第115話 KIRABOSHI・HADUKI伝説
米軍のレーダー管制室では、日本からのゲストを運ぶ飛行機、ホープワンに注目していた。
内部にデーモンが侵入していたことが明らかになった時、指揮官は怒りをあらわにした。
「コネでねじ込んできたブタ野郎め! むざむざマリリーヌを手助けすることになりやがって! これで何もかも終わりだ!」
政府高官が、本来であれば軍関係者だけで運用するはずだったその飛行機に無理やり入り込んできたのだ。
色欲のマリリーヌと、彼女に従う幹部たち。
彼女たちと相対して無事に帰ってきた配信者は少ない。
わざわざ日本から招いたというその配信者も終わりだろう。
そう指揮官は考えた。
「どうして俺たち軍人がモンスターどもと戦えなくて、あんな承認欲求ばかりの素人に任せなけりゃならんのだ! どうかしてるぞ、この世界は!」
だが。
次に飛び込んできたのは、そのホープワンからの連絡である。
デーモンを撃退せり。
犠牲者はロウラック補佐官一名のみ。
つまり、デーモンをホープワンに招き入れた大馬鹿者が死んだだけで済んだということだ。
「まさか閉鎖された機内で、デーモンをぶっ殺したってのか! やるじゃないか、日本の配信者は」
管制室に歓声が上がる。
久しくなかった、人類側の大勝利である。
そしてデーモンを粉砕した頼もしい配信者が、今こちらに向かってきている。
現在、オアフ島沖を通過。
まっすぐにカリフォルニア州へと、ホープワンは向かう……。
だがここで、緊急警報が鳴り響く。
「ダンジョン反応確認! 空に……上空に巨大なダンジョンが出現します!!」
サンフランシスコ国際空港から周辺およそ30kmを、紫色の雲が覆い尽くす状況になった。
これら全てがダンジョン。
シン・シリーズと呼ばれる強大なデーモン、色欲のマリリーヌが本気を出してきたというわけだ。
「あのアバズレ、今まで俺たちを相手にしていたのは遊びだったってわけか……! こんなダンジョンを展開されてみろ、街一つがあっという間に飲み込まれちまう!」
「ホープワン、ダンジョンに接触します! 呑まれる……!!」
色欲のマリリーヌは、信頼する部下であったサキュバス二名を討たれ、激怒したのであろう。
今まで見せなかったほどの力を発揮し、サンフランシスコ周辺を闇に包みこんだ。
今頃、人々は不安に怯えているだろう。
「この状況をどうにかできないのか?」
「ミサイルはマリリーヌに通用しません……! 恐らくは、核を使っても無駄だろうと言われています」
部下の言葉に、指揮官は苛立ちを隠せない。
「なんて理不尽だ……!」
「偉い学者が言うには、奴らを形作る世界の物理法則が異なっているせいだと……」
「最悪だ……! それじゃあホープワンが体当たりをしたとしても、あのダンジョンはどうにもできない……」
そこへ、休憩から戻ってきたスタッフが、上機嫌で席についた。
何か鼻歌をうたっている。
「静かにしろ! この状況で何を呑気に歌っているんだ」
「し、失礼しました! 実はその、自分が推している日本の配信者が、今まさにこちらにやってくるところでして……」
「なに? その配信者というのは……。今、ホープワンごとダンジョンに呑まれたぞ。そいつが並の配信者ならこれで一巻の終わりだ。デーモンを倒したはいいが、マリリーヌが本気を出してきた。このどう見てもおしまいな状況を、お前のご執心な配信者様はどうにかできるというのか?」
「サー、許可をいただけるなら、今ここで彼女の配信画面を共有します」
「……緊急事態だ。許そう」
管制室のモニターに映し出されるのは、アワチューブの画面。
そこでは、操縦室にやって来たピンクの髪にジャージの少女が、「ほえー」とか間抜けな声をあげているところだった。
『ここがジャンボジェットの操縦席なんですねー。あ、あ、操縦士さんも副操縦士さんもお疲れ様です! どうも、どうも……』
ペコペコ頭を下げている。
全くその姿には覇気を感じない。
「……? こ、これがデーモンどもを蹴散らし、俺の部下たちとホープワンを救った英雄だってのか?」
「イエス、サー! ノー! これからもっと凄いことをやってくれる女性ですよ! 凄いんですよ、俺ら……いや、オマエラのハヅキッチは!!」
スタッフは徐々に声のトーンをあげていく。
興奮していた。
希望に満ちた興奮が彼を包み込んでいる。
「ゴー! ゴー、ハヅキッチ!! ダンジョンなんかぶっ飛ばせ!! ……失礼しました」
スタッフの音声がコメントとして入力され、チャットとして流れる。
『あっあっ、海外の方からもコメントが。ありがとうございますありがとうございます。えっ、この眼の前に広がるモヤモヤがダンジョンなんです? あひー、凄い規模! 外に出て戦った方がいいです?』
『その必要はない! 今度は我々が君を助ける番だ!』
『任せてくれよ!』
操縦士たちが、彼女にサムズアップする。
ピンク髪の少女も、にっこり笑って二人にサムズアップした。
『じゃあみんなで頑張りましょう!』
希望に満ちた彼女の言葉に、コメント欄が沸き立つ。
最大級の台風にも似た勢いで、コメントが流れていった。
世界中のコメントが書き込まれている。
あまりに流れが早すぎて、一つ一つのコメントを読み取ることが困難だ。
すると……。
ホープワンに異変が起こる。
「レーダー上のホープワン、反応が再度出現しました! ダンジョン内にいるはずなのに確認ができる……! えっ? 光点の色が変わる……。ピンク色に……!? コードネーム、勝手に書き換わります!!」
「なんだと!? 何が起こってる!?」
「わ、分かりません。奇跡が起こっているとしか……」
「ゴゾンジ、ナイノデスカ! 何もおかしくない! 同接数が1000万人を超えましたよ。彼女はもう、配信者じゃない。1000万人の祈りを受けたハヅキッチは、女神だ!」
スタッフの叫びは、平時であれば馬鹿げた発言だったことだろう。
だが、今目の前で起きている現象を的確に説明するものだった。
ホープワンの光点は、大きく眩いピンク色に。
書き換わったコードネームは燦然と輝く……『KIRABOSHI・HADUKI』!!
「ダンジョンが、ホープワン……いえ、『KIRABOSHI・HADUKI』に触れた端から、消滅していきます! 信じられない……。一人の配信者の力が、マリリーヌを凌駕していく……!!」
「見てくださいよ! これ、カリフォルニアから見上げた空の姿です! 暗雲を切り裂いて、ピンク色の光が飛んでいく! ブラボー! なんて素敵な青空だ! 女神が来た!」
「馬鹿な……! いや、とんでもない、愛すべきバカヤロウだ! お前たち、英雄を迎える準備をしろ! バカが飛行機に乗ってやって来たぞ!」
指揮官が命令を下す。
管制室は沸き立った。
カリフォルニア国際空港周辺を完全に覆っていたはずの空のダンジョンは、あっという間に消滅、粉砕された。
完全なる勝利。
いや、蹂躙と言ってもいい。
人々の信仰を受けた一人の少女が、この国を脅かす恐るべきデーモン……魔王に向かって、強烈なパンチを喰らわせたのだ。
「変わるぞ、趨勢が! 俺たちは……この国は勝てる!!」
大歓声の中、ずっとスマホの配信画面を見つめるスタッフが恍惚として呟く。
「OH……My Goddess……! 神様を信じてない俺だけど、今だけは……いや、これからは俺の女神様を信じるぜ!」
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