第345話 はづきっち、歌います!?伝説

 光陰矢の如しと言うわけだけど、大感謝祭に向けての毎日が物凄い速度で流れていく。

 私は学校生活と配信、そして大感謝祭の準備に、あちこちの会社と新しい商品化の話……。

 もう目が回るくらい忙しい。


 なので!


『じゃあ私は今日はシアワセヤさんと会議してくるねー』


「私はなんか風街流星さんの歌出してるレーベルから相談があるとかなので行ってきます」


『お互いがんばろー』


「いえーい、ファイトー」


 ベルっちとハイタッチして、私たちは二手に分かれるのだ。

 実質、二人で動けるようになったから、色々な企業案件を捌けるようになった。


 配信をベルっちに任せながら、私は別のお仕事をしてたりするし。

 お互い、オフになったら勉強をしたり、次の配信の準備をしたり。


 ただまあ、私も初めての企業さんに一人は大変緊張するので、お付きの人と一緒に行くのだ。

 今まで色々なお仕事で裏方をしてもらってる、企画部の主任さん。

 この人と一緒だ。


「インペリアルレコードさんが私に何の用なんでしょうねえ……」


「はづきちゃんをメジャーデビューさせたいんじゃない?」


「ひぇぇぇ、ま、まさかあ」


 主任さんが運転する車で、インペリアルレコード本社まで向かう私たち。

 私など、へっぽこですわよ……。

 そう言えば、イカルガでメジャーデビューしてる娘はいないな……。


 もみじちゃんとビクトリアが秒読みな感じだろうか。


 うちは歌ではなくて、王道の配信とグッズ展開でやってる会社だと思う。

 ここは兄のこだわりなのかも。

 アイドル活動みたいなことを始めたら、これはこれで配信の時間が減っちゃうもんね。特に歌とか芸能活動みたいなのをメインにするビクトリア以外は、そこまで力をいれない感じ?


 ライブダンジョンさんとかは、それでも配信をバリバリやるので、どれだけハードスケジュールでみんな頑張ってるんだー!!って思うけど。


 主任さんに散々メジャーデビューしちゃうよーと脅され、私はまっさかー、と否定しつつ。

 到着です、インペリアルレコード。

 大きいビルだ。

 これがまるごとそうなんです?


「うちも総資産的にはここに近いくらいあるよ」


「えっ!? そうなんですか!?」


「あの銀色飛翔体いくらしたと思ってるの。一桁億円じゃ足りないよ」


「ひえええー」


 どうやら私の思いつき配信に、潤沢な資金が注ぎ込まれていたらしい!

 でもまあ、銀色飛翔体はバーチャルロケット(VR)と名前を変えて、各国で研究され始めているらしいし。


「はづきちゃんの配信で、使った分は即日ペイできたから大丈夫だよ」


「あーよかったー」


「はづきちゃんは一人で巨大な経済効果を及ぼす人なんだからね。自覚しよう。君は大物なんだぞ」


「あひー! 脅かさないでくださあい」


 主任さんはうちの父と同い年くらいで、もともとテレビマンだった人。

 色々制限が掛かって、昔より面白くなくなったっていうテレビ番組に見切りをつけてネットに移ってきたのだ。


 過去に手掛けた番組の名前は、うちの両親が「ええーっ!?」って驚くような有名なものばっかり。

 まあ深夜帯が多かったそうで、それがヒットするとゴールデンタイムに持っていかれて骨抜きになってダメになっちゃうことが多かったそうだ。


「ネットの番組はまだまだ自由だからね。ジャンルに若さと勢いがある! 僕はイカルガで働いていて本当に楽しいよ!」


 男子三人のデビューイベントとか、以前のツイスターゲーム大会とかも実は主任さんの企画だったり。

 今回のインペリアルレコードさんのも、もしや仕込みではあるまいな……?


