第203話 ねっとりもう一人の後輩伝説

「はづきさん、ヘルプですー! 彼女がはづきさんに会わせろとストライキを……」


「な、なんだってー」


 事務所でもみじちゃんのマネさんにカフェオレを淹れてもらい、まったり飲みながら「暖かい飲み物を淹れてくれるマネさんなら私もほしいなー」とか考えていた私は現実に引き戻された。

 一体何があったんだー。


 イノッチ氏ことはぎゅうちゃんは素直なのでよし。

 ということは、ストライキをしているのはチョーコ氏で確定だろう。


 ここは事務所だし、芸名で呼ぶべきか。

 芸名言うな、配信者ネームだ。


 蝶路(ちょうじ)ぼたんちゃんだ。

 私がスタジオまでトコトコやって来ると、彼女が立てこもっているところだった。

 普段は兄が指導しているので、怖いのと尊敬で大人しく従っているが、今日は兄がいないので晴れてストライキしたらしい。


「ぼたんちゃん、何をストライキをしているんだい」


 今は甘くて温かいカフェオレで身も心もおおらかになっている私。

 優しく呼びかけた。

 すると、ちょっとむくれていたぼたんちゃんの顔がパッと明るくなる。


「はづきちゃん!! 来て来て! ああー、やっと一緒になれた……」


 なんだなんだ。

 私が入っていくと、続いて男性マネさんも入ってきた。


「よかったー。やっと入れた! 気持ちは分かるけど、はづきさんはとっても多忙だからって話したんだけど……」


「何もかもはづきちゃんに任せるからじゃないですか! 彼女だけマネージャーさんがいないなんておかしいです!」


「それはそう」


「それはそう」


 私も男性マネさんもうなずくしかない。

 まあ、兄が社長兼私のマネージャーみたいなもんだけど。


 ちなみに兄のマネージャーを自称する受付さんは、部下の女子が二人入ってきて、指導と指揮でてんてこまいらしい。

 あの人、基本的に面倒見がいいからなあ。


「それでぼたんちゃんは何がご希望なの」


「私をぼたんって呼んでくれるの、嬉しい……」


 なんかぼたんちゃんがもじもじしているぞ!


 彼女は黒髪ロングで、すらっとした感じの正統派美人さん。

 台湾の人の血が入ってるそうで、ちょっと切れ長な感じの目がかっこいい。

 私はぽてっとしたたぬきタイプなのだが、私の何にこの人は執着しているのか……!


「はづきさん、彼女、現代魔法の素質があったんですよ。だから魔法の練習をしています」


「ほえー、魔法使い!!」


 現代魔法っていうのは、ライブダンジョンのアクア船長とか、おなじみ風街流星さんが使ってるやつね。

 自分の特性みたいなのをAフォンを経由して魔法にして、ダンジョンや現実で行使する能力。


 カンナちゃんはより分かりやすい、攻撃魔法として使ってたなあ。

 そうかあ……。

 ついにイカルガ事務所にも魔法使いが誕生かあ……!


 いや、もみじちゃんのパンアタックもあれ一応魔法か……。

 パンやパン屋の器具が謎の強い挙動をするの、あちこちの考察サイトで盛り上がってたもんなあ。

 この間、ホットドッグのソーセージが伸びてデーモンを粉砕した配信は見ててちょっと笑ってしまった。


 あれはなんなんだろう……。


「はづきちゃん、見ててもらっていい? 魔法を使ってみせるから!」


「うんうん、見せて見せて」


 私がスタジオの端っこに座ったら、彼女は満足げに頷いた。

 その姿がバーチャライズする。


 目にも鮮やかな黄色の二枚羽と、下に真っ赤な二枚羽。

 牡丹と蝶が刺繍された、赤いきらびやかな服を着てる。

 白くきらきら輝く髪は、同色の牡丹をイメージしてるとか。


「きれー。あの衣装は一体」


「アミ族の民族衣装と漢服を組み合わせたものなんだそうです」


「ほへー」


「私のルーツに、漢族もアミ族もいるから」


 これは多分、イカルガで一番凝った衣装なのではあるまいか。

 動く度に、キラキラ光るしあちこちの空間もピカピカする。


 燐粉をイメージするのと同時に、魔法の使用をサポートする粒子みたいなのを振りまいているのだとか。

 一気に技術力が発達したな、イカルガエンタ!


「守りを!」


 ぼたんちゃんが叫ぶと、周りにぶわーっと輝きが広がった。

 光の一つ一つが蝶と花びらの形をしている。

 あ、これは防御力が上がったやつ。


「力を!」


 今度は力が内側に集まってきた。

 蝶と牡丹の花びらが、渦を巻いてぼたんちゃんを包み込んでいる。

 これは攻撃力が上がったやつ。


「風よ!」


 鱗粉の輝きが一方向に、ブワーッと流れた。

 蝶と花びらの動きが、まるで吹雪のようだ。

 これが攻撃かあ。

 かなり見栄えがいい。


「うんうん、やればできる子なのよね。ちょっとはづきさんが好き過ぎるだけで」


 男性マネさんがうんうん頷いていた。

 なるほどー。

 私を好きなのかー。


 ぼたんちゃんは張り切ってどんどん魔法を使って見せる。

 この短期間で、八種類も魔法を使えるようになってるのは凄い。

 なるほど、練習期間が長いから、なかなか本番環境に出てこれないはずだ。


 で、そうやってるうちに、はぎゅうちゃんが先を越したのでへそを曲げたわけだ。

 はぎゅうちゃんは突進するだけだからね。


「くっ、一度に力を使いすぎた……」


 あっ、ぼたんちゃんがフラッとした!

 私はサササーっと動いて、彼女を後ろから支えた。

 おお、かるーい。


 背丈は私と同じくらいなのに、体重が明らかに軽い……。

 私の肉がみっちり詰まりすぎてるのだろうか。


「柔らかいものが後ろに……あっ!! は、は、はづきちゃん~~~~~!!」


 うおー、ぼたんちゃんが急に体を固くして甲高い声を上げたんだが。

 なんだ、この伝わってくるドクッドクッドクッという振動は……。

 これはもしや自己回復の魔法……。


「ああ~シアワセ……」


 ぼたんちゃんがへなへなと崩れ落ちた。


「うわー、ぼたんちゃん! ぼたんちゃん!」


 私は慌てて彼女を支えるのだった。

 魔法の使い過ぎはよくないんだなあ。

 ご利用は計画的に。


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