第142話 迫る嫉妬勢、気付かぬ私伝説

 ハロウィンが盛り上がってくると、かなり雑な感じでダンジョンが出現したりする。

 路上でお酒を飲んでポイ捨てしたりすると、それに集まってきたネズミや虫がモンスター化して、そこからもりもりっとダンジョンが膨らんだり。


「ぎえー、ダンジョンがーっ!」


 なんかそう言うのを叫んだピエロ風ヴィランの仮装をした陽キャの人が、ダンジョンに飲み込まれていった。


「あー、今度はこの横道全部がダンジョンになった」


「はひ、テ、テレビでは見たことありましたけど、こんなに大きいんですか」


 ダンジョンに踏み込んでみて、もみじちゃんは呆然としているようだ。


「うんうん。ダンジョンってすっごく広くなるの。車がすれ違えないくらいの路地が、中央高速道くらいの広さになる……」


「た、例えが分かんないです!」


 兄のVMAX2000に乗せてもらって道路を走った記憶からの話だったんだけど!

 考えてみたらシカコ氏の家はパン屋だし、あんまり出かけるということがないな。


 ちなみにVMAX2000の数字ってどういう意味って聞いたら、2000年モデルのリバイバルなんだと。

 排気量2000デシリットルかも知れないと兄が適当なことを言ってた。


「そんじゃあ行きましょうー。門限まであとちょっと……! 残念だけどこれがラストアタックになります」


※『残念』『アンコールするとはづきパパに心配かけちゃうもんな』『ハロウィンは日付変わる辺りまでワイワイやってると思うんだが』


「私はその頃には寝ちゃうので……」


※『健康!』『健康な生活がきら星はづきを作る』おこのみ『よく寝てよく食べてよく配信するからその肉体に……いいぞー』


 おこのみめ、センシティブを文学的な表現で回避してくるようになってきたな。

 そういうことで、トライシグナルの三人と一緒にもみじちゃんを連れ、ダンジョンへゴー。


 通りがまるごとダンジョンになったせいで、あちこちの店や路地からどんどんモンスターが湧いてくる。

 とは言っても、とにかくネズミが多い。

 あとG!


「はひっ、はひー!」


「もみじちゃんしっかり!! 独り立ちしたらこういうのに立ち向かうんだから恐怖を克服しよう!」


※『もう隠す気も無くなってて草』『頑張れ新人ちゃん!』『はづきっちは恐怖のスイッチが最初からねえからな……』『前進することしかできない女が何を教えられるのだろうw』


「ちょ、ちょっとは後退できるし! 後転とか」


「はづきさん、路地で後転はばっちいからやめておくのですわよ!」


 しゃがみこんだ私を、カンナちゃんが突っ込んでやめさせた。

 危ない危ない、勢いでやってしまうところだった。


 向かってくるジャイアントラットとか、アンドロコックローチをバーチャルゴボウで迎え撃つ。


『ピギッ』『じょう!』


 なんでネズミはそのまま大きくなるのに、アンドロコックローチはムキムキの茶色く輝くマッスルボディが生えるんだろう。


「謎だ……」


※『上の空無双始まったな』『明らかに中空を眺めながらぶつぶつ言っているのにどんどん突き進みつつモンスターを撃滅して行ってて草』『Whooooooooo!』『海外ニキ戻ってきたぞ!』


「えっ、海外のリスナーさん来た!? どうもどうも、お世話になっております……。あ、もみじちゃん、預けておいたバーチャルバゲット使って戦ってみよう」


「はひぃ、む、無理ぃ……」


「大丈夫大丈夫、いけるいける」


 私が無責任に背中を押す。

 すると水無月さんも頷いた。


「さっきから私たちの配信にチラチラ映り込んでいるでしょ。だからちょこちょこトレンドに上がっているんだよ、あなた。あなたを見つけるために四窓してるリスナーも多いみたい。注目されているということは……」


