第23話 他所様イベント打ち合わせ伝説

 本日は、お出かけの日。

 この日のために、母と一緒にお手頃洋服のチェーン店へ赴き、よそ行きのブラウスとスカートを購入した。


「制服は喪服にだって使える正装なんだから、それで行けばいいじゃない」


 母はそんな事を言うんだけど、


「ば、ばれちゃうでしょ! 私みたいな陰キャが、幻ファンの会社に入ったら、絶対目立つもの!!」


「普段は自分は空気だーって言ってるのに」


「目立ちたいときと、空気になりたい時があるの!」


「難しい子ねえ」


 ニコニコ笑う母なのだった。

 なんか私らしくない、洒落っ気のある桜色のブラウスと、ゆったりした感じのペイズリー柄スカート。

 よし、体型も隠せる……。


「あんまり高校生っぽくなくない? 社会人の女の人の服装じゃない?」


「いいの! 体型出ると色々ダメなの! 複雑なの!」


 どうにか説き伏せて、この衣装となったわけだ。

 迎えに来た兄はスーツ姿で、私を見てから目を見開いてしばらく無言だった。


「……制服でいいんじゃないか」


「ダメなのーっ!!」


 私がきら星はづきだってバレたらどうするんだーっ!!

 ということで、伊達メガネまで掛けて行くぞ。


 兄の車に乗せられて、都心にある幻ファン株式会社の本社へ。

 こ、こ、これが幻ファンのビル!

 でかい……。


「ここの六階がオフィスだ。他は別の会社だぞ」


「へっ!? そうなの!?」


「当たり前だ。スタジオは別に持ってる。それに冒険配信者はダンジョンでイベントをやるんだ。大きい社屋は必要ない」


 経験者は語る!

 兄にとっては、古巣だもんねえ……。


 自分が卒業した配信者団体を、別人として営業に訪れるってどんな気分なのか。

 兄は基本的に表情を変えないので、よく分からない。


「うっ」


「あっ、柱に擦った」


 まだ若葉マークが取れない兄の運転は、地下駐車場の柱を迂回しきれなかったようだ。

 スポーツカーの後ろに傷がついて、兄がとても悲しそうな顔をする。

 表情変わったじゃん。


 駐車場からエレベーターに乗り、六階へ。

 受付にあるインターフォンに兄が話しかけると、向こうからバタバタという物音がした。

 動揺してるような……。


 そして、幻ファンの社員さんが出迎えてくれる。


「いや、どうもお久しぶりです!」


「お久しぶりです。本日はうちのきら星はづきをよろしくお願いします」


「ああ、こちらこそ! しかし、話題の超大型冒険配信者が、まさか君の妹さんだったなんて……」


 むむっ、社員さんの目が私をチラチラ見ている……。


「あれほどのセンス、才能……欲しい……」


「あげませんよ」


 ニコリともせず、兄が遮ったのだった。

 ……もしかして私、スカウトされるところだった?


 そして通された会議室。

 見覚えのある人が二人と、どこかで見たことがあるような人が一人。


 カンナちゃんと、先輩……もとい卯月さん、それにどこかで見たことがあるメガネの人は、水無月さんだろう。


「はづきちゃんいらっしゃい!」


 カンナちゃんが立ち上がり、駆け寄ってきた。


「お洋服可愛い! いつもと違う感じでオシャレだね!」


 おいやめてくれ。


「お、お久しぶりです~。よ、よろしくお願いします~」


「ん? ん? はづきちゃん緊張してる? かーわいい……。あ、タバコ吸ってきていいっすか……」


 やっぱりあの眼鏡の人は水無月さんだ。

 三人の中で最年長かな?

 会社のマネージャーさんらしき人に、タバコは後って怒られてる。


 それから、うちの学校の先輩、卯月さん。

 卯月さんが見た感じ、三人の中では最年少。

 だって現役の高校三年生だもんね。


 彼女は駆け寄ってきて、無言で私をガバっと抱きしめた。


「うわーっ」


「あー、やっぱりはづきちゃんは抱き心地がいいなあ……。やわらかーい」


「えっ、桜ずるい。私だって抱きしめてないのに。次は私!」


「あ、私も私も」


 三人のお姉様がたに、連続でハグされる私なのだった。

 水無月さんはちょっとタバコのにおいがした。


「では本題に入りますね」


 幻ファンのマネージャーさんが説明を始める。

 今回デビュー予定の三人は、真剣な顔でホワイトボードに向き合っていた。


「デビューイベント会場になるダンジョンは既に確保済みです。こちらは都心の地下貯水場に発生したダンジョンで、イベント日の三日以内に攻略しないとダンジョンハザードが発生すると見られています。ですので、イベントを行いながら攻略します」


 ハードだなあ!

 私たち冒険配信者は、ダンジョンの攻略こそがお仕事。

 配信だって、ダンジョン攻略の力になるから行っている……というのが大義名分なのだ。


 最近だと、そこら辺りがひっくり返ってる人も多いらしいんだけど。


「弊社の配信者がゲスト出演しますが、外部からのゲストとしてぜひ、きら星はづきさんにお願いしたく思います」


「お申し出、ありがたくお受け致します」


 兄がなんかやりとりしてる。

 三人娘が兄を見る視線は、なんというかリスペクトに満ちたものだ。

 伝説の配信者、明星斑鳩(あかぼし-いかるが)。


 なうファンタジーの男性配信者の最大人気を、八咫烏と二分していた人……らしい。

 私はその頃、あんまり冒険配信見てなかったからなー。


 それがいきなり卒業した。

 世の中は大騒ぎになったらしい。


 そんな兄がある日、買い取ったAフォンを私にぽいっと渡してきた。

 そこから私の配信人生が始まったわけだけど。


「俺は出ませんがね」


 兄がぴしゃりと釘を刺した。


「それはまあ、ね」


 向こうのマネージャーさんが苦笑する。

 大人の駆け引きだ……!


 何をやってるんだかさっぱりわからん。

 私は出されていたお茶を飲み、お茶菓子をもりもり食べた。


「はづきちゃん、お菓子一口で行ったね。よく食べてて可愛い」


「豪快! ま、私も負けませんけど」


「あの食べっぷりが胸に行くんだねえ……」


 三人娘、いらないことに注目しないでいただきたい……!

 こうして大人たちの思惑をよそに、私たちは私たちで大変和気あいあいと、打ち合わせを過ごしたのだった。


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