第68話 譲れないもの

 うっわぁ~い。

 辺り一面銀世界だぁ……。

 昨日の夜に大雪警報とか出てたからまさかとは思ったんだよなぁ。

 よもや観測史上最大の寒波、なんてなると思わんやん?

 こりゃ出勤できねぇわ、と上司に電話をかけようとしたら、むしろ上司からの電話が。


「はい。臥龍岡です」


 珍しいな。朝から電話が来るとは。

 

「朝からスマンな。もう出勤したか?」

「いえ、これからと思ったんですけど、辺り一面雪でして……」

「だろうなぁ。それで、今日は臨時で会社が休みになったから、その連絡だったんだ」

「あ、そうなんですか?」


 お? 雪で会社が休みとな? これは僥倖。


「電車は動いてないし、車でって言っても事故ったりしたら大変だからな。社長が、今日一日は全員有給で休みにするって結論を出したらしい」


 しかも有給扱い。

 ありがてぇ……っ! 涙が出る……っ!!


「じゃあ、伝えたからな」

「はい! 失礼します」


 …………ひゃっホウ!

 雪が積もってテンション上がったのなんていつぶりだ?

 にしてもまぁ、社長の判断は正しいと思うよ。

 そもそも、今から出勤して会社に何時間かかるか分からん。

 そうとなれば、急に決まったこの休みを謳歌しよう。

 差し当たってまずは……風呂! 寒い!!



 さぁて、急遽休みになりましたし?

 この豪雪のせいで買い出しとか行けませんし?

 じゃあ家で出来る事で時間潰しするしかねぇよなぁ?

 はいドン!! 燻製機!!

 なんであるんだって話だけど、買ったからとしか……。

 まぁ、家の中では出来ないものだから、一旦ベランダに出まして……。

 さっむ!! ちょ、タンマ!!

 部屋に戻って服を重ね着してきた。寒い!!

 というわけでベランダにて燻製作業をするわぞ~。


「燻製チップどこやったっけ……?」


 前に買った奴があったはず……。

 お、あったあった。桜のチップね。

 んじゃあ燻製機に乾燥が終わったジャーキーをぶら下げて~。

 着火!!

 あとはこのまま、二時間ほど燻製にしますわよ~。

 人によって時間とか、燻製のやり方とか違うけど、俺はこんくらいの時間でやってる。

 ある程度は保存が出来るし、無理なく作れる範囲だしね。

 ガチ保存食になると燻製にも一週間とか掛かるって言うじゃない?

 無理やて。そんなの。

 どうせ徳さんに渡したら数日で完食されるし、俺もそんな大事にちまちま食べないし。

 保存期間は別に重視してないって感じ。

 ……にしても、


「出来たなぁ――時間跳躍……」


 頼んでみたら出来たんだよなぁ、時間すっ飛ばす魔法……。

 おかげでジャーキーの乾燥は終わったし、コンビーフの漬け込みも完了した。

 まぁ、時間跳躍の魔法がないかって尋ねたら、四人とも目を丸くしてたよ。


「何に使うんだ?」


 なんて、マジャリスさんに真顔で詰められたし。


「今、貰ったお肉をこっちの世界の保存食に加工してるんですけど、どうしても時間が掛かるんですよ。なので、そこを短縮できないかなーと……」


 って説明したら目の色変わったけど。

 食い物関連になると反応変わるよね、ほんと。

 んで、エルフ三人で話し合い。

 そしたら、


「非生物、かつ、固体であるならば時間の経過を速めることが可能だ」


 との事だった。


「液体はダメなんですね?」

「遥か昔、この魔法が開発された頃の話になるが……」

「人間は、ワインの熟成を早めようとこの魔法を用いた」

「ところが、ワインには『神の取り分』と言われるものが存在していてな」

「この魔法を用いるとその『神の取り分』を無視することになるのですわ」

「で、それに激怒した神が、この魔法に対する指定対象から液体を除外してしまったというわけだ」


 あー……何だっけ。

 蒸発だったりで減るんだっけ。ワインって。

 ……思い出したわ、『天使の取り分』って呼ばれてるやつだ。

 それが向こうの世界じゃ『神の取り分』になってんのか。

 んで、実際に神が楽しんでいる……と。

 ――ていうかさぁ、ワインが飲めなくなっただけで魔法に制限をかける神ってさぁ……。

 何も言えんわ。この地球上に存在する様々な神話にはもっとヤベー神とか居るし。

 神様っていつもそうですよね! 人間の事を何だと思ってるんですか!!


「それで? 時間を速めたい物は?」


 ただ、ビーフジャーキーの時間加速は可能っぽいので頼むことに。

 一部屋一面に干された肉を見て四人ともたじろいでたよ。

 まぁ、絵面的にインパクトはあるよね。


「ここにある肉を全部か?」

「はい、二週間ほどお願いします」


 というわけで魔法による時間加速をして貰う。

 驚いたのはリリウムさん、マジャリスさん、ラベンドラさんの三人がかりの魔法だったこと。

 なんというか、片手でヒョイみたいな魔法を想像したから面喰っちゃった。

 で、部屋に紫色の魔法陣が現れて……。

 特に何も起きずに消える。

 なんというか、派手なエフェクトを期待してたから拍子抜けしちゃったよ。

 でも、


「お、いい感じです」


 肉は完璧。

 触って水分は残ってないし、試しに齧ってみたけどしっかり出来てる。

 ギュウニクカッコカリ、確かに固いけど、これはこれで噛みごたえがあって美味しいな。

 味もしっかり染みてたし、コーラとかソーダとか飲みたくなる。

 ……あとビールね。うん。


「なぁ、カケル」

「ふぁい?」

「それ、いくつか貰えないか?」


 味見をしていたらラベンドラさんからの申し出。

 どうぞどうぞ。一杯作りましたからね。


「ちょっと待ってくださいね、集めますんで」


 と、洗濯ばさみから肉を外し、爪楊枝を引き抜いて。

 という作業を、全体の三分の一ほど回収するまで続けていると……。


「干し肉だろう? そこまでの量は必要ない」


 マジャリスさんからの声が。

 おろ? ビーフジャーキーはお嫌いですか?


「そう言うなマジャリス。異世界の干し肉だぞ? 我々の知らない美味しさかもしれんぞ?」

「でも、素材もミノタウロスですし……。味の想像はたやすいのですけど――」


 ……ミノタウロス?

 確かに牛だけど……。あーっ! 言ってた言ってた!!

 町がミノタウロスに襲われてたって!

 その時の肉か!! なるほどな!!


「味見してみりゃええんじゃないか? これで少量を向こうに持ち帰って、美味かったら悔いきれんぞ?」

「む、確かに……。カケル、一つ貰うぞ?」

「どうぞどうぞ」


 ガブロさんの一声に納得したらしく、マジャリスさんは俺からビーフジャーキーを一つ受け取ると。


「あぐ」


 肉に食いつき、噛みちぎり。


「む、思ったより固くは無いな」


 とか言いながらゆっくり噛み始め。


「味はいい。噛むほどにうま味が溢れてくる……。これ本当にミノタウロスの肉か?」


 ギュウニクカッコカリです。断固として。


「貰ったお肉ですよ。味付けとかは全部こっちの世界のですけど」

「それで? 美味しいのですか?」

「美味い。向こうの干し肉など比べ物にならない。……この肉なら、細かく切ってスープに入れても美味いだろうな」


 マジャリスさん、ラベンドラさんみたいな事言い出したよ。

 言った瞬間、ラベンドラさん少しムッとしたし。


「じゃあ、この量を持ち帰る事にも反対は無いな?」

「ああ。――待て、カケル、もう少し多く……」

「マジャリス? カケルに負担をかけてはいけませんわよ?」

「くっ……」


 なんてやり取りで、結局当初の予定通り四人は総量の三分の一ほどを持ち帰ることに。

 そういや、持ち帰るご飯は? って聞いたら、


「この干し肉で充分だ」


 って言われちゃった。

 実際何持たせようか悩んでたから助かったけど。

 というわけで、どっさりのビーフジャーキーを受け取った四人はウッキウキで元の世界に帰っていった。

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