第351話 閑話 新たなしがらみ

 ……静かだ。

 いつもだったらもう既に四人が来ている頃で、既に料理に着手している頃。

 ただ、今日一日だけは、あの四人は国王主催の昇格会だかに参加してるらしい。

 つまりは来ない、と。


「ってなるとなぁ……。無理にご飯作らなくてもと思っちゃう」


 で、そうなるとですよ。

 どうしても手を抜きたくなるよね。

 あと、最近高級で美味い物ばかりだったからさ。

 ウニのクリームパスタとサラダとか言ってましたけど?

 たまにはこう……普段の生活と同じく、高く無いものが恋しくなりまして……。

 というわけで本日のご飯!! 買って来た牛丼!!

 牛丼というか、牛皿というか……。

 牛丼の具だけを持ち帰りしましたよっと。

 米は家にあるしね。

 で、自分用の具を使ったら、残ったお肉は異世界の神様にお裾分け。

 牛肉だし、赤ワインに合うでしょ。

 というわけで慣れ親しんだ牛丼! いただきます!!

 ……ちょっとウニ鱗だけ乗っけさせて?



「ラベンドラ……」

「言うな」

「と言われましても……」

「私も同じ考えだ」

「……カケルの飯が恋しいのぅ」


 そんな、翔がウニ鱗牛丼を一人頬張っている頃。

 『夢幻泡影』は、未だ続く昇格会の晩餐に参加中。

 昼に表彰を受けてから、昇格会は研究などの進捗報告会へとシフトし。

 その中での大きな話題と言えば、醸造ギルドが開発中のアイスワインや貴腐ワインと言ったデザートワインの研究で。

 既に貴腐菌に相当する呪いの研究は成功し、現在はワインを熟成させる工程まで進んでおり。

 他の物と違い、時間跳躍の対象に出来ないゆえに発表が遅れたことが理由として付け加えられた。


「新たなワインの作成となれば、どの貴族もこぞって欲しがるだろうな」


 そんな発表を聞きながら、ガブロに声をかけたのは。

 『ヴァルキリー』のリーダー、タラサ。

 酒の話題だから、と酒好きが共通認識であるドワーフのガブロへと声をかけたのだが……。


「あまり大きい声じゃ言えんがの。わしらは全員、これから出来るであろうワインを飲んだことがあるんじゃよ」


 そもそも、ガブロでなくとも、『夢幻泡影』の誰に声をかけていたとしても同じ答えが返って来ただろうし、どの場合でも、タラサは同じく驚愕したはずだ。


「は?」


 何せ、この世界ではまだ未完成の物を飲んだことがある、と発言したのだから。


「そもそも醸造ギルドにギルド新聞を使って製法を教えたのはわしらじゃ」

「は? は?」

「何の話だ?」

「マジャリスか。デザートワインの話じゃ」

「ああ、カk……あそこで飲んだワインは最高だった。華やかでフルーティ。それでいて溶けそうなほどに甘い」


 そこに割り込んできたマジャリスが、思わずカケルの名前を出しそうになるが。

 ガブロに睨まれ、そして、背後からもリリウムとラベンドラに睨まれたことで、何とか名前を飲み込んだ。

 ちなみに余談だが、もし二文字目まで発していれば、リリウムからの空間打撃による腹パンがさく裂していたところである。


「……美味いんだな?」

「この世界にあるほとんどのワインじゃ歯が立たん」

「そこまでか……」

「お主の言った通り貴族で取り合いになるじゃろう」


 と言いつつ、デザートワインに及びもしない赤ワインを、グラスを傾け、飲み干して。

 ギガントミノタウロスの塩釜焼きをおかわりし、食べ始めるガブロ。


「そう言えば、それもお前たちが献上したものだったな」

「懐かしいな。『OP』枠から外れるための時か」

「正直異例過ぎる速さだぞ? 『OP』枠を脱却し、Bランクへ。そこからAランクを飛ばしてSランクとは、前例がない」

「元々やる気が無かっただけだからな」


 ガブロ、タラサ、マジャリスの会話に、ビーフシチューを持ってラベンドラが参戦。

 もちろん、赤ワインも一緒に、である。


「当時手に入る食材で満足していた。だが、最近はうちの食いしん坊共がどんどん貪欲になって来てな」

「調理士として苦労してそうだ」

「日々新たな調理法の開拓に大忙しだ。それで? わざわざそんな話をするために声をかけたわけでは無いのだろう?」


 そうして会話に入ったラベンドラは、タラサの本心を聞き出すべく核心を尋ね。


「……Sランクになったという事は、他国から応援要請が寄せられることになる」

「先ほど聞かされたな」

「その事でだが、国境付近にかなり難易度の高いダンジョンが発見されてしまったらしい」

「……ほう?」

「私たちは向かうつもりだが、良ければ同行してくれないか? 私たち以外にも他国からSランクのパーティが同行する事にはなっているが……」

「実力か、あるいは振る舞いに不安がある、と?」

「流石だな。そういう事だ」


 その核心は、Sランクに昇格することで発生する新たな義務。

 ラベンドラ達の居るニルラス国は、海や山がある国なれど島国ではなく。

 当然として、隣接する国が存在する。

 そんな場所で、Sランクのパーティが増えた場合、単純に他国から見れば膨大な軍事力が増えたことに等しく。

 そんなつもりがないにも関わらず、いたずらに刺激をしかねない。

 そこで、ニルラスを含む周辺国は、Sランクパーティを中立の部隊として、各国の共有戦力とする条約を締結。

 と同時に同盟を結び、どこかの国が周りを出し抜こうとしても、この中立であるSランクパーティ部隊がその国を制圧に向かうという抑止力とすることで。

 今の関係、状況を維持する事を目指していたりする。

 ただ、仮にもSランクパーティであるために、そのどれもが一癖も二癖もある様な連中ばかりであり。

 しかも元々所属は違う国同士、折り合いがつかない事も多い。

 だからこそ『ヴァルキリー』は、『夢幻泡影』を一種の緩衝材とし、自分たちに同行させようとしていた。

 ……一番の目的はもちろん食事なのだが。


「断る理由は無いと思うが、一応はリーダーの判断次第だ」

「……だが、その当のリーダーは雲霞の如く押し寄せる貴族やギルド代表からのスカウトの対応に手一杯だぞ?」

「じきに落ち着く。それまで待て」


 先ほどから会話にリリウムが入って来ない理由。

 それは、先程の表彰からひっきりなしに各方面からのスカウトを受けているからで。

 特に貴族は、一度スカウトを断られたら、今度はスポンサー契約を結ぼうと条件を提示。

 それを断ると、さらに条件を修正して……と、半ばいたちごっこになりかけており。

 たまに開いた隙間で、リリウムは他のメンバーに助けを求める視線を向けるが。

 どいつもこいつも、食事にワインにとリリウムには目もくれずに楽しんでおり。

 唯一視線に気付いたタラサも、即座に目をそらしてしまう始末。


(後で、覚えておきなさい)


 そんな『夢幻泡影』の三人に密かな殺意を燃やしつつ。

 仮面のように張り付けた笑顔のまま、リリウムは貴族たちの対応を続けることとなった。

 ……後日、握手のし過ぎで腱鞘炎になったリリウムに、三人がシバかれたのは言うまでもない。

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