「はづきちゃんの進路選択にアイドルが加わるといいね」


「やーめーてー」


 なんて恐ろしいことを言うのだ。

 で、会社に入って行って、入口の受付にあるインターフォンに主任さんが話しかける。

 そしてちょっとしたら、三人くらいの人がエレベーターで降りてきた。


 おじさんとシュッとしたお兄さんシュッとしたとお姉さんだ。

 なんか全員が凄く緊張してる!?


 で、私を見て、みんな「あっ! もしや!!」とか言った。


「あっあっ、私、きら星はづきです。どうもよろしくお願いします」


「よろしくお願いします! わたくし、インペリアルレコードスカウト部の部長の……」


 なんか名刺を頂いてしまった。

 私は電子名刺しか無いなあ。

 ぴゅっと電子名刺を送った。


 後ろのお兄さんとお姉さんがウワーッと盛り上がる。


「はづきっちの電子名刺……!?」「こ、こんな凄いの持ってる人いないですよ……」


 なんだなんだ!

 なんで盛り上がっているのだ……!


 他にも社員さんが行き来してるのだけど、みんな立ち止まってハッとしたりしてる。


「えっ!? ま、まさかはづきっちなの!?」「アバターなしでもこんな可愛いのか……」「やばいやばいやばい」


 なんか聞こえてくる。

 で、部長さんが周りに睨みをきかせた。

 みんな慌てて動き出す。


「ではこちらへ。本題についてお話しましょう」


 到着したフロアはなんか真っ白で、一見して壁しかないんですが。

 あ、そのあちこちに扉があって部屋になってるのね……。

 バンダースナッチさんはパーテンションで大まかに区切ってるだけだし、イカルガは折りたたみ式のアコーディオン壁みたいなのだし。


 こういうのは初だなあー。

 キョロキョロしながら会議室らしきところに入った。

 あ、ここは狭めなんですねえ。


「単刀直入に参ります。きら星はづきさんの歌を、弊レーベルで出させていただきたいのです!!」


「な、なんですってー!!」


 私が物凄く驚いたので、向こうのお兄さんとお姉さんが凄く嬉しそうな顔になった。


「配信のまんまのはづきっちだ!」「やっぱり本物だあー」


 キャッキャしてる。

 で、部長さんにジロッと睨まれて静かになった。


 対する主任さん、ふむ、と頷いた。


「確かに、彼女の影響力を考えれば、納得できるお誘いです。しかもあのインペリアルレコードさんから。本来ならば一も二もなくお話をお受けするのですが」


「では」


「イカルガの方針は、各配信者の身の振り方はそれぞれに委ねる、です。ですが、彼女たちもまだ若い。補佐として私が付いてきています。どうする? はづきちゃん」


「う、うーん」


 私は唸った。

 なんということだ。

 ま、まさかインペリアルレコードに入った時点でこれは仕組まれていたのか!


 巧妙な罠~。


「あ、あのう」


 私が小さく挙手をしたら、部長さんが「どうぞ」と促した。


「あの、かっこいい歌とかダンスとか無理なんですけど……」


「それぞれのアーティストにはそれぞれのスタイルがあります。弊社はきら星はづきさんというアーティストが最も輝く形でプロデュース致します」


 あひー。

 に、逃げ場を作らぬお答え!

 つまり、割とありのままの私でいいよーってことなのだ。

 いいのか?


「はづきちゃんのファンが求めているのは、ありのままのはづきちゃんだからね。君はこの時代における、不動のスーパースターなんだ。ああ、表現が古かったねえ……」


 そ、そんなだいそれたものが私!?


「うーん……」


 私はうーうー唸った後、ちゃんとこの仕事ができるかどうかを考えた。

 ベルっちの事が思い浮かぶ。

 うん、全然スケジュール的にいける。


「たまにベルっちと入れ替わっていいなら、一曲くらいは……」


「ありがとうございます!!」


 部長さんがめちゃくちゃ笑顔になる。

 後ろでお兄さんとお姉さんが無言で大盛りあがりだ。


 こ、これは……!!

 私はなんか、とんでもないことを許可してしまったのではないか。


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