第37話 気もそぞろな自習中伝説

 登校した。

 してはみたものの……!


 教室のあちこちから、配信音声が聞こえてくるんですけどー!


『うおおおお! みんな力を貸してくれー! 押し寄せてくるオーガの大群を食い止めるぞー!!』


『まるで一面の海ね! 川が氾濫してまるごとダンジョンになったみたい! そこでこのフレンドリーオートのジェットスキーを使えば……』


『えーすごーい!』


『今日はですね、この庁舎に陣取って、押し寄せてくる巨人群を釣瓶撃ちにして行こうと思います。みんな楽しんで行ってねー!』


 ひえーっ!

 漏れ聞こえてくる音声だけで、世の中がとんでもないことになっているのが分かる!

 少なくとも、二十三区内はまるごとダンジョン化してしまった状況らしい。


 そこに、日本中の大物配信者が集まる!

 それはもう、お祭り騒ぎでしょう。


 私の家も学校も、区からは離れた市にあるからまだ被害は及んでないけれど……。

 ここまでダンジョンハザードが拡大していたなんて。


 全然気付かなかったなあ。

 毎日の配信で必死だったよ。


「やば! 押されてるんだけど」


「応援しよ! うち、スパチャ投げるわ」


「頑張れ! 頑張れ!」


 声援も聞こえてくる。

 みんなスマホに夢中だ。


 国がお墨付きを与えたということで、みんな遠慮せずに配信を見ているのだ。

 それはそうだよね。

 つまらない授業よりも、配信見てたほうが楽しいし。


 先生たちもこれは授業にならないと、自習にして職員室に引っ込んでしまった。

 みんな今頃配信を見てたりして。


 ありうる。

 

「こんだけ都心やられててよく持つよねー」


「なんかさ、政府は立川の方に移ったってさ」


「マジで!? もうヤッバイじゃん」


 うん、ヤバいねえ……。

 っていうか、世の中ダンジョンに慣れすぎて、何かあった時の対策みたいなのがかなりしっかりされてるんだなって分かった。

 だって、コンビニはやってるし、商品はちゃんとあるし。


 それだってダンジョンハザードがいつまでも続いてたら、どうなるか分からないなあ。


 さて……。

 問題は、授業が全部自習になってしまった中、私はどうしたらいいのかってことなんだけど。


「な……何もやることがない……」


 スマホを見るくらいしかない。

 いや、教科書を読んでおこうか。

 スマホ見ててエゴサしてたら、バレそうじゃん……。


 あ、裏垢を使えばいい?

 そうかそうか、その手が……。


「あの子出てきてないんだね。はづきっち」


「ほんとだ! なんでだろうね……?」


「興味ないとか?」


「そうかなあ……。それよりこういう注目されるとことか苦手な子だし」


 うわっ、クラスメイトが私への解像度を高めてる!

 そうそう、注目されるの本当に大変なんだよね……。

 だったらなんで配信者やってるんだって話なんだけど。


「あ、ヤバ」


 隣の席の子が呟いた。

 何がヤバいんだろう?


 気になるけど、私はそれを聞く選択肢などない。

 何しろ、陰キャだからね……。

 クラスに友達いないからね……。


「どしたん?」


 よくぞ聞いてくれた隣の子の友達ー!


「なんかさ、この配信の絵、見たこと無い?」


「えっ!? そこの道路じゃん」


「ヤバいって! 迫ってきてる! ダンジョンハザード、区を抜けてきた!」


 ここでやっとというか、ついにと言うか。

 近隣の防災スピーカーから連絡が流れ始めた。


『ダンジョンハザードが迫っています。皆さん、落ち着いて避難をしましょう』


「ヤババババ」


「なんでこんなギリギリで言うの!」


 教室はパニックだ。

 配信を応援するどころじゃない。

 なんで、こんな時になるまで誰もダンジョンハザードが迫っていることに気付かなかったのか……。


 理由がすぐに分かった。


『こいつら、カメレオンデーモンだ!! 全然姿が見えてなかった!』


『速い!! 物凄い速度で移動してる! 足じゃ追いつけない!』


『どこを目指してる!?』


『学校だ! 丘の上の学校……!!』


『学校には思念が渦巻いてるから……! あいつら、さらにダンジョンハザードを連鎖させるつもりだぞ!』


 なるほどー。

 それは気付かないわ。


 カメレオンデーモンを検索してみたら、見えないし電波でも捉えられない上に、高速移動するヤババなデーモンだと書いてあった。

 それが集団で、ダンジョンハザードの中にいたらしい。

 これはひどい……!


 今回は、配信者の人が特殊な塗料を企業案件で宣伝してて、これをかけたから見えるようになっただけ。


 私もドン引き。


 クラスはパニック。

 我先に逃げ出そうと、教室を飛び出していく。


 だけど、それを教師たちが止めたみたい。

 昇降口の方から、わあわあと声が聞こえてくる。


 私は……。

 教室で一人。


 逃げ遅れた……!!

 私を誘ってくれる友達とか、一人もいないもんな……!!


 教師が昇降口を止めている理由はすぐ分かる。

 もう、校門からカメレオンデーモンの大群が見えているのだ。


 そこへ、兄からザッコを通じて連絡があった。


『無事か?』


「教室でぼっちでーす」


『そうか。俺も今駆けつけている。だが、今の俺ではカメレオンデーモンは突破できない。地図を送る。ここまで、地力で突破してきてくれ。ついでに、カメレオンデーモンを殲滅するんだ』


「あひー! い、いきなり難関ミッション!」


『お前しかできない。このままでは学校は占領され、新たなダンジョンハザードの苗床にされるだろう』


「だよねえ。仕方ない、やるかあ……」


 私は立ち上がった。

 実際、やる気にはなっていた。


 今なら正体もバレないし。

 今から始まる、突発配信なのだ……!


「バーチャライズ!」


 誰も見てない教室に、私の声が響き渡った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る