第486話 全世界のお前ら見てるー?伝説

「どうなんです?」


 私の曖昧とした質問に、ルンテさんがすぐに答えてくれる。


「会場内の三十万席は完売。ネットチケットは席数無限大みたいなもんだから、今も売れ続けてるかなー。三億枚を突破したところ。あとは画像も音質もアレだしコメントできないけど無料の席も用意してあるー」


「おおーっ、凄すぎてピンとこない」


「はづきさんはその辺り気にすると緊張するでしょ。あんま考えなくていいと思うなー」


 それもそうかも知れない……。

 すぐ隣では、差し入れのお菓子をもりもり食べているベルっち。


『はづきは食べないの?』


「珍しく食欲がそこまでない」


『ふーん、ま、こう言う時は私の方に暴食の権能が寄ってるからねー。栄養摂るのは私に任せて、はづきはコンサートの事を考えるといいよ』


「ほいほい。持つべきものは分身だなあ」


 こうしている間にも、ベルっちから栄養分が流れ込んでくる気がする。

 コンサート中のカロリーはこれで大丈夫でしょう。


 それに今はお菓子よりも……ガッツリした普通のご飯が食べたい……。

 しかしこの会場には、調理設備が無いのだ!

 突貫工事だったんで、そこまで用意できなかったわけね。


 こうして立っている足場も、現実に存在するものではなくて魔法的に召喚された素材で出来ているらしいし。

 ガス水道電気を通すのは現実的ではない。

 全て魔法と陰陽術で賄っております。


 これというのも、ウェスパース氏がこっちに来てからずっと、魔法の体系の情報を開示し、技術として扱えるようにしたからだ。

 それがついに花開いたというわけで。


 今日はこの会場を維持するために、ウェスパース氏と異世界からやって来た強力な魔法使い数十名が作業をしております。

 頭が下がる~。


「あっ、私のMVが流れてる。すごいなー。これ、どこから見ても必ず真正面が映るようになってるんでしょ」


「ええ。視覚に直接映像を送り込むタイプの幻影魔法だし、ちゃんとカメラに映るから」


 あらゆる座席が死角にならない。

 気を遣って作られている会場なのです。

 このコンサートが終わったら速攻で壊しちゃうんだけど、もったいないなー。


 でも維持するだけでも大変だからなあ。

 仕方ないかあ。


「きら星はづきさん! スタート十分前です!」


「あっはーい」


 モニターから会場を見たら、もう満席だった。

 おおーっ、ひ、人が多すぎてもう人だと判別できない。


『いつもの同接数こんなもんでしょ? 盛り上がってる時なんかこの何十倍も同接増えるじゃん』


「それもそっか」


 画面端の数字で見ているのと、実際に人の姿が見えるの、本質的には一緒かあ。

 そう思ったら全然楽になった。


「そんじゃあ行きますかあ」


『行きますかあ』


 うぇーい、と二人でハイタッチしてから立ち上がる。

 おお、なんか私、陽キャみたい。


 素体モードだった服装にバーチャライズが掛かる。


 鏡の前に立った私が、コンサート衣装のきら星はづきになった。

 これ、ピンクと黄色のスペシャルドレスなんですよねー。

 肩が出てて、スカートは前のほうが短くて後ろが長く、踊るとふわっと浮かび上がって見栄えがする。


 これの黄色と黒の色違いがベルっち。

 もちろん、顔とか髪の色は一緒なのだ。


 今回のコンサートの監督を務める人とか、プロデューサーな人とかワーッと集まってきた。


「じゃあ、はじめまーす!! コンサート及び、対魔王最終決戦! 最後まで楽しんで行きましょー!」


 私が声を掛けたら、みんながうおーっ!!と雄たけびをあげるのだった。

 さあ行きましょう行きましょう。


 楽屋を出て、地下通路を歩いて、舞台の真下まで……。



 ※



 ずっと流れていたMVが止まる。


『皆様、本日はご来場ありがとうございました。これより、きら星はづき単独コンサート『はづきvsダンジョン全部』を開演いたします!』



 うおおおおおおおおお!とどよめきが上がり、満場の拍手が響き渡る。


「コンサートの名前ダサくね?」「はづきっちらしいっちゃらしい」「コンサートでまるで何かと対決するみたいな……」「まっさかあ」「いや、ありうるな……」


「今回のは成功しない限り切り抜き禁止だからな。頼むぞはづきっち」


「彼女のことだ。このコンサートそのものが現状に対する最大の攻撃になるように考えているだろう。つまり、我々は観客ではなくはづきっちとともに戦う仲間なんだ」


「難しいこと考えてるなあ。ま、俺は本物見られるだけでハッピーだけど! センシティブじゃなくても全然いい! はづきっちー!! 愛してるぅー!!」


 それぞれの思いを載せた声援が響く中。

 会場が一瞬暗転した。


 心臓の鼓動を思わせる重低音が、断続的に響く。

 まるで何かが誕生するような……。


 と、スポットライトがステージに当たった。


 止まっていた音楽が流れ始める。

 いや、これはインストゥルメンタルではない。

 ある楽曲の前奏だ。


 最近では前奏がない場合も多いが、この最初の曲にだけはあえて前奏が設けられていた。

 この事を見越していたとでも言うのだろうか。


 会場のボルテージが最大まで高まる。

 そして前奏がぐっと盛り上がっていく中……。


 ステージ中央から、スポーンっと二人の影が飛び出してきた。


 きら星はづき!


 ベルゼブブ!


 ステージの上に、二人の歌姫が立つ。


「こんきらーっ!!」


『こんきらーっ!!』


 会場中から、こんきらーっ!と返ってくる。

 笑顔で頷く、きら星はづき。


「全世界のお前らー! 見てるー!? お前らも行くよー! こんきらー!!」


 コンサート、スタート!



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