第14話 撮れ高伝説

 今、画面の中では完全復活を遂げた、きら星はづきが光り輝くゴボウを振り回して、押し寄せるモンスターたちをなぎ倒している。

 大盛り上がりのチャット欄。

 怒涛のようにコメントが流れていく。


 その姿は、まさに英雄だった。

 聖女だった。

 怨霊が、デーモンが、有名配信者ですら苦戦するような強大なモンスターが、鎧袖一触。

 ゴボウの一振りに抗えずに消滅していく。


 きら星はづき。

 彼女がトップ配信者に名を連ねることになる……間違いなく、その伝説の幕開けがこの配信であった。



「なんで!? なんでよ!! あいつアカウントBANされたんじゃないの!?」


 スマホを前にして叫ぶ彼女。

 推しの配信者である八咫烏が名を口にした、気に入らない女。

 きら星はづきを、チャット欄で荒らしてBANさせたはずだった。


 ダンジョン内でBANされたら、まず助からない。

 死ぬのと一緒だ。

 だから、他のチャンネルではNGワードを設けてるものだけど……。


 あいつは馬鹿だ。

 そんなもの用意してなかった。 

 だから確実に仕留められると思ったのに。


 大盛りあがりのコメントが流れ続けている。

 低スペックのスマホやPCなら、それだけで処理落ちしかねない程の速度だ。


 こんな中で荒らしコメントをしたところで、一瞬で押し流されて、アワチューブ運営のガバガバAIですら捉えることはできないだろう。


「なんで!? どうしてこうなるの!? おかしい! 絶対おかしい! こいつ、不正だ! 不正をしたんだ! このインチキ! クソ女!」


 彼女は叫ぶ。

 自分のことは棚に上げ、ひたすら相手へ悪罵をつく。

 そんな彼女のスマホが振動した。


 メールが到着したのだ。


「こんな時に、何、これ……」


 メールの画面を読み上げ、彼女の顔の血の気が引く。


『アワチューブは権利者からの要請により、あなたの個人情報を提供しました。冒険配信者保護法に則り、あなたへの簡易訴訟が開始されます。おすすめの弁護士はこちら。ただいまオトクな価格になっております』


「何これ!? なんで!? なんであたしにこんなの来てるの!? あたし何もしてないんだけど!? なんで!? 悪いのあいつじゃない! どうして? なんで!?」


 なんで、ではない。残当だった。

 この世界において、多くの人々の命を預かる冒険配信者を、いたずらに殺そうとした罪は重い。

 彼女の人生はここでゲームオーバーである。





「あっ、お兄ちゃんから連絡があって、もう情報開示請求したからこれから法廷でボコボコにするって! ケツの毛までむしって二度と人生に戻ってこれないようにするって!」


「さっすが斑鳩さんだぜ!! あとはずきちゃん、今のケツの毛発言が全世界に流れてるんだけど!?」


※『お兄ちゃんとか言ってる!』『斑鳩の妹じゃん!?』『斑鳩生きてたんだー!』『マジかよ!』『どうりでただものではない』たこやき『ケツの毛発言切り抜きます』


 あっ、いかーん!

 デーモンたちを退けたせいで気が緩んでた。


 チャラウェイさんと素に戻ってお喋りしてしまった。

 ライブ配信はこういうのがあるから怖いのだ。


 ちなみにチャット欄は爆速。

 もう、とても目で追いきれない。


※もんじゃ『油断をするな! まだフロアの入り口に立ったばかりでここから』『指示厨うざ』『指示厨バイバイ』


 あーっ!

 始まりの登録者、もんじゃのコメントが爆速で流されていった!


 今や、すっごい同接。

 ここで配信を切り上げるなんてわけにはいかない。


 同接数22000人。

 ちょこちょこ英語のコメントもあるから、外国からも見に来てるみたい。


「はづきちゃん、こりゃ凄いぜ! 今の勢いのまま、このダンジョンを踏破しちまおう!」


「あっはい! じゃあ私のこの、光り輝くゴボウで……」


 そこからは早かった。

 同接数が力になるダンジョンで、22000人が見てるっていうことは、凄く強くなっているわけだから。

 えーと、私の最初の同接が3人で、ゴブリンと互角くらいだから。


 あの時の、7333倍くらい強いわけだ!

 つまりゴブリン7333体ぶんくらいの強さ!


 ……わからん。


 だけど、次に現れたモンスターと戦ったら、その凄さが分かった。

 それは、事故物件に住み着いていたゴキブリが巨大化した、誰もが恐れを抱く怪物、アンドロコックローチ!

