第35話 決着、ダンジョンASMR伝説

 ダンジョンASMRとは!!

 バトラさんと半日コラボしてて分かったんだけど、これってダンジョンを使った強烈な悪ふざけみたいなやつだ!


「ダンジョン配信を見た後、みんな気持ちがカッカして眠れないでしょう? だから、ASMRを混ぜ込むことでチルアウトしてもらうわけ」


「見ながら落ち着くのってなんか違くないです!?」


※『はづきっちがツッコミに回ってるぞ』『ジェーン・ドゥ所属の配信者はみんなこんなんだからな』『はづきっち、人格そのものはまともだからな。世界がまともでいることを許さないだけで』


 なんか運命論的な話がちょこちょこ見えるんだけど。


 ちょこちょこ休憩を入れながら三時間。

 それなりに大きなダンジョンの五割くらいまでを二人で攻略した。


 やっぱり、コラボをすると進みが速い!

 一人の方が同接数的には有利だけど、手分けを考えるなら複数人でコラボがいい。


 ただ、同じチャンネルに配信者を集めちゃうと同接数から得られるパワーが分散するから……。

 私とバトラさんみたいに、人気のある配信者がお互いに枠を立てて配信するのがいいわけだ。


 うおおっ、自分を人気のある配信者っていうの、むず痒いな!!


※『はづきっちがなんか体をむずむずさせてる』『また共感性羞恥を誘うような事を考えてたんだろうな!』『配信者ならそういうの口に出さなきゃだめだぞ!』


「お前ら、分け合ってくれるか! あのね、自分を人気のある配信者って考えたけど、そんな私ごときが人気とかだいそれた事を……ふへへへへ、みたいな」


※『卑屈ぅー!』『でも分かるわ』『私もそうだもんねー』『わかる』『わかる』


 お、お前らー!!

 やっぱり私のリスナーは最高だな!


「はづきさんのリスナーは独特ねえ……。みんなそれぞれのリスナーがいて、みんな違って楽しいものだわ。さてはづきさん。ここでダンジョンの中間地点。今日はここで終わりだけれども……いわゆる中ボスがいるの」


「中ボスが!?」


 ゲームみたい。


「このダンジョンは楽しく進んできたのだけれど、元々は自殺者が多発するマンションでね?」


「ひぇー。そんなところで私たち、ASMRしてたんですか」


「大なり小なりダンジョンなんて、そういうろくでもないところだわ。ということで、ここの中ボスはちょうどこの辺りの通路で首を吊った女の人でね……。強力なデーモンになっているから、何人も配信者が返り討ちにあってるの。ほら、こんな風に……」


 バトラさんに背後に、暗いダンジョンの中でもキラキラと光る糸みたいなものが吊るされてきた。

 後ろから、糸を伝ってスーッと降りてくるものがある。


 ぐったりとした女の人だ。

 首に光る糸が巻かれている。


「あひー! や、やっぱり怨霊は何回見ても苦手!!」


※『得意な人はいない説』『ガッツ出せはづきっち!』『これ、変身する系のボスだな』『糸を使うということは蜘蛛か』


「集合知~!」


 ほんとありがたい!

 蜘蛛なら殺虫剤でいいよね、と私はリュックから殺虫剤を取り出し……。


「はづきちゃん!」


「あひー!?」


 バトラさんに手の甲をペチッとされて、殺虫剤が床に落ちた。


「な、なにをー!?」


「風情がないでしょ! 効率化したらつまらなくなるから同接減るわよ!」


「ひい、本当は恐ろしい配信者の世界!」


 言われてみればそうだ。

 リスナーが飽きて配信を見なくなったら、私たちは弱くなっちゃうんだった!


「じゃ、じゃあ……」


 私は殺虫剤を拾い上げると……。

 缶の部分を握りしめた。


「殺虫剤で叩いて倒します」


※『殺虫剤の意味ぃーっ!!』『縛りプレイ!』『この状況下で舐めプ!』『だがそこがいい』


 盛り上がってる!

 やっぱりこのやり方が正しいんだな……。

 解せぬ。


 そして私たちの前で、首吊り死体の姿をした怨霊が変化を始めていた。

 体が操り人形みたいに、びくんびくんと痙攣したかと思ったら、背中を突き破って四本の腕が飛び出す。

 元の腕と脚が、関節を無視して曲がって、まさに蜘蛛みたいな姿になった。


 ガックリしていた頭がぐるりと回って、白濁した目で私たちを睨む。

 口が耳まで裂けて、さらに顎が2つに割れて……。


「あひー!?」


 思わず殺虫剤噴射!


