第156話 Xmas前!まちなか遭遇伝説

 声優ラジオの配信も無事に終わり、私はふにゃふにゃとマイペースな配信をする日々に戻った。

 もう十二月。

 街を歩けばどこもかしこもクリスマス一色なのだ。


 私が住む街は中央線が止まるので、そこそこ賑わってるからなおさら。

 人混みを避けながらカサカサと移動し、おやつ代わりに牛丼のお店に入ってアタマの大盛りを注文した。


 ほどよく紅生姜を乗せ、七味をかけてもりもり食べる。

 サッと食べ終わってお勘定して去るのが私の中では粋なのだ……。


「女子高生が凄い食いっぷりで平らげていく……」「なんて美味そうに食うのだ」


 ちなみに私の牛丼はプレーン派。

 チーズやカレーを掛けるのもいいけど、そんなに頻繁に食べないし。

 やっぱりたまに食べるならノーマル牛丼だよね。


 そんなことを考えながら、食後のコーラを買っていると。

 ばったりと出くわしてしまったのだ。


 チョーコ氏……!!


「こんにちは」


「こ、こんにちはー」


 お互いにぎこちない返事をする。

 むむむむむっ!!


 私は警戒する。

 彼女はかなり陽キャよりの人である。

 つまり私が最も苦手な人種である可能性が高い……。


 私は慎重にコーラのプルタブをプシュッと開けて、ごくごく飲んだ。

 これは私からの開戦の合図であり、威嚇である。


「凄い勢いで飲む……!!」


「あ、いや、炭酸が抜ける前に飲んじゃいたいので……スカッと爽やか……。あ、あ、でもアメリカは別の紫缶のコーラだったのでこれはこれでシンプルで主張が少なくて嫌いじゃないというか」


「なんか超早口でスラスラ喋るじゃん……って、アメリカ!?」


「ハッ」


 しまった!

 ついついアメリカ配信の話を垂れ流してしまった。

 アメリカで飲む紫缶のコーラは実に美味しかった。

 タコスやピザと合わせると最高だった。


 気候にあってるのかな……。


「──まあいいけど……」


 あっ、チョーコ氏が何か言ってた!

 私はボーっとして聞き逃したぞ。


「ねえ、ちょっと歩かない? 実は色々聞きたいこととかあるし。もちろんただじゃなくて、ストロベリークリームラテ奢るし……って、大丈夫? 入る?」


「ストロベリークリームラテですって!! 余裕です」


 私は即座に返事をした。

 奢ってくれるなんていい人だなあ。


 ニコニコしながらチョーコ氏の後をついていく。


「なんだか心配だなあ。悪い人に騙されてついていったらだめだよ?」


「そ、それは多分大丈夫だと思う。多分。恐らく……メイビー」


「心配……」


 やたら心配されてしまう。

 一応あれよ。私だって配信者として一人前に頑張っているのだから信用をしていただきたい……!


 だがそんな自負を持った私がおしゃれなコーヒーショップに入ると、陽キャのオーラが襲いかかってきた。

 ウ、ウワーッ!

 配信者としての自負を粉々に砕く恐ろしい攻撃だ!!


「なんでのけぞってるの?」


「い、いや思わず……」


 恐る恐る店内に足を踏み入れ、チョーコ氏を盾にしながらゆっくり前進した。

 店内あちこちにおしゃれ女子や、モバイルPCを広げてカチャカチャカチャッターン!ってやる人。

 そしてカップル! 勉強するイケてる学生! 明らかに会社の重要な話をスマホで指示してる人!


 そして……ああー、コーヒーのいい香りがする……。


 カウンターで、ペラペラと専門用語を使って注文するチョーコ氏。

 あまりにもスタイリッシュ。

 これが陽キャの輝き。


 憧れちゃうなー。

 い、いや、私は陽キャなんぞに屈しないぞ……!!


「何力んでるの?」


「い、いや、つい……」


「はい、ストロベリークリームラテ」


「おほー! ありがとうございますありがとうございます」


 二人で並んで窓際に座る。

 窓際……!?

 チョイスする席まで陽キャとは……恐れ入ったなあ……。


「なんか物凄く警戒されてるのが分かるんだけど……。うちらもう結構付き合い長いよね。心を開いてくれないかなー」


「フヒヒ、そ、そんな、心を開いてないなんてことは……あっ、ラテうまあ……」


 私の思考は甘味の彼方にぶっ飛んでいった。


「時折上げる声とか、仕草とか、絶対にそうだと思うんだよね。でも配信者ってバレたら困ると思うから、こっちで勝手に想像するけど」


 ストロベリークリームラテ。

 この一本にぎっちり詰まったクリームとストロベリーソースが素晴らしい美味しさと、悪魔的カロリーを生み出す逸品。

 体重やお腹周りを気にする女子に、暴食の加護を授けてぷくぷくにして来るような、めちゃウマカロリーモンスター。素晴らしい……。


 前々から飲みたかったけど、このコーヒーショップは陽キャスメルが強すぎて近寄れなかったんだよなあ。


 それに注文の時に呪文を唱えるのことが私にはできそうにない……。

 いやあ、チョーコ氏はいい人だなあ。

 頼れる陽キャだ。


「まーた聞いてない……。シカコもなんか様子がおかしいし、どうもカラオケで聞いたことがある歌声の配信者がデビューしてるし……しかもきら星はづきちゃんの事務所で……」


 ストリベリークリームラテ、最後の一吸いまで美味しく頂きます……!

 ああ~。

 至福……。


 ズゾゾッ。


「ごちそうさまでした」


「いえいえ、ご満足いただけて何よりです。私の方も一方的に好き勝手言ってごめんね」


「え? いや、あの、奢ってくれてありがとうございます」


 私はペコペコした。

 何を謝っているのかはよく分からないけれど……。


「色々知りたい人なら……こっち側に来たら色々分かると思うよ」


 チョーコ氏が目を見開いたようだった。

 想像もしてなかったみたいな表情だ。


 うんうん、まさか自分がなるなんて思わないよね。

 いいぞ、大食いの世界は……。

 美味しいものがどんどん食べられる。


 私は察していたのだ。

 彼女の手の中には、ストロベリークリームラテがまだ半分以上残っている。

 スモールサイズだとは思うけど、訓練していない女子ではそのペースでしか飲めないだろう。

 お腹いっぱいになっちゃう。


 今トールサイズを飲み干した私みたいに、このドリンクは勢いが大事なのだ。

 彼女が知りたいのは、きっとこのこと。

 なーんだ。もっと早く聞いてくれたら良かったのに。


 カロリーなら気にしなくていい。

 食べた分だけ動けばいいだけだからね……。

 私の飲みっぷりをじっと眺めてた彼女、どこかでたくさん食べることに興味があったに違いない。


 なるほど、そう考えると私をお昼に誘ってきたのもよく分かる。

 私のお弁当箱大きいもんね。


「誰だって、私みたいになれるから」


「誰だって……。私も、あなたみたいに……?」


「なれるよ」


 チョーコ氏が息を呑んだ。

 うん、最初はそんなに食べられないかも知れないけど、それはダイエットとかで胃が縮んでるだけだからね……。

 若い胃袋の容量は無限だよ……!!


 チョーコ氏は何か決心したように頷いた。


「私も、なりたい。あなたみたいに……!」


「なろう!」


 そういうことになった。

 買い食い友達ができちゃったなあ……。


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