第144話 ビクトリア来日伝説

 11月前半はこれと言ったイベントもなく過ぎ去り、あっという間にビクトリアがやってくる日になった。

 平穏な毎日がありがたい……。


 なんか巷では、嫉妬勢はインターネットを使った侵食をしてくるとか、知らない人からのDMに気をつけようとかそういう話になっているんだけど。


「あれから嫉妬のシン・シリーズと接触はないのか?」


「あったかも知れない……。でも私が気付いてないだけかも知れない……」


「お前はそういうの全く気にしないからな」


「そ、そこは先輩のいいところだと思いますー」


 私とシカコ氏は、兄のVMAX-2000に乗せられて空港へ向かっていた。

 何度も乗ったけど、この車はとにかく速い。

 だけど兄曰く、


「本気モードを出すには海外にでも行かないといけない。日本でこの性能は持ち腐れなのだ」


 とニヤニヤしながら言うのだ。

 あえて道が狭い日本で超高速スポーツカーを乗ることに愉悦を感じる男……!


 それはともかく、後部座席があるスポーツカーなVMAXだけど、シートベルトをしたシカコ氏は加速の度に「はひー」と悲鳴を上げる。

 スピードがダメな人だ!


 でも、その速度のお蔭で空港まであっという間に到着した。

 空港内のレストランで腹ごしらえをする。


 しばらくすると、ビクトリアの乗る飛行機が来る時間になったようだ。

 私とシカコ氏は顔を見合わせて頷いた。


 このために横断幕を作ってきている。


 アメリカからの直行便が復活し、その第一弾としてやってくる飛行機なのだ。

 周囲の注目度は凄い。


 だからここで目立つと、全国ネットで私たちの姿が放送されてしまう!

 だがしかし!

 海を超えてきたビクトリアを迎えるのに、ささやかな感じでいいんだろうか?

 よくない。


 私とシカコ氏はトイレでバーチャライズして来た。


「はづきっちがいる!!」


「隣の小さい子誰!?」


「かわいい」


 当然注目されるのだ。

 そしてテレビ局とかが詰めかけている空港のターミナルで、横断幕を準備した。


 隣で、なんかアメリカからの直通便復活について捲し立てている女性アナウンサーさんがいる。

 私がカメラにチラチラ映り込んで作業しているので、カメラマンさんがハッとしたようだ。

 すごく驚いた顔で私を指さしてる。


 アナウンサーさんもちらっと私を見た後、ぎょっとして「は、はづきっち!?」と叫んだ。


「あ、どうもどうも。気にせず続けてください……」


「あ、いえ、いいんですけど! その……あなたほどの大物配信者がここにどうして……?」


「そ、それはですね。秘密なんですけど」


「そこをなんとか……」


 食い下がってくるなあ。

 だが、私は曖昧に笑ってこれを回避し、シカコ氏……もとい、もみじちゃんと二人で横断幕を広げた。

 まあ、私が四人並んだくらいの小さい横断幕だけど。


『ようこそビクトリア!! 歓迎!! イカルガエンターテイメント一同』


 みたいなのが書いてある。

 これを見て、アナウンサーさんは察したらしい。


「なるほど、なるほど……!」


「なので彼女はあんまり映さないでもらえると……」


「あ、はいはい! でもちょっと映すくらいは……」


 遠くの兄が重々しく頷いた。


「あ、いいそうです」


「良かった! えー、皆さん、なんと、あのきら星はづきさんもこちらのイベントに駆けつけてきておられます! どうやら先日のアメリカ配信でともに戦ったビクトリアさんを迎えるためらしく……」


 これがもう、あっという間にツブヤキックスで広まった。

 さらに、空港にいる私やもみじちゃんを激写したものまで出回っていく。


「はひー、すっごい視線を感じますー!」


「陽キャの世界は怖いねえ……」


「はづき先輩は理解不能なものを全部陽キャに例えますよねえ」


「この世で一番おそろしいものだからね」


「そうかなあ……」


 ぺちゃぺちゃ喋っていたら、飛行機到着です。

 ワーッと歓声が上がった。


 しばらくして、飛行機から乗客がわいわい降りてくる。

 重要な人たちはタラップ車で降りてアピールしてるけど、ここはターミナル。

 普通の人たちが降りてくるところだね。


 ……ビクトリアって重要人物だっけ?

 重要人物じゃない?


「お、お、お兄ちゃん!!」


「しまった」


 ということで、私たちは慌てて許可をもらい、飛行機の近くまで行かせてもらった。

 なぜかスルッと通してもらえたんだけど……。


「迷宮省から、きら星はづきの行動をできる限り支援せよという要請が来ておりまして」

 係の人が説明してくれた。


「あーなるほど」


 国がバックアップしてくれてたのか。

 ということで、タラップ車が見えるところです。


 見たことあるアメリカのおじさんが、国の偉い人と握手していて、みんなこれをパシャパシャ撮影している。

 で、ゴスロリ姿の女の子がオロオロしながらその辺を歩いている。


 あまりに場違いなので、記者の人たちもどうしたものか迷っているみたいだ。

 私はもみじちゃんに向かって強く頷くと、横断幕をぐっと広げた。

 そして叫ぶ。


「ようこそビクトリア!」


 私の声が届いた。

 ゴスロリな彼女……ビクトリアは顔をあげると、パッと表情を輝かせた。

 そして猛烈な勢いで走ってくる。


「リーダー!!」


「ビクトリアー!」


 横断幕を兄に任せて、私は両手を広げる。

 飛び込んでくるビクトリア。

 私は彼女をキャッチすると、抱き上げてくるくる回った。


 なんか劇的な再会シーンみたいになったので、カメラマンの人たちが集まってきてパシャパシャやったり動画を撮り始めた。


「当たり前みたいにビクトリアさんを抱き上げましたけど、はづき先輩の馬力凄いですよね……」


「ああ。多分、最近のあいつは鍛えてるから体重二倍くらいある女子より腕力あるぞ。配信の間中ゴボウをしっかり握りしめてペースを落とさず振り回し続けられる女がどれほどいる?」


「確かに……」


 私を化け物みたいに言ってないか……?


「凄い! 女の子を抱き上げた上に持ってきたトランクまでひょいっと持ち上げてる!」


「やっぱりきら星はづきは違うねー。中身が実は屈強な男性なんじゃないか説は本当だったのかもな」


「バーチャライズすると見た目はどうとでもなるからなあ」


 周りもなんか言ってるんですけど!

 私は女子です!!


 そしてさらに、状況は混迷の度合いを深める。

 アメリカのおじさんがこっちに気付いたのだ。


「オー! ハヅキ!! トゥインクルスター!! マイゴッデス!」


 なんか叫びながらドシドシ走ってくる!

 あっ、州知事~!!


 私はビクトリアを横に置いて、向かってきた州知事のハグをスッと回避した。


「あ、握手でお願いします、シェイクハンド……」


「オーケー!」


 こうして、私と州知事が握手するところがまた激写されてしまったのだった。


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