第491話 ゴボウ一閃宇宙を拓く伝説

※『彼女こそは!』


 ここで、大量のコメントが宇宙空間にPOPする。

 自らの言葉で、言語で、きら星はづきを形容する語群がどこまでもどこまでも広がっていき……。


『なんだ! なんだこれ! 意味わかんない! ありえないんだけど!! 消せ! 消しちゃえ!!』


 魔王の叫びに応えて、周囲の分身魔王が光の槍……物質化された超高密度宇宙線を無数に投擲する。

 一本一本が、一撃で一つの都市を破壊するほどの力を持つ攻撃だ。

 だが、それらは次々にPOPするコメントに弾かれ、砕け散る。


 地球上の海を蒸発させるほどの熱線も次々に降り注ぐが、それらもまたコメント群によって食い止められる。


 数え切れないほどのコメントが、海のように宇宙空間でひしめいている。

 明らかに……地球上に存在する人類の数を超越したコメントの量。

 その中心に彼女がいた。


 四本あったゴボウを片手で束ねて持っている。

 一本一本だと細くても、四本だとかなり太く感じるのだ。


 ゴボウが宿す輝きが増す。


『なんで! なんで通じない!? 何だお前! お前はなんだーっ!!』


※『きら星はづき!』


 その瞬間、全てのコメントが唱和した。

 彼女の名を、エーテル宇宙空間で高らかに呼ぶ。


 束ねられたゴボウが、どこまでも伸びる光の刃となった。

 その先にいた分身魔王の一群が、光に当てられて『ウグワーッ!!』と消滅する。


 きら星はづきがちょっと加減を調整するためにぐりぐり動かしたら、そちら側の空にいた分身魔王が全滅した。


「おっしゃー、いきまっす」


 気の抜けた一声。

 振りかぶった段階で、ゴボウは分身魔王の軍勢の大半を切り裂いている。

 もはや、周囲には宇宙と、きら星はづきを応援するコメントしか存在していない。


 分身魔王、全滅。


 魔王マロングラーセは戦慄した。

 なんだ。

 一体何を相手にしているのだ。

 

 数々の世界を滅ぼし、ゴボウアースをも手玉に取って長い時間を弄んできた自分が。

 今、こうして追い詰められている。


 この女はなんだ。

 きら星はづき?

 何の説明にもなっていない。


 最強を自負する魔王マロングラーセを、彼女の軍勢を、その勢いを、ただ一人でひっくり返した少女。

 応援が力になる世界法則?

 だとしても計算がおかしい。


 あの星に残った人口はせいぜい三十億。

 その程度で、マロングラーセに届くはずがないのだ。


 だったら、何が彼女を後押ししているのか?


 魔王はそこで、ようやく見えなかったものが見えた。

 ゴボウアースに連なり、彼女が滅ぼしてきた世界が幻のように浮かんでいる。

 その地で生き、戦い、倒れた者たちが皆、叫んでいた。


 魔王の前に立つ少女の名を。


 少女が纏うジャージがほどけ、マントのように翻る。

 体操服姿になる。


 胸につけられた大きなゼッケンには輝く文字で、きら星はづき、と書かれていた。


『あ、あたしが遊んできた世界が、まとめて牙を剥いたっての……!? んなの、ありなの!? ふざけんなよぉ……!!』


「あちょ」


 言葉の最中に、ゴボウの光がぴょいっと飛んできた。


『うわーっ!!』


 マロングラーセは慌てて回避する。

 彼女が足場にしている名状しがたき塊が、ごっそりと削り取られた。


 これは、宇宙に巣食う古き混沌の魔王と戦った時、奪い取ってやったそいつの権能だ。

 誰もがこれを直視しただけで狂い、混沌の囁きに耳を貸したものは堕落して眷属となった。


 それが、この女の前では何の力も発揮できない。


 きら星はづきは、混沌の姿を見て、混沌の声を聞いているはずなのに!

 見て、聞いて……?


 そこで魔王は気付いた。

 彼女は魔王など見ていない。

 魔王の言葉も聞き流している。


『あんた、まさか……! 最初からずっと、あたしことを眼中にも……!!』


「あちょちょー!」


『うわーっ!!』


 次々襲い来る光の刃を躱して、魔王はゴボウアースの裏側に滑り込んだ。

 この星を盾にして……。

 いや、ゴボウアースを丸ごと弾丸にして、あの女にぶつける……!!


 削られた混沌が肥大する。


『混沌を再生。混沌を拡大。混沌を強化。混沌をゴボウアースに突き立て……! 魔力を注入……!!』


 己の権能たる、段取りを行っていく。

 そうだ。

 本来の自分の力を発揮すれば、あんな意味のわからない女など相手にも……。


 だが、魔王はまだ、相手が本当に意味のわからない存在なのだと理解していなかった。

 光が来た。

 地球をぐるっと回り込み、弧を描いて光がやって来た。


『は?』


 それは、きら星はづきが振り下ろしたゴボウの光だった。

 ゴボウアースだけを器用に避けて、魔王だけを的確に討つ。


『あっ』


 それだけ言って、魔王は光に飲まれた。

 全ての混沌が霧散した。

 地球に突き立っていた混沌も消えて無くなる。


 地上では、人間たちと戦っていた全ての魔族が、『あっ、俺の体が消える!』『なんでーっ!!』『マロン様がやられた!? まさかそんなーっ!』などと叫びながら消滅していくのだった。



 ※



「えー、ということで魔王を倒しましたので! これから地球に帰還しまーす! そこで五曲目! 『ゴボウ一閃宇宙を拓く』を聞いてくださーい! あ、これも新曲です。曲の意味わかんないですよねえ」


 ゆっくり、ピタパンは地球に向けて降下していった。

 その様子は全国に配信されている。


 イノシカチョウとビクトリアをバックダンサーに、きら星はづきのコンサートはいよいよ大詰めなのだった。


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