第67話 フッ軽はづきっち伝説
八月も半ばが迫る。
今日も暑い。
そして私は異常に忙しい。
明日はソシャゲのモーション収録で、明後日は野中さんの声優ラジオ出演だし!
「……なので、ちょっと遠出してダンジョン行ってきます」
「暑いのにはづきちゃんは元気ねー。配信頑張って。気をつけてね」
「はーい」
母にお弁当をもらい、出立する私なのだ。
冷凍おかずが保冷剤になり、昼頃にはちょうどよくなる……。
外に出るとめちゃくちゃ暑い。
だが、今日の私には秘密兵器があるのだ。
「ひ、日傘……!!」
外は銀色、中は黒。
よく分からない仕掛けで暑さとかUVを防ぐ……!
「おほー涼しい……気がする」
私は日差しの中、堂々たる足取りで駅に向かった。
本日の行き先は……。
ツブヤキックスで募集したら、東、という選択が多かった。
よーし。
行くか、千葉!!
私は電車に乗った。
すずしぃ~。
上手いこと総武線千葉行に乗れたので、そのまま各駅停車でゴトゴトと揺られていく。
のんびりとした進行に、ついついウトウトと眠くなっていく……。
駅到着のアナウンスでハッと目が覚めた。
アンケートにあった駅に降りると、すごい熱気だ!
アツゥイ!
私は女子トイレに駆け込み、バーチャライズした。
ちょっとした発見なんだけど、生身よりもバーチャライズしたほうが涼しい。
なんか現代魔法みたいなものでできている、この纏うアバターみたいなの、外の影響から身を守れるっぽい。
涼し気な顔をして外に出たら、千葉のお前らに見つかった。
「あっ、は、はづきっち!!」
「すっげえ、本物だ!」
「こっちに来てくれたんだ!」
こっちのお前らはなんか身ぎれいだなあ。
普通の若い人っていう感じ。
よーし、配信始め!
「お前ら、こんきらー! 今日の私は千葉にいますー。アンケート答えてくれてありがとう!」
なお、駅構内での配信は迷惑になるので、私は現地お前らを引き連れてサッと外に出る。
駅員さんにペコペコ頭を下げた。
なんか駅員さんも私を知ってるみたいで、ちょっと口の端が緩んでる。
有名になったなあ私……!
「はづきっち、あいつら思ったよりガタイがいいって言ってたけどちっこいじゃん」
「可愛いよな……」
「えっ可愛い!?」
反応する私。
コメント欄では色々言われているけれど、こんなダイレクトに褒められるのはなかなかない。
ニヤニヤした。
※『ニヤついてて草』『現地のお前らでけえな』『今どきの若者っぽい』
あ、そっか。
こっちのお前らは四人いるけど、みんな180センチ近いんだ。
だから私が小さく見える。
なーるほど。
「あ、俺ら大学で格闘技同好会やってて! まあメインはテニサーなんですけど」「俺バスケ」「サッカー」「漫研」
一人文系いたぞ。
スポーツをやってた系の陽キャお前らということらしい。
「んで、俺らが紹介したいダンジョンなんすけど、ヤベーモンスターが出るっていうのでこの間も個人勢の人が苦戦してて」
「な、なるほどです」
四人に連れられて、駐車場に停められたハイエースに乗る。
※『はづきっちがウェイな男たち四人とともにハイエースに!!』『すげえ……役満じゃん』『なんでこんな状況を発生させられるんだ……』
何を言ってるんだお前ら……?
「俺らはづきっちに手を出したら全国のお前らに殺されますから……」「つうかデーモンゴボウで殴り倒す人には勝てないでしょ」「うん、絶対無理」
いやいや、あれは同接のパワーがあるから非力な私でもできるだけで……。
だけど、私は妙に大事にされながらハイエースの真ん中辺りの席に座らせてもらった。
冷たいドリンクとか出てくる。
ありがたい~。
「あっ、エナドリが一気に飲み干された」「腹ペコキャラじゃん」
※『解釈一致』『委員長の動画ではコラボカフェのメニュー制覇してたもんな』『若い女子高生の胃袋は宇宙だ』『いやいやいやあたしらでも無理だから!』
リアルお前らとネットのお前らが元気に絡んでる。
私はこれをニコニコしながら眺めた。
※『喋ってないけど何をいいたいのかすごくわかる』『はづきっちに親目線で見られている気がするぞ!』『ママってコト……!?』おこのみ『ママッ、ママーッ!!』
おこのみぶれないなあ!
ハイエースはしばらく走っていき、それっぽい廃屋に到着した。
先日、独居だったお年寄りが汁になって発見されたところらしい。
ずーっとテレビは点きっぱなしだったんだって。
そして今も……。
廃屋から大音量のテレビの音が流れ続けている。
もう電気は通っていないそうなんだけど、それはつまり、廃屋がダンジョン化してしまっている事を意味している。
「じゃ、じゃあ行ってきます。お前らついてこないでねー」
「ウス! 前の奴らみたいなのはごめんなんで!」「あれ、運良く助かっただけだもんなー……」
この間の山梨でやった配信は話題になったみたいだった。
普通、ああやって巻き込まれた人の生還率はゼロなんだって。
山梨のお前らは凄く運が良かったんだなあ。
さて、私は日傘を片手にダンジョンに挑む。
※『おや? その手にしているものは……』
「日傘です! 夏の風物詩なんで、武器にも使えるかなって」
※『おや? 理論が飛躍したぞ』『夏の風物詩と武器……。どういうつながりが……』たこやき『前々からはづきっちはこういう人だからな。お前らである我々としては、姫が言ったことはどんな理不尽でもイエス、マム!と肯定してあげるのが良かろう』『イエス、はづきっち!』
分かってもらえて嬉しい。
「こーんにーちはー」
引き戸を開けて一歩踏み込む。
当然のごとく鍵はかかってない。
一般家屋だったダンジョンって、人を引きずり込むためなのか、鍵がかからなくなる。
古い民家みたいな建物は、中に入ると一気に広くなった。
あちこちから、テレビのバラエティ番組が大音量で流れている。
で、聞こえる音声はどこか歪んで、不協和音になっているのだ。
うわー、気持ち悪い!
「うるさいので、傘を差して音を防いでみようと思います」
※『日傘にそんな機能が……?』『ないない、無いでしょ』『おい、昨日失敗した個人配信者のアーカイブ見てきた。これは音を使った攻撃で……』
私がスパッと日傘を広げたら、太陽光線を防ぐ外側の白い部分がピカッと輝いた。
突然、音が止まる。
あ、いや、音が日傘の表面にぶつかって、反射したんだ。
私まで届かない。
『ウグワーッ!! わしの音がーっ!!』
奥から声が聞こえた。
なんだなんだ。
※『なんとなく気分で広げた日傘がクリティカルに通用しただと……!?』『いつものこといつものこと』『デーモンやモンスターの天敵、はづきっち』
「……もしかして私、褒められていない?」
解せぬ、という思いを感じつつ、私はダンジョンの奥へ向かうのだった。
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