 ゴキブリの頭からムキムキの黒光りするアニキな上半身が生えた、恐ろしいモンスターだ。


 下手な怨霊やデーモンよりも強いそいつは、ゴキブリの速度とゴキブリの飛翔力とゴキブリのしぶとさを持つ。

『じょう、じょう』と謎の言葉を発しながら飛びかかるその姿は、ダンジョン最強のセンシティブ存在とも言われている。


「強敵だぞはづきちゃん! 俺に任せろ! ヒャッハー!!」


『じょう!!』


 アンドロコックローチがチャラウェイさんにカウンターを決める!


「ウグワーッ!」


「チャラウェイさーん!?」


 そうだ、あの人ダメージ受けてたんだった!

 じゃあ私がやらなくちゃ!


 幸いなことに私は、ゴキブリを丸めた雑誌で叩き潰せる系女子。

 光り輝くゴボウを振りかぶり、私はアンドロコックローチと対峙した。


※『ま、待て!』『ゴボウでゴキブリを叩くと食べられなくなる……!』『はやまるなーっ!!』


 コメントが凄く流れてる!

 そ、そうか!

 食べ物でゴキブリを叩いたらいけない。食べ物は、食べるものだからだ。ばっちくなったら食べられない。


 私はその辺に落ちてた、朽ち欠けている写真週刊誌を拾い上げた。

 人気声優男性のスキャンダル写真が乗っている。


 それが、私が手にした瞬間、黄金に光り輝き出した。


※『うおおおお、輝くスキャンダル!』『週刊誌からあの声が聞こえてきそうだ!』『声と役には罪はないもんね……!!』たこやき『この配信、撮れ高が凄い』


 アンドロコックローチは私を睨むと、ニヤリを笑った。


『じょう……!!』


 そして、巨体が宙を舞う!


※『ああああああああ』『あああああああああ』『飛ぶな飛ぶな飛ぶな』『蘇る悪夢』


 私は光り輝く週刊誌を、構えて走った。


「あちょーっ!! ゴキブリ……撃滅ーっ!!」


 アンドロコックローチの突撃と、私の週刊誌アタックが正面からぶつかり合う……!!

 すると……!


『じょう……ウグワーッ!!』


 私の何倍も質量があるようなアンドロコックローチが、週刊誌に触れた部分から光になって爆散していくのだ。

 これが……!

 これが、ゴブリン7333体ぶんのパワー!!


 週刊誌は勢い余り、闇に包まれた屋内を照らし、そこに潜んでいたアンドロコックローチたちを光で焼き焦がした。


『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』

『ウグワーッ!』


 一匹いたら、十匹いると思え。

 伝承は本当だった。

 十一匹のアンドロコックローチが光に還り、どうやらこの辺りは浄化されたみたいだった。


 さて、本番は隣の部屋みたいだけど……。


※『うう……ううううう』『ゴキブリ怖い』『MPを削られた』


 いけない!

 チャット欄のリスナーたちがゴキブリにやられて疲弊しきってる!

 同接数もちょっと減ってきていた。


 彼らに無理を強いたらいけないよね……!


『これで一区切りついたかな? みんなのアドバイスで、ゴボウは無事! うちに持って帰って、スタッフと美味しく食べちゃうね!』


 私は写真週刊誌を、部屋の中のゴミ箱に放り込んだ。

 これを見て、憔悴していたチャット欄も我に返ったみたい。


※『良かった……ゴボウは無事だったんだ』『毎回ゴボウ持ち帰ってどういう料理にしてるの?』『おつきら~』もんじゃ『家に帰るまでが配信だぞ!』


「はいはーい! みんな、今日はありがとうー! アクシデントもあったけど、みんなのお陰で乗り越えられました! きら星はづきはこれからも、冒険配信頑張っていきます! じゃあみんな、おつきら星~!」


※『おつきら~』『おつきら~』『おつきら~』


 配信終了。

 私のバーチャライズが解ける。


 後ろで、チャラウェイさんも配信を終えたようだった。


「すっげえ……。すげえスパチャもらった。それに俺の配信だとありえねーくらい同接多かったわ」


 振り返ったチャラウェイさんの目がきらきらしている。


「やっぱすっげーわ! はづきちゃんすげえよ!」


「いやー、今日はお兄ちゃんに助けてもらったんで……」


「ちげーって! 斑鳩さんがすげーのは当たり前だけど、それでも自分でやりきってるはづきちゃんがすげーってこと! またコラボしような! ……って、これ配信で言うべきだったな……」


 私を守ってぼろぼろなチャラウェイさんなのだ。

 今日は帰って、ゆっくり休んでほしい。


 私も帰って……。

 またゴボウを料理してもらおう。

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