第36話 大いなる嵐の前の静けさ伝説
終わった……何もかも……。
いや、終わったのはASMR配信だけど!
頭型マイクはもらってしまった。
「はづきさんの次なるASMRを楽しみにしているわね! 絶対やってね!」
「アッハイ」
そんな返答をしてしまったので!
やらざるを得ないんだよなあ……。
何をしろと?
「よし、こう言う時はたこやきの切り抜き配信をチェックしよう……って、うわーっ」
『初のASMR配信でくしゃみをするきら星はづき』
「よりによってなんてところを切り抜いて……! うわ、再生数が10万超えてるし」
コメントも概ね好意的なものだった。
※『今、ASMRの歴史に新たな1ページ……』『はづきっちはいつもはづきっちで、見てて安らぎしかない。ありがとう、ありがとう』『このくしゃみで助かる命があります』
私のくしゃみで助かる命が、安らぎが……。
分からん。
だけど、誰かのためになっているならまあいいのか……?
最初は私の陰キャ脱却のための配信だったんだけど、いつの間にかたくさんの人を巻き込んで大きくなっていた。
んで、私の配信を見て元気になるとか、純粋に私を応援しに来てる人とかが出てきて……。
「まあ、陰キャのままの私でもいいんじゃないかって、そういう風に思っていると」
口に出してみてから、恥ずかしいコト言ったなあ……としみじみ思う。
だけど悪くない。
このまま楽しく配信しても……。
『企業案件だ』
「うわーっ」
いきなり兄から連絡があったので、私はひっくり返った。
文字通り、椅子が倒れ込んだ。
母が様子を見に来て、私が床の上でのたうち回っているのを見てからすぐに戻っていった。
いつものことだと思ったな……!
子供のことを信頼し過ぎ!
「いきなり何ー!?」
『前々から新しい企業案件の話があると言っていただろう』
ザッコから音声で通話なのだ。
スマホ使えばいいのに!
兄は電話大嫌いだもんなあ。
『今回の案件は、掃除機だな。現在は攻略されたダンジョンをリフォームして安く住むというブームが来ている』
「知らなかった。悪趣味なブームだなあ……!」
『そのために掃除機が必要になる。このハイパワー掃除機をダンジョンで使用して欲しいそうだ』
「ダンジョンをお片付けするわけね。うん、分かった。やる」
『素直だな。ちなみに案件前に、もっと大型の依頼が来る可能性もある』
「大型の……?」
企業案件より大型って、なんだろう……?
『国だ』
一瞬、何を言われたのか全く理解できなくなる。
は?
何を仰ってる?
「くに? くにってなに?」
『カントリー、国家、ジャパン』
「あひー」
ちょっと理解したけど、規模が大きすぎてすぐに私の頭がパンクした。
「なんで私のような一個人配信者のところに……」
『登録者数が今30万人に到達した。個人配信者としても破格の登録者数だ』
「あひー」
まだまだ伸び続けてる……!!
まだ配信者初めて二ヶ月なんですけど……!!
もうちょっとこう、手心と言うか……。
『国が企業以外に何名かの個人配信者を名指ししてきた。その中にきら星はづきの名もある』
「あひー」
『予定よりも遥かに早い。お前ならできると思っていた』
ちょっとお兄様今笑ってます?
いつも通りの静かな口調に聞こえるけど、それを小さな頃からずっと聞いてきた私には、この人が今すごく嬉しがっているのが分かるんだけど。
「そ、それでお兄ちゃん。その大型の依頼ってどういうことなの? 国の何か、えっと、法律とか宣伝したりするの……?」
そういうのは勘弁して欲しい。
私はあれだ。
文系的な成績があまりよろしくないのだ……!
ギュッと詰まった文字を読むと頭痛がしてくる……。
まだ数学とかやってたほうがいい……。
そう、私はどっちかというと理系女子。
『ダンジョンハザードだ。馬鹿な配信者が巻き起こしたこの災禍が、未だに止まらない。ライブダンジョンの力で抑え込めてはいるが、根源となるダンジョンまで踏み込むことができないでいる。ライブダンジョン側でも息切れしてきている状況だ。そこで、国は国内全ての配信者企業を動員することに決定した。問題は、同接数の共食いが発生することだ』
そうそう。
リスナーの数がいても、その人たちは同時にたくさんの配信者のチャンネルを登録してたりするのだ。
そうすると、同接は伸び悩むよね。
『そこでだ。個人配信者であれば、企業箱推しリスナーを除くもっとディープなリスナーを抱え込んでいると言えるわけだ。国はここに目をつけた。俺の狙い通りだ』
「何を狙ってたの……!」
『ダンジョンハザード討伐依頼が来るぞ。そして企業案件も来る。これからが本番だ。きら星はづきは、ここから飛躍するぞ』
「あひー!? ま、まだスタート地点だったの!?」
衝撃的事実に震える私。
そして兄の予想は現実になった。
テレビのニュースでも大々的に、ダンジョンハザード解消のために国内全ての配信者企業に動員を掛けた情報が流れる。
このため、特例的にリスナーたちは、仕事中や移動中でも配信を見ることが許可される。
例えば仕事をしたり、授業を受けたりしながらでもコメントしたり、スパチャを送ったりできるようになるわけ。
とんでもないことになったなあ……!
でも、でも私はちゃんと学校には通いますからね……!!
こんな時期に休んだりしたら、私の正体とかばれちゃうでしょ……!
私は小市民なので、決意した後もツブヤキッターなどを確認してしまう。
エゴサ、エゴサ……。
※『すげえ、俺たちの姫が指名されてる』『分かってんじゃん国ィ!』『はづきっちの配信はいつからなんだろうな』『げんふぁんとジェーン・ドゥはもう動き始めるみたいだぜ』『はづきっち現役の学生さんみたいだし放課後だろ』
私のことをよく理解してるなあ!
その通りだ……。
私はしっかりと授業を受けてから、放課後に門限までの間ちょっとだけ配信する……。
※『真打ちは遅れてやってくるってやつだな』
違うからね!?
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