第299話 野中さん昇天伝説

 そうこうしていたら、わーっと賑やかになった。

 なんだなんだ。

 おや?

 配信機材を持ったスタッフが入ってくる。


 そして一緒にいるのは、バーチャライズしたビクトリアと……野中さんだ!


 彼女は一瞬で私を見分けて、目をキラキラ輝かせた。

 あっ、名前で呼ぼうとして踏みとどまったな。

 身バレは防いでいただきたい!


「これから野中さんのインターネットラジオの特別回を収録するそうだから。うちが選ばれるなんて光栄だよねえ」


 ま、当然だけど、と小さく続ける委員長。

 その自信はどこから……?


 野中さんの収録は30分ほどなので、その間はこの出し物に一般のお客さんを入れないらしい。 

 だけど見学は自由。


 沢山の人がうちのクラスを見に来た。


「えっ、私が野中さんの案内を!?」


「そりゃあもう! 看板娘にやってもらわないと」


「私は楽な仕事ができると思っていたのにぃ」


「じゃあクラスでお金出し合って、あなたに一週間喫茶店のパフェを奢るから」


「いいでしょう……。引き受けます」


 私は委員長に買収された。


「リーダー、今、とても生臭い話が聞こえたのだけど」


「ビクトリアがどんどん日本語をものにしていく……。そんな慣用句どこで覚えたの。というか、なんか野中さんには私をぶつけるんだよぉー、となっているみたいで」


「それ、バレてるんじゃない?」


「あはは、ないない」


 私は快活に野中さんに対応する。

 もうね、久々だけど完全に顔見知りなので。


「どうもどうも、私がゲームの案内をですね……」


 遠くでイノシカチョウの三人が、「師匠、カメラに慣れてるね」「そりゃあいつも配信してるし、大舞台にだって何度も立ってるし」「二人とも分かってるから、白々しいやり取りしてるんだねー」

 なんて言っている。


「わあ、光栄ですー! あなたのその衣装は、きら星はづきちゃんをイメージしたものですよね? 髪型も体格も似てて、画面の中から出てきたみたい!」


「ありがとうございますー。えっとですね、パフェの報酬で釣られた……じゃなく、看板娘ということで野中さんのお相手をですね。まずはこのサイコロを振って……」


「はあい! 行きます! てやー!」


 大きな段ボール製のサイコロが転がった。

 表には色画用紙が貼られ、やっぱり色画用紙で数字が貼り付けられている。


 出目は1。


「1ですね。ではどうぞここに! テキストの読み上げは……」


「そこは本職がやりましょう」


 野中さんがニヤリと笑う。

 なんかめちゃくちゃ楽しそう。


「配信者デビュー! ゴボウを持って、さあ配信だ! ギリギリの同接数で、ゴブリンに競り勝ったぞ!」


 感情を込めた読み上げに、ギャラリーが大いに沸く。

 さすが声優さんだなあー。

 私も大変感心した。


「はづきちゃんがデビューした、最初の配信ですよね。今や伝説! 何度見返したことか。初々しいはづきちゃん可愛かったー。今も可愛いけど」


「えへへ、どうもどうも……」


 脇からビクトリアが小突く。


「リーダー、そこで照れたら自白してるようなものでしょ!」


「あ、そっか」


「あとで編集するから……」


 野中さんもひそひそ囁く。

 なーんだ、それなら問題ない。


「じゃあですね、最初のミニゲーム! ゴボウが切れちゃうかなゲームです! この折り目がついたゴボウっぽい段ボール刀で、私の段ボール包丁を押し返して下さい! あ、こっちも折れ目がたくさんあるんで」


「あの時の再現なんですね! うおおー! あひー!」


 こんなに気合の入ったあひーは初めて聞いた!

 ドッと巻き起こる笑い。

 そして野中さん入魂のあひーが効いて、見事ゴブリンの段ボール包丁がへにょっと折れたのだった。


「お見事です! じゃあ、追加でサイコロが振れますよ」


「はーい! 行きます! てやー!」


 出目は3。

 これは……。


「来ましたね、ダンジョンハザード! わた……きら星はづきが出会った最初のビッグイベント! 群がるモンスターがピンになって立ってるので、あれにボールをぶつけてなるべく多く倒して下さい」


 遠くで委員長やクラスのみんなが、そっと涙を拭う仕草をしている。


「完璧に紹介のセリフまで覚えてくれてる……」「あれ考えたの私なんだよなあ。嬉しい~!」「まさか野中さとなにも読み上げてもらえるとか」「最高の学園祭~!」


 うちのクラスのスタッフまで盛り上がっている。

 もちろん、野中さんの撮影班も大盛り上がりだったり。


 なんか凄い収録になってきてしまった。

 なお、野中さんの気合はものすごく、モンスターなピンを倒すボウリングゲームでは見事にストライク!


「よし、原作通り!」とガッツポーズを見せる野中さんなのだった。


 とにかく彼女が凄く楽しそうだったので良かった。


 最後に用意されたイベントマスが、東京湾決戦!

 段ボール二枚をまたぐみたいに置かれた魔将人形(スタッフのお手製)めがけて、私のSDフィギュアを落とす。

 フィギュアにつけられた重しで、段ボールがパカッときれいに分かれたら勝利!


 実際は段ボール、かなりバランスが悪いので、私が落ちた時点で割れる。

 勝ち確定ミニゲームなのだ!


 これで大いにみんな盛り上がり、段ボールの東京湾が割れたところで、周囲から「やったー!!」と歓声が飛び出した。

 いい収録だったのではないだろうか。


 最後は私が、記念品を贈呈して終わる。

 そのシーンを撮影してもらい……。


「はづ……じゃない、ありがとうございました! 最高の撮影でした! 放送、楽しみにしててね! 私もいつも配信楽しみにしてるから」


 最後のは囁き声だった。


「あ、は、はい!」


 野中さんは受け取ったイラストを胸に抱きしめて、スキップしながら去っていくのだ。

 うんうん、本当に楽しんでもらえたみたい。


「お疲れ様! 良かった……良かったよー」


 な、なんで委員長ほか、みんな涙ぐんでいるんだ!


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