第501話 年末特番収録伝説

 イカルガの年末は、特番とかをやらない……。

 兄としては、


「他の箱の特番と被っても、向こうの同接を取ってしまうだろう。ああいうのは大勢で集まってワイワイやるから楽しいものだ。うちはあの時間帯にはぶつけず、正月に収録済みの動画をぶつける」


「計算高い……!!」


 すっかり社長としてやり手になって来ている兄なのだった。


「それよりもお前、刺されたらしいな? 本当に大丈夫か? やっぱり護衛を付けたほうが……」


「大丈夫大丈夫、コートにも全然傷がつかなかったし、ナイフが勝手にぐにゃーっと曲がって使えなくなっちゃっただけだし」


「女神の領域に達すると、人の業では傷つけることすらできなくなるか。だが心配なのでしばらく車で送り迎えする」


 過保護だなあー。

 それから、外で私をはづきっちと呼ばせないように徹底するのだとか。


 該当の社員さんが呼ばれて、兄にきつーく注意されていた。

 しょんぼりしてしまってかわいそうに。


「大事な妹の命が掛かってたからねえ」


「やや、お義姉さん」


「おお、義妹(いもうと)よー」


 ひしーっと抱き合う私と受付さん。

 抱きしめたらお義姉さんの足が床から浮いたのだ。


「いやあ……分かってたけどはづきちゃんは色々でっかいねえ……」


「身長の伸びは止まったと思うんですけどねー。結局170センチには届かないくらいで終わりました」


「十分大きいよ……!! で、はづきちゃんはあれでしょ? ライブダンジョンの年末特番のゲストさんで」


「あっはい、収録です~」


 ほんの10分くらいの出番だけどね。

 


 有言実行な兄が車を手配してくれたので、これで運ばれていきます。

 都内某所、ライブダンジョンが凄い金額を使って作り上げたスタジオ!


 風街さんやピョンパルさん、Dizさんと言った顔なじみの人がおられて、他に去年デビューしたライブダンジョンの若手五人組の女子たちとかおられる。

 人見知りな私ですが、仕事となれば別。


 ぺこぺこ挨拶して回った。


「えーと、私の出番は風街さんのところで出てきて歌を? すっかり歌ばかりになってしまった……」


「なはははは! はづきちゃんは地球を救った歌姫だからねー!」


 ピョンパルさんがけらけら笑った。

 うーん!

 わたくし、歌はそんなに得意じゃないんですけどー!


 そう言ったら、その場のみんながドッと笑ったのだった。

 ナイスジョークのつもりじゃなく、本音ですが!?


 出番までの間リハをしながら、風街さんや、はるのみこさんとお喋りなど。


「でもはづきちゃん、来年の春には引退しちゃうんでしょ? もったいないなあー。配信者界のスーパースターじゃん」


「スターというか女神様だけどにぇー」


「いえいえ、そんなそんな……。高校を卒業するので、こう、留学してきちんと勉強するために引退するので……」


「「ま、まじめ~!」」


 衝撃を受けているお二人なのだった。


「そっか、はづきちゃん、まだ高校生だったもんね……。迷宮省のエージェントしてて出会った時は、確かに高校生っぽいなーと思ってたけど。今のはづきちゃんは凄く大人っぽくなってて、全然意識できなかった」