「はづきちゃーん!?」


※『はづきっちーっ!?』『いったー!』『いったいった、はづきっちがいったー!!』『普通にスプレーでいったー!』


「だってこれ、こっわ! こわー!?」


 怨霊改めデーモンは、ボタっと床に落ちた。

 そしてガサガサ這いずりながらこっちに襲いかかってくる!


「さ、殺虫剤が効かないー!?」


「だって元になっているのが人間だもの。昆虫が元になっているからこそ普通の殺虫剤が通じるの。みんな、殺虫剤は虫にしか効かないって信じているから。あ、でもモスジュデッカは凍らせる殺虫剤だから全てに効くわね。便利ね~」


 そうだった!

 私たちの力って、伝承が関係している。

 それは噂話や、迷信や、思い込みも関係しているから……。


「だから、こう!」


 デーモンがバトラさん目掛けて、口から糸を吐きつけてくる。

 これをバトラさんはくるくる回って回避して、飛び上がりながら優雅なキックを繰り出した。


 デーモンは頭部を蹴りつけられて、『キィヤァァァーッ』と甲高い叫びを上げる。

 ひいー、気持ち悪い!


 だけど、ここでバトラさんは動じない。

 既に彼女の周りに頭型マイクがやって来ていて、そこに向かって囁くのだ。


「んふっ……どうだったかな……? 私の足、あなたが食らってきたものとちょっと違うでしょう? ふふふ……。だから……夢見心地で逝かせてあげる……!」


「み、耳が溶ける~」


※『はづきっちが戦闘中に溶かされている!』『確かに耳が幸せになる』『はづきっちも対抗しよう!』


「わ、私もやるの!? えっと、えーと、こうか!」


 私はゴボウを握って、バタバタ走っていった。


※たこやき『とてもASMRするとは思えぬ体捌き!!』


 うるさーい!

 私が駆け寄ってきたので、デーモンは慌てて糸を放ってきた。

 口から、そしてデーモンの周囲に黒い穴が開き、そこから大量の糸が降り注いでくる!


 そしてあろうことか、このタイミングで私の周りに頭型マイクが飛んできた!


「早い早い早い! まだASMRする余裕ないってば! あひー! 糸が飛んできた! あひー! 当たりそう!? あひー!!」


※『ぐわああああ』『耳ないなった』『ASMRマイクで絶叫するな』『あひーたすかる』


 私が叫んでたら、なぜだか手にしたゴボウがさんさんと輝き出した!

 糸はゴボウが放つ光に触れると、消滅して行ってしまう。


「はづきさんしかできないASMRだわ……。恐ろしい子……!」


 恐ろしくない!

 怖いのは眼の前のデーモンで……。

 って、気付いたらゴボウがデーモンの頭に当たっていた。


『ウ、ウグワーッ!?』


 デーモンが絶叫した。

 その体が光に分解され始める。


 デーモンは足掻きながら、私目掛けて大量の糸を吐きつけてきた。


「あひー!? なんかベトベトになるんだけど!!」


※『ヌッ』『はづきっちがベトベトとな!?』『はづきちゃん、バーチャルアップしなきゃ!』


「あ、その手が……! バーチャルアップ! あちょーーーーーっ!!」


 ここで、ゴボウを握りしめながらお着替えだ。

 ジャージがマントみたいにたなびき、私の体操服があらわになる!

 別に能力は変わらないんだけど、コメントが盛り上がると、なんかゴボウの輝きがさらに強くなる!


 だが糸の消滅まではちょっと時間がかかったので、なんかあちこちにネバネバ張り付いて気持ち悪いんだけど!


※『ありがたやーっ!!』『ゴボウの輝きでジャージマントがたなびく!』おこのみ『両手でゴボウを叩きつけているから寄せて上げて大変ありがたいことになっている!!』


 お、おこのみお前ー!

 センシティブを避けて発言するのが上手くなってきてるなあ……。


 変な感心の仕方をしていたら、デーモンはいつの間にか蒸発してしまっていたのだった。


「勝っちゃった……。はづきさん、あなたって本当にすごい子ねえ……!」


 バトラさんからお褒めの言葉をもらってしまった。


「私も負けてはいられないわ。今度会う時はライバルよ、はづきさん! ASMRの心得、忘れないでね!」


「あ、はい! バトラさんのお陰でASMRとはなんぞやを学びましたから!」


※『学んだ……?』『学んだ……?』『あれはASMRというより……』


 おいお前らやめろー!


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