第104話 知らないうちに希望の象徴伝説

「はづきさんお疲れ様ー。これおごりね」


「う、うす! ありがとうございます!」


 仕事が終わった記念に、風街さんから北海道っぽいドリンクを奢ってもらった。

 ハスカップ……?

 苫小牧の生産品では……?


 だけど、仕事で疲れた体に甘みが染み渡るのだ。


「おいしー」


 ごくごくやって、車の揺れに身を任せてぐうぐう寝ていたらあっという間にお宿についた。

 初日でダンジョンを踏破してしまったから、明日は観光して帰るだけ。

 旅費は迷宮省持ちだとか。


 いやー、こんないい目を見ちゃっていいんでしょうか。

 夕食はお寿司を食べに繰り出すので、楽しみな私なのだ。


 すると、スススっと受付さんがすり寄ってきた。


「はづきちゃん無事で何より! いやー、いない間は大変だったよー。お父様と迷宮省の人がやり合ってね」


「ほえー」


 何やらきなくさい情報が。

 それよりも、うちの父をお父様って呼んでるぞこの人。


 母は割りと気に入っているらしいし、着々と外堀を埋めつつあるな。


「なんでうちの娘がやらねばならないのか、とか、こんなことなら配信者にするんじゃなかった、とか」


「あー」


 父の本音ー!

 いつもは母がセーブしてくれてるみたいだけど。

 母は放任主義だからなあ。


「そうしたら迷宮省の人がね、はづきちゃんが配信者にならなかったら、この国のダンジョン災害で生まれる死者の桁が一つ跳ね上がっていたでしょうって。物言いが強い。あと、はづきちゃんがいかに人々の希望になってるかっていうのを映像と資料でプレゼンしたら、お父様も黙っちゃった」


「頭で納得したけど気持ち的に納得してないやつ~」


 気持ちは分かる……気がする!

 私もこんなに配信者活動の規模がインフレするとか思ってなかったし!


「ま、まあ私は高校卒業したら配信者も卒業するんで……」


「お、それは三年で世界のダンジョン災害すべてを終わらせる宣言!」


「ち、ちがいますぅ~!! なんでそんな極大スケールにしちゃうんですかあ!」


 風街さんが横で聞いてて、「さっすが」とか感心している。

 感心しないでいただきたい。

 ついでに受付さんからアドバイス。


「ちなみにはづきちゃん、誰かにガチ恋してそれをリスナーに悟られたら、速攻引退したほうがいいよ。冒険配信者っていう世界的安全を守るためのインフラ、完全な人気商売でもあるから」


「経験者は語る!」


「だっていつコメ欄炎上したりしてBANされるか分からないし、登録者数減り始めたらつまり戦力ダウンでしょ? もう怖くて配信できないでしょ。ということで卒業したのです……」


 今語られる受付さんの過去!

 なんか重い話を連続で食らって、頭の中がふわふわしてしまったな……!


 こんな時は寿司をガッツリ食べるに限る!

 ということで、家族総出で回転するお寿司を山程食べた。


 飯時にシリアスな話をすると飯が不味くなるということで、我が家では食事はとりとめもない雑談をすることになっている。

 明日どこ観光しようか、とか、国の金で観光とかいい身分過ぎる~とかそういう話をしたのだった。


 で、帰ってきてから父の宿泊してる部屋で、


「配信は怖くないか?」「無理をしてないか?」「いつでもやめていいんだぞ」


 とか色々言われた。


「は、割と楽しくやっております。あとおかずが増えたし」


「おかず一品ではないどころの収入が入ってきてはいる……」


 父が渋い顔をした。

 

「いつまでもできる仕事じゃないんだぞ。不安定だし、危険だし……」


「は、高校卒業と同時にやめます」


「なんだって」


 椅子に座ったままの父がピョーンと飛び上がった。

 初耳だったらしい。


「大学では大学デビューする予定なので……」


「皮算用……」


 安心したらしく、こうして父娘の話し合いが終わってしまった。

 そんなに娘の大学デビュー予定が信じられないの言うのか。


 や、やってやらあ。


 だが、とりあえずは宿泊部屋で集合知を借りるとしよう。

 私一人で考えても、煮詰まって変なことをするに決まっているのだ。


 父と兄が同じ部屋で、私は風街さんと同じ部屋。

 母は何故か受付さんと二人部屋。


「お前ら、こんきらー。今日は宿からお送りしまーす」


※『こんきらー』『うおおお浴衣』『浴衣はづきっち』『いきなり新衣装で登場するな』『お前らを喜ばせることに余念がない』


「こ、これは宿のお風呂上がりの寝間着です! 体だけバーチャライズした上から羽織っております」


※『体だけ……!?』おこのみ『うわああああ不意打ちで俺たちの煩悩を直撃してくるううう、恐ろしい子!!』


 落ち着けおこのみ!

 おこのみ以外にも、中学生男子のハートを持つリスナーたちが動揺していたので、


「ほら、下にちゃんとTシャツを着てます。釧路Tシャツ」


※『下にTシャツ一枚!?』『ありがてえありがてえ』『かわいい!』『スクショスクショ……』


 さらにコメント欄が手がつけられない感じになってしまった。

 風街さんがこれを見てずっと笑っている。


※『笑い声がするけど』


「あ、風街さんと同室なんで」


※『予告なしの大型コラボじゃん!!』


「本人出てきませんので……」


※『そんなコラボ初めてだよw』『ガヤの笑い声だけで大物配信者が参加w』


「本日はですねー。私の大学デビューができるかできないかという話題を……」


※『なんだその話題チョイスw』『旅行先に来てまでやる話題がそれ!?』『さすがはづきっちだなあ……』


「父は大学デビューに否定的なんで、ぜひ皆さんから私を後押しして欲しくてですね! ほめてください」


※『欲望をスルッと言語化したじゃん……』たこやき『成長がうかがえる』もんじゃ『この成長方向で正しいのか……?』おこのみ『肉体的には成長してますがね!』いももち『どんなはづきちゃんでも受け止める』


 色々な論が出たけど、結果……。


 大学デビューとか言っている時点で大学デビューは難しいのではないか。

 そもそも高校一年生なんだからちゃんと高校生活をラストまで勤め上げてから考えよう、となった。


 なんという常識的解答……!!


「こ、これでは私の考えが子どもっぽいってだけになっちゃうじゃないですか~」


「みんな、今のままのはづきさんが好きなんだと思うけどね」


 外側から飛んできた風街さんの言葉に、コメント欄みんなが同意するのだった。

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