 そうそう、風街さんは元々迷宮省のエージェントで、ライブダンジョンに出向してたのだ。

 だけど、迷宮省の長官が代替わりしておかしくなったので、辞表を出して本格的にライブダンジョンで活動し始めたとか。


 ご本人的には裏で迷宮省とのコネがあるし、それっぽい活動は続けてるらしいけど……。


「ま、人生は一度きりだもんね。頑張って、はづきちゃん! あなたのお陰で私のもう一つのお仕事はかなり暇になったから、配信と音楽活動に力を割けるようになったんだし」


「あ、はい、どうもありがとうございます~!」


 ってことで、自分の出番分の収録を終えた。

 もうですね、歌うことに慣れてしまったので、ヘマなんかしませんよ。


 なお、人前でベルっちと分離したら、会場の皆さんが「おおおーっ、本当に分裂した!!」とどよめいてたんだけど。

 やはり分離は凄いことなのかも知れない。


『そりゃあね、普通の人間は中に魔王を飼ってませんからね』


 分離したままのベルっちがハハハとか笑いながら、ライブダンジョンさんが出してくれたお茶菓子をパクパク食べている。

 そこに声を掛けてきたのが……。


「ちょっとそこのお二人ぃ~。お暇パルか?」


 ピョンパルさんだった。

 ナンパされた私たちは、収録が終わったということで一緒にご飯を食べに行くのだった。


「一緒にご飯したの一昨年だっけ? あっという間に時は過ぎるピョンねえー」


 独特の口調でお喋りしてたのは、スタジオの出入り口まで。

 外に出た途端、ピョンパルさんがすっと背筋を伸ばして大人の女性~って感じになった。


 で、私にすすすーっと寄ってきて耳元で、


「ヘイ彼女、そこのちょっとお高いお店のディナーでいい?」


 とか仰る。


「いいんですかー!?」


「いいのいいの。あそこ、今夜はビュッフェ形式だからかなりお気楽に食べられるんだから。ま、普段のパル……私はユーバーイーツ使ってるけどねー」


 なはははは、と笑いながら、彼女と一緒にお高いお店へ。

 私は念の為にベルっちと合体したので、2人分相当を山盛りにして持ってきた。


「おお、さすがに食べるピョンね……!」


「育ち盛り……ではなくなったんですけど、栄養をつけたいので!」


 もりもりもりーっと食べる。

 ピョンパルさんはほどよい量に、ワインなど頼みながら、私の食べるさまをニコニコしながら眺めていた。


「あなたは、留学したら何をするの?」


「ダンジョン学の研究ですかねー。実際に宇宙まで行ってそこのダンジョンを体験したの私一人ですし」


「経験者は語る、だねー。その本人が研究者になるなら何よりだよね。魔王が倒されても、ダンジョンは発生し続けているし」


 ついこの間攻略したダンジョンがねー、とピョンパルさんが話してくれる。

 なるほど、なるほどー。


 やっぱり、ファンタジー世界めいたモンスターが出てくることは変わらないし、危険なことも変わらない。


 放置すればダンジョンハザードだって起きると思われるらしい。


「結局何も変わらないんですかねー?」


「件数は減ったし、異世界から沢山の人達が住み着いたでしょ? うちの新人、一人は異種族だし」


「そうなんですかーっ」


 驚くべき事実~。

 あちこちの配信者企業は、異種族出身の配信者を迎え入れ始めているのだ。


 ユーバーイーツでも、ケンタウロスの人が大きなボックスを馬ボディにくくりつけて、公道を疾走してるしね。

 バードマンの配達は、バイク便に匹敵する利便性だとか色々聞くし。


「あなたが世界を変えて、新しい姿にしたのは間違いないんだし。どーんと胸を張ってていいんじゃない?」


「ですかねー。でも、良くなったのかどうなったのか分かりませんからねー」


「最悪なヤツはあなたがぶっ飛ばしたピョンからねー。だから、これからは最悪よりもマシが約束されてるわけで。いい方向に行ったと思うピョンなー」


 けらけら笑うピョンパルさんなのだった。

 なるほどー。


 世界はちょっとマシなところに落ち着いている。

 それは確かに、いいことだなあ。


 次世代の配信者も出てきてる。

 活躍の舞台であるダンジョンは、減ったとは言えまだまだある。


 まあ、魔王が出てきてからのダンジョンの頻度が異常だったんだけど。


「私は皆さんにお任せして、舞台裏に引っ込む所存で」


「ほいほい。いつでも気が向いたら戻ってきていいピョンよ! またコラボしようー」


「ぜひぜひー!」


 いやあ、相談に乗ってもらっちゃったなあ……!

 大人っていいものですねえ、なんて思う私なのだった。


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