第206話 一周年記念もやるの!?伝説
「それで、明後日のお前の一周年記念の話だが」
「えっ!?」
事務所で仕出しのお弁当が食べられるということで、いそいそやって来た私。
本格的なお弁当に舌鼓を打っていたら、兄にいきなりそんなことを言われたのだった。
口の中のものをもぐもぐして、飲み込んで、お茶をごくりとやって。
「一周年!? いつそんな話になったの?」
「聞き返すまでにきちんと食べたな。前々から連絡をしていただろう。それにツブヤキックスでもイカルガエンターテイメント公式が度々ツブヤキしてたはずだが」
「き、き、気付いてなかった」
確かにツブヤキックスを見返すとそうなっている。
ひええーっ。
今ならイノッチ氏と同じ悲鳴が出てきそうだ。
アヒェー。
「お前はずっと多忙だったものな。見落としていると思っていた。だが、開始二日前に伝えられたから間に合うぞ。なにしろ準備はすべて終わっている」
「おおー、た、助かる~」
持つべきものはできる兄。
「簡単に流れを話すぞ。昨年に続き、今年も桜が異常に長く咲いている。うちの顧問陰陽師の話では……」
「顧問陰陽師!?」
「知らないのか? 度重なるダンジョン災害、現実のものとして蘇った魔法など、世の中がなんだかファンタジー化しているだろう。冒険配信者がバーチャライズを始めた頃に、陰陽師も正式な職業として復活したんだ」
知らなかった!
日常的に絶対絡まないもんね。
「Aフォンもそもそも、陰陽術と魔法と科学の融合で、それそのものが配信者の式神なんだぞ? 話は戻るが、つまりだな。顧問陰陽師の話では、龍脈の流れに変化が起こっていると。それで桜の生態も変わりつつあるのではないかと言われている。ソメイヨシノに種ができたしな」
なるほどー。
色々異常事態らしい。
さらに、なんかAフォンの重要な秘密を聞いた気がしたけど、多分聞き逃したぞ。
「じゃあもしかして一周年は」
「ああ。お花見をする」
「おおーっ」
日取りは春休み最終日前日。
翌々日は始業式があり、そこから入学式があったりとバタバタするようになるので、いい感じの日程じゃないだろうか。
「ビクトリアの50万人記念は?」
「大々的なイベントをする必要はないだろう。新人たちのデビュー前にサッとやってしまおう。四月は忙しいからな」
大変だあ。
お弁当を二つ食べ終わり、私は一周年イベント最後の詰めを手伝うことにした。
マネさんがニコニコしながら、「本当に気持ちいいくらい食べるわねえ」と言っていた。
母の友達だから母目線だなあ。
あっ、もしやこの仕出し弁当、みんな泊まり込みで一周年の作業をしているから用意されていたのか!
なるほどなあ。
ちなみにイカルガビル地下には、なんとシャワー室が設置されたらしい。
ホカホカになった社員の人たちが次々に出てきている。
お昼からシャワーに?
「あっ、はづきさん! お疲れ様です! いやあ、実は徹夜で作業をしてたら気絶して、目覚めたら昼だったんですよ」
男性女性に関わらず、みんな激しい勤務形態をしている……!
受付さんも、受付見習いの二人を指揮しながら奮戦しているようだ。
これはしばらく、兄を狙う暇がないな……。
「はづきさん、ちょっとスタジオでバーチャライズを試してもらっていいですか。丼から振り袖に変化するプログラムを組みまして……」
「振り袖もテクスチャーを変えることで、ほら、晴れ着に……」
「は、春っぽい!!」
ケルベロスな豚、お前ら命名ケルブロス。
これがストンと地面に座って桜の下でお団子を三つ食べている絵柄が刺繍されている。
凄い柄だ……。
「じゃ、じゃあ着てみますね……。バーチャライズ!」
「あっ、一階のロビーでいきなり!」
「うおおおはづきっちの生着替えだ」
「いかがわしい表現やめろ」
なんかシャワー上がりの社員さんたちが大いに盛り上がっている。
「エネルギーをもらっちゃいましたよ。じゃあ腹ごしらえしてから営業行ってきます!」
二人の営業さんがやる気に満ち満ちている。
あまり無理しないでね……!!
一周年イベント寸前ということで、あちこちに協賛の呼びかけに向かうらしい。
イベント自体も、人がドドッと増えた先週に本格的準備が始まったみたいなものだし。
新生イカルガのファーストイベントになるんだそうだ。
大きな話になってきてしまったぞ……。
晴れ着モードで難しい顔をする私だが、ちょうどそこにチョーコ氏ことぼたんちゃんが出社してきた。
「ああーっ!! は、は、はづきちゃん、あまりにも美しい……眩しい……。ああ、来てよかった!」
なんかへなへな崩れ落ちてハラハラ涙をこぼしているんだが何事だ。
ササッと近寄って助け起こしたら、これはこれでまたハラハラ涙をこぼすのである。
どうせいと言うのだ。
「なんかもう……つらい期間を乗り越えたら、はづきちゃんと近くにいれるようになって、心配までしてもらえて、なんかこう、我が一生に一片の悔いなし……昇天しそう」
「まだ若いんだから達観しちゃだめでしょ」
へなへなしているので、彼女をおんぶして二階に連れて行った。
男性マネさんに引き渡す。
今日も彼女は色々レッスンがあるらしい。
「うん、今日ははづきさんと接触したから、凄く顔色がいいし大丈夫でしょ」
そうなの!?
わけが分からぬ……。
その後、私はスタジオでプログラマーの人たちの協力を得て、カラオケなどの練習をした。
えっ、外で桜吹雪が舞い散る下、私がカラオケするんですか!?
「あひー、それはちょっと」
「いかん、はづきっちが丼を展開したぞ」
「もう新しいアバターを使いこなしている……」
「うおっ! バーチャライズの外装だけのはずなのに、配信者が使うと本当に実体化するんだなあ!」
「丼がカンカンいい音してますねえ!」
丼に隠れたところで逃げ切れるはずもなく、私はカラオケ練習をすることになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます