第69話 閑話 誤解だ

「お前ら!! ちょっと来い!!」


 早朝。リリウム達が支度をし、ダンジョンへと向かおうとしていると。

 その姿を見つけたオズワルドが声を掛けてきた。

 心なしか怒っているようにも見えるオズワルドは、ラベンドラの肩を乱暴に掴むと。


「お前ら! ――暗殺を企てているというのは本当なのか!?」

「……は?」


 四人にとって、まるで思い当たる節のない事を言いだして。

 

「隠しても無駄だ! 既に何人もの商人から、お前たちに毒になりうる素材を売ったとの証言が取れている!!」


 そう言うオズワルドに。


「ああ、確かに買ったな」


 ポン、と手を打って。

 ラベンドラは納得した表情を浮かべた。


「わざわざギルドにまで報告が来るほどだ。相当量を買っているんだろう? ……それで? 実際の所誰を暗殺する気だ?」

「いや、別に暗殺とかせんでもいくらでも邪魔な連中を消す手立て位、ワシらにあるぞい?」

「黙ってろガブロ。オズワルド、全くの誤解だ」


 余計な事を口走ったガブロを黙らせ、弁明を始めたラベンドラは、


「買った毒物は全て調理に使用するものだ」


 と口にして。

 さらに、


「リリウム、マジャリスと共に毒性だけを消す魔法や薬草などと共に調理し、食べても毒に侵されないような調理を目指している」


 そう説明すると。


「何のために? わざわざ毒になるもん使って調理する意味が俺には分からねぇが?」


 至極真っ当な疑問をオズワルドが抱く。

 オズワルドは知らない。辛さにも、いくつか種類があることを。

 オズワルドは知らない。見ても、食べても、おおよそ毒だとしか思えなかったのに、食べた後にはまた食べたいと思えてしまう、麻婆豆腐という料理を。

 オズワルドは知らない。こちらの世界の食材で、痺れる辛さを再現するには、どうしても毒物に手を出すしかない事を。


「そうでなければ再現出来ないのだ。あの料理人の作る料理が」


 物凄く悔しそうに。恐らく、調理士としてのプライドが、毒物を用いた料理というのを受け入れがたいのだろう。

 それでも、ラベンドラはそのプライドを押し殺し、麻婆豆腐の再現に踏み切った。

 全ては、口内を痺れさせ、汗を噴き出させるあの辛さの為。

 一度食べてしまったせいで、病みつきになったあの味の為に。


「そ、そんなに美味かったのか?」


 ゴクリと唾をのみ、未だ知らない味に思いを馳せるオズワルドがそう聞いた瞬間。


「あれはとても衝撃でしたわ。毒としか思えない刺激や痺れ。その後から確かに来る、これまでとは違ったうま味や風味」

「あの料理人が準備する主食と相性が良く、一緒に食べるとそれだけで最高だった……」

「汗が噴き出すほどの辛みと鼻を突き抜ける香辛料の香り。それらの調和が完璧で、あれほどの料理があったとはこの歳になるまで知らなかったな」

「最初は毒だとか言っておったのに、一口食べたら誰も手を止めんかったぞい」


 四人が、記憶の中の麻婆豆腐を食べながら当時の事を食レポ。

 当然、オズワルドにダイレクトアタックなのだが。


「そ、それで? その料理は再現出来そうか……?」

「残念だが、先程も言った通り毒物を用いねば再現は難しいだろう。そして、その毒物が圧倒的に足りない」


 そもそも毒とは、少量で体に異常をきたすものである。

 それ以外は、毒となる量以内であれば調味料として用いられるし、普通にそこら辺でも売っている。

 だからこそ、量が手に入らない。量があったところで、効果は変わらないからだ。


「種類も量も。商人を何件も巡ってはみたが、未だ必要だと思われる量には届いていない」


 残念そうにそう言って頭を垂れたラベンドラに。

 オズワルドは……。


「じゃあ、毒さえ確保できれば再現できると?」

「時間はかかるだろう。だが、確実に再現して見せる」

「――罪人から徴収した毒がいくつか保管されている。もちろんタダではやれんが、相応の値段を払うなら譲ってやってもいい」

「本当か!?」

「助かるわい!!」

「ただし!! 絶対に料理以外に使わないと誓え!」


 ギルドに厳重保管されている、毒物を譲ることを決断。

 全ては食事の為なのだが、生憎とそれを止められる存在はここには居ない。


「誓う。私の産まれた故郷、レイヴェの森と共に」

「森の名と共の誓い。ハイエルフがリリウムが保証します」


 そうして、オズワルドから提示された条件を、エルフにとって一番重い誓いとする森の名と共に受けたことで。

 誰にも止められぬまま、多種多量の毒物が、ラベンドラの手に渡る事となった。


「それで? 今日の飯は何を持って来たんだ?」

「む? 今日は持って来たのは飯ではないな」


 国が行えば、それこそ暗殺を依頼したとしか思えない取引を終えた直後。

 腹をさすりながらそう聞いたオズワルドだったが。

 希望した答えは帰って来ず。


「貰って来たのはこれだ」


 差し出されたビーフジャーキーを見て、ひどく落胆。


「何だ、干し肉かよ」

「そう思うだろう? だが、ただの干し肉ならわざわざ俺らが貰ってくると思うか?」


 そう言ってマジャリスがオズワルドにビーフジャーキーを差し出して。

 半信半疑で受け取り、齧る。


「宿屋に行こう。パンとスープとこれさえあればご機嫌な朝食だ」

「ですわね。……それで? このお肉のレシピも確立したんでしょう?」

「したはしたが、やはり素材が厳しいぞ? そうホイホイと作れるものでもない」

「じゃったらレシピを流出させたらどうじゃ? どこでも買えるようになれば、それこそ得しかないんじゃありゃせんか?」


 なんて言う四人の後ろをついて行きながら。


「これうめぇな……」


 ただひたすら、無言で。

 オズワルドは、ビーフジャーキーを楽しむのであった。

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