第54話 会社訪問伝説

 バーチャライズした姿のままビルに入ったら、警備の人が私を見てポカーンとしていた。

 ひえー、そんなに凝視しないでー。


 このままの姿なのには理由がある。

 それは、Aフォンのストレージに見本用のゴボウ料理をしまってあるからなのだ。

 ゴボウ料理に万一のことが起きないように、私は電車を降りてから女子トイレできら星はづきになり、近場のダンジョンを探索してやってきたわけだ。


 電車の中はあんまり動かないし、時間的にも混雑はしないから安全かもだけど……。

 外は何があるかわからないものね。

 後は会社を訪れる時、普段の顔を見られないように、という兄の考えでもある。


「ア、アポイントは取ってますか?」


 ビルの管理会社の人が受付にいて聞いてきた。


「あ、はい! 6Fのバンダースナッチ株式会社に……。冒険配信者のきら星はづきです」


「ああ、はいはい。バンダースナッチ株式会社……確かに。これ入館証です。……きら星はづき!?」


 受付の人はいいおじさんなんだけど、私の名前を復唱した後に慌てて顔を上げた。

 そして、相好を崩す。


「本当だ……! きら星はづきちゃんじゃないか。いや、光栄だなあ……。うちの子たちがファンなんですよ。あの、おこがましいんだけれどもサインを頂いたりは……」


「サ、サ、サイン!? フヒッ、べ、べ、別にいいですよ」


 私は超挙動不審になった。

 受付の人が差し出したメモ帳に、練習の成果で上達しつつあるサインを書く。

 かなりかっこよく書けた!


「ありがとう!! 子どもも喜ぶよ……! でも驚きだなあ。あのダンジョンハザードを鎮めた英雄が、こんな可愛らしいお嬢さんだなんて……」


「ど、どうも、どうも……」


「これからお仕事? 頑張ってきてくださいね!」


 受付の人に手を振られつつ、エレベーターホールにやってくる私なのだった。

 ビルにはたくさんの会社が入っているけど、そこの人たちもみんなこのエレベーターホールを使うわけで。


「はづきっち!?」


「ほんとだ……。はづきっちがいる」


「本物!?」


「コスプレじゃないだろ。バーチャライズしてる姿だもん」


「ひえええ、どこに用があるんだろう」


 あひー、注目の視線が痛い!

 私はエレベーターに乗り込み、蚊の鳴くような声で6Fのボタンを押してくれるよう頼み、引きつった愛想笑いを浮かべながらやり過ごした。

 床を見なかった!

 成長した私!!


 一つの冒険をやり遂げた気分で、6Fのバンダースナッチ株式会社に到着した。

 入り口に、見たことがあるようなたくさんのマスコットがぶら下がっている。

 あれ? この会社って……。

 

 インターフォンを押して、「き、きら星はづきです」と告げたらすぐに返事があった。


 バタバタバタっと走ってくる音がして、扉から七人くらい飛び出してきた。


「きら星はづきさん!?」


「はづきっちマ!?」


「仕事放り出してきた!」


「あひー」


 私は驚いて悲鳴をあげる。


「「「「「「「鳴いた!!」」」」」」」


 すると七人くらいの人が感動したようで、すっごくいい笑顔になった。

 なんだなんだ!


「この方々はお前の大ファンなんだ」


 後からやって来たのは、凄く見知った顔。

 兄だ。


「お兄ちゃん! 先に来てたの!?」


「ああ。企画書について朝から詰めていた。面倒な事務作業は終わっているから、あとはお前が料理の見本を提出するだけだぞ」


 むむ……!

 一緒に来てくれなかったことをどうこう言うと思ってたけれど、面倒な仕事を先に終えてくれてたならまあいいか。

 寛大な心で許そう……。


 それにしても……。


「はづきっち、こちらへどうぞ!」


「いやあ、光栄だなあ、本物のはづきっちだ……」


「企画を持ち込まれた段階ではそうでもなかったんだけど、ダンジョンハザードのあれから完全にファンになっちゃって……」


 社員の人たちが、実に嬉しそうに言いながら案内してくれる。

 このフロアがまるごと、バンダースナッチ株式会社のオフィスらしい。


 私のすぐ隣を歩いている、おじさんとお兄さんの中間くらいの年齢の人が、


「我が社はダンジョンスター、略してダン星ちゃんというキャラクターを使ったビジネスを展開していまして。秋葉原にコラボレーションカフェを常設しているんですよ」


「あ、ダン星ちゃん! し、知ってます」


 星型の頭にリボンを付けた女の子のキャラクターだ。

 結構な人気で、冒険配信者でもカバンにぶら下げてダンジョンに挑む人がいる。


 隣の人は私の反応に、うんうんうなずくと、会議室の一番奥に陣取った。


「ちなみに私が社長です」


「えっ!!」


 社長だった!


 お互い名刺を出して自己紹介しあうことになる。


「我が社は、きら星はづきさんのスポンサー企業として活動することを決定しました。その活動第一弾として、コラボレーションカフェを開催します! 弊社の常設カフェで、きら星はづきフェアを期間限定開催します」


 ホワイトボードが割れて、中からプロジェクターが出てくる。

 そこに映像が映し出された。


「俺が作った企画書だ」


 兄が囁いた。

 事務仕事、バッチリやってくれてる……!


「はづきさんの監修したメニューを用意し、期間は一ヶ月間。アクスタやコースターなど、ダン星ちゃんと並べられるグッズも現在制作中です」


 マグカップ、クリアファイル、アクリルスタンド、アクリルキーホルダー、コースター、抱きまくらカバー……。

 抱きまくらカバーで兄の眉がピクリと動いた。


「あひー、ま、まるで人気キャラのような扱い」


「人気ですから!!」


 その場にいた社員の人全員に断言された!

 こ、この人たちがみんな、私のファン!?


 とんでもないことになってしまっている。


「じゃ、じゃあゴボウ料理を……」


 私がストレージからタッパーを取り出したら、会議室がざわめいた。


「はづきっちの手作り……!?」


「自分で作ってるんですか!?」


「は、はい。お母さんに教えてもらって、今は割りと自分で……」


 料理はなんか手順を必死に追いながら作るので、無心になれる。

 一人反省会をする暇がないので好きなのだ。


 ゴボウと鶏肉の甘煮、ゴボウチップス、ごぼうサラダ、ゴボウと牛肉のしぐれ煮、ゴボウのナムル、ゴボウのみそ汁、ゴボウチャーハン……。


「七品目、確かに……!」


 ということで、この場にいた人たちに食べてもらった。


「美味しい……」


「ゴボウってこんなに色々な食べ方ができるんですねえ!」


「いいですねこれ、売れますよ!」


「どうやってもしっかり食事する系になりますけど!」


「甘味は、はづきさんをイメージしたパフェやドリンクを作りましょう!」


 話がどんどん進んでいく!

 これはあまりにも話が上手すぎるのでは……!?


 助けを求めて兄に目線を送ったら、彼はうんうん頷くのだった。


「物事は持っている者に集まってくるものだ。お前は今、上がっていく最中だ。色々なものがお前を後押ししてくる。これはその一つだ」


 あひー。

 凄い勢いで承認欲求が満たされ、一瞬でオーバーフローする私なのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る