「同接数の力を得られるってことだね! ファイト!」


 陽キャである卯月さんがサムズアップしてきた。

 もみじちゃん、これを聞いてやる気になったようだ。


「や、やってみます! う、うおおー!」


※『可愛い掛け声が聞こえた』『響きは雄々しいはずなのにロリ声過ぎるw』


 シカコ氏、声を張り上げると可愛い声になるんだよな……。

 歌ってるとかっこいいのに。

 発声の不思議。


 振り回されるバーチャルバゲットは、イカルガエンターテイメントがバンダースナッチ株式会社に依頼して作ったサンプルだ。

 伸縮するロッドなんだけど、Aフォンの力でバゲットのような姿に映る。

 このバーチャルなパンの部分にも当たり判定があるので……。


 ぼふん、とバーチャルバゲットで叩かれたラットが、『ピギィーッ!』と叫びながらふっ飛ばされた。

 多分、人間じゃ反応できないくらいの速度で襲ってきてると思うんだけど、同接数パワーを得た私たちだとついていけるのだ。


「やあやあやあ! えいえいえいえい!!」


※『かわいいかわいい』『画面端の映り込みでしか確認できないのが悔しい』『デビューはまだか!!』


 盛り上がってる盛り上がってる。


※『はづきっちが腕組みしながら見守っとる』『師匠面~w』『腕の上に当たり前のように胸が載るのな』おこのみ『ありがてえありがてえ……俺のはづきっちフォルダがまた重くなっちまう。あ、そう言えばチベスナ衣装は使わないの?』


「あ、そうでした。チベスナチベスナ……」


 ブタさんから、チベスナに衣装チェンジ。

 そうしたら、他の衣装と結びついてしまっていたようで、ジャージモードから体操服モードに変わってしまった。


※『ジャージマントにスパッツ!』『結果的に薄着になってしまったな……。いい……』『あれ? はづきっち、後ろ後ろー』


「ほえ?」


 なんか後ろとか言われて振り返る。

 そこには、ダンジョンに迷い込んだらしき女の人がいるんだけど。


「いた、きら星はづき!! 実力もないのに男に媚びて人気を得て! 歩く性的消費! 許せない! 羨ましい! 妬ましい! お前を正義の名のもとに妬ましい! 引きずり降ろしてやろうとしたのに羨ましい! 私一人になってしまって、妬ましい……!!」


 なんか言いながら、彼女の体がぶくぶくと膨れ上がって行った。

 出てきたのは、物凄く大きなモグラ。

 ポテポテしてる。元の姿をモデルにしてるのかな。


 女の人が掛けてたメガネが、鼻の上に乗っかっていた。


※『意味深なことを叫んでたな……』もんじゃ『どう考えても嫉妬勢からの刺客だぞ。どうやってやって来たんだ……!? いや、戦力は地元で得たということか』『やっちゃえはづきっち!』


「うす! あちょっ!」


『きら星はづき! 妬ましい妬ましい妬ましい国家権力で羨ましい羨ましい私はもっと若い頃みたいに注目され妬まし……ウグワーッ!!』


 なんかぶつぶつ言いながら体の周りに黒いオーラっぽいものをまとい始めていたけど、とりあえずそういうのは無視してバーチャルゴボウで叩いたのだった。

 そうしたら叫びながら光の粒になって消えた。


※『相変わらず身も蓋もないw』『今回のは重要なこと何も言ってなかったし平気でしょw』


 同じ頃、もみじちゃんとトライシグナルのみんながダンジョンのボスを倒したみたい。


 路地のダンジョン化が一気に解けた。

 ハロウィンの喧騒が戻ってくる。


「せ、先輩! 見てくれましたか!」


「後でアーカイブで見る……」


「見てなかったんですかあー!!」


 走ってきたもみじちゃんにポカポカ叩かれてしまう私なのだった。

 ということで、本日門限です!

 きら星はづき、直帰します!


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