールを飲むんだ……。


『苦みがあって、ファールディアの麦酒よりも深い味わいだ。美味い』


 何気にこのドラゴンの人、グルメなのだ。

 で、今回はお店の大将にお任せで色々出てくるんだけど……。


 一つだけこだわり。魚卵系ちょっと多めで作ってと依頼してある。

 ウェスパース氏の考え的に、より多くの命を取り込む料理が一つあった方がいい感じらしいからだ。


『ここで多めに命を取り込んでおけば、この世界の生物を大量に食う必要もなくなるだろう。まあ、わしらドラゴンは百年くらい飲まず食わずでも平気なんで生物を食い尽くすのはただの趣味なんだがな!』


 ワハハハハ、とドラゴンジョーク。

 宇宙さんもドッと受けた。

 この人、人間なのに妙にウェスパース氏とウマが合うのだ。


 その後、イクラのお寿司、数の子やキャビアを使ったやつとかが出てきて、ウェスパース氏のたくさん命を食べたい欲が存分に満たされたみたいだ。

 今はもう、イカとかマグロをパクパク食べてる。


『取り込める命の数は少ないが、これはこれで実に美味い。店主よ、いい腕をしているな』


「へい、ありがとうございます」


 大将が嬉しそうだ。

 ドラゴンに褒められた最初のお寿司屋さん!


 その後、大将おすすめのお寿司に合うワインを飲むウェスパース氏。

 このドラゴン、何を食べても飲んでも絶賛してくるじゃん。


 いや、ここ、何を食べても全部美味しいんだけど。

 ちょっと量がね……。


「はづきさん、物足りなそうだね」


「ちょっとお腹にガツンと来るのが欲しいかもです」


「若いからな……」


 宇宙さんと兄が頷き、大将に何か注文した。

 少ししたら、特製のちらし寿司がやって来る。


 おほー!

 これだよこれ!!


「い、いただきます! ふおおお、美味しい……!!」


 パクパク食べていたら、なんか隣の席のカップルが盛り上がった。

 何だと思ったら、お寿司屋さんでプロポーズをしているじゃないか。

 見事に受けてもらえたらしくて、大将やお店の人が祝福モードに。


 ついでなので、私たちイカルガの面子も「おめでとー!」「おめでとうございます。一つ、簡単な祝福の祈念を」「おめでとうございます」『小さき命がまた次なる命を結ぶことになるのだな。良きかな良きかな。産めよ増やせよ地に満ちよ』


 なんかカップルは凄く恐縮している感じなのだった。


『ところでハヅキよ。お主の誕生の儀を大々的に行うそうだが』


「そうですそうです」


『何をやるのだ?』


「凸待ち配信をですね」


『凸待ち……?』


「逆凸はまだハードルが高いので……」


『逆凸……? この世界の文化はまだまだわしの知らぬものが多いな……』


 奥深い、と唸りながらワインを飲むウェスパース氏なのだった。

 ま、誕生日配信本番まではまだ一ヶ月あるんですけどね!


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