第332話 閑話 ガブロの無茶な要求

「だから!! 一体どこからそんな発想が降ってくるか答えろと言っているんだ!!」

「じゃから!! 適当に撃っても広範囲をカバーできるような射撃を考えたら思いついたと言ってるじゃろうが!!」


 ガブロの弟が営む『ペグマ工房』。

 その一番奥にある、工房長室に、二人の怒号が響き渡る。 

 片方はもちろん、その部屋の主であるグラナイト・ペグマであり。

 もう一人も、彼の兄であるグラナイト・ガブロ。

 そんな二人は今、散弾銃に関することで言い合っており。


「広範囲をカバーすると言えば聞こえはいいが、それは実質無差別だろうが!!」

「撃っても当たらんで死ぬよりはマシじゃ!!」


 どうやら、ペグマにとってみれば散弾銃は許せないものらしく、ガブロと言い合いが続いており。


「全く……。それならこっちはどうじゃ?」


 と、新たに渡された設計図を確認して……。


「念の為聞くが、これは長距離射撃用の魔法銃の設計図、という事だな?」

「それ以外に何がある」


 そんな短いやり取りの後、首を振ってスナイパーライフルの設計図をテーブルへと置いたペグマは。


「こっちはもっと駄目じゃ」


 と言って葉巻を咥え、火をつける。


「……何故じゃ?」

「考えてみろ兄者。こんな長距離からの狙撃武器が出てくれば、暗殺に用いられる」

「む。確かに」

「そこに散弾銃も付いてみろ。とにかく近寄るものに散弾銃をぶっぱなし、点々と狙撃地点を変えて暗殺を実行する厄介な存在の完成じゃ」

「む、むぅ」


 そう、ペグマが危惧していたのは、銃の銃口が魔物ではなく要人、貴族などに向いた場合。

 現在異世界に存在する魔法銃は、魔力の消費量が大きく、加えて発射時に大きな魔法使用の痕跡が残る。

 その事から、暗殺に向かないとされ、使用するのは魔法の適性は無いが魔力だけは膨大にある者。

 あるいは、浪漫を追う酔狂な者程度。

 そんな魔法銃が、つい先日のスイカのマンドラゴラ化に伴い発展の兆しを見せた。

 その事については、武器の発展として喜ばしい事である反面、魔力を持たぬものでも扱えるように改良されたことから、暗殺に使われるのではないか? ということを危惧され。

 国王直々に、これ以上の発展を控える様にと言明されていたりする。

 ただ、それを説明しても納得するガブロではないと身に染みているため、こうして説得に応じた、との事らしい。


「改良出来て銃弾の方だな。こっちは距離が長くなればなるほど目標に対しブレる問題がまだ残る」

「形状を変えるべきじゃろ。真円より先端を尖らせ、角を取った物の方が安定するじゃろ」

「先端を尖らせたら風の向きなどで簡単に折れやせんか?」

「撃ち出す時に高速で回転させるよう銃口も工夫するんじゃ。風よりも強い回転で風を弾くイメージじゃな」


 というわけで、銃口や銃弾の変更へと舵を切れたペグマは、内心ほっと胸をなでおろす。

 それは、ガブロの提案した散弾銃とスナイパーライフル。

 そのどちらもが、既に国王の名の下に発注が上がっており。

 それ以上の生産はしないようにと口止めをされていたからで。

 発注主が、ストレプト・カーパス・ソクサルムという名前のエルフであったことも伏せろと厳命されていたからだ。


「先端を柔らかい素材にし、直撃と同時に広がって威力を上げるという発想はどうじゃ?」

「殺意が高すぎる……」


 なお、弾の改良に関しても、十分にヤバい発想をする兄を見ながら、ペグマは、一体どこまでを許されるのかを考える羽目になるのだった。



「お、そうじゃ忘れとった」

「どうした兄者?」


 散々の言い争いの後、ペグマの工房を後にしようとしたガブロは、ふと何かを思い出したかのように立ち止まり。


「米という新しい主食が開発されたという話は既に耳にしとるじゃろ?」

「まぁ、名前くらいは聞いたことあるが……」

「あの米から作った酒は美味いぞ、ではな」


 とだけ告げて帰ろうとする。

 ――だが、


「待たんか!! という事は何か? 貴様はそのほぼ未知なる味を飲んだことがあると?」

「兄に向って貴様とはなんだ貴様とは」

「そんな些細な事はどうでもいい!! その米から出来た酒を飲んだことがあるのかと聞いている!!」


 当然、ドワーフであるペグマには聞き捨てならない言葉であり。

 兄であるガブロを貴様呼ばわりし、しかも胸ぐらを掴んだ状態でほぼ怒号のように叩きつける。


「香りがよく、鼻に抜けるそれは実にフルーティー。飲みやすく、そして飲んだ後に来るじんわりと広がる様な酒の感じ……。とても美味じゃったよ」

「持ってこい!! 今すぐに!!」

「とっくの昔に飲んでしまっとるわい」

「ぐぬぬ……」


 そんなペグマをあざ笑うかのように、ヒョイと手を払って抜け出したガブロは。


「この間渡した強めの酒はどうした?」

「あれか! 凄かったぞ!! 日々の労いにと皆と飲んだら、もうほぼ秒で消えた」


 翔に送ってもらい、鍋を作らせるために刺し入れたウォッカに言及。

 その時の事を思い出したペグマは、同時に味も思い出したらしく頬が緩み……。


「つまりそういう事じゃわい」

「ぐっ! 我が兄ならばそんな美味い酒は秒で飲み干すことが容易に想像出来てしまう……」

「じゃがなぁ、もし今後手に入るようなことがあれば、ここに持って来ない事も無い」

「……何が望みだ?」

「なぁに、いつものようにちょいと作って欲しいものがあるだけじゃわい」


 その隙を、ガブロに思いっきり突かれるのだが。

 今この場に居るのはこの二人の兄弟のみであり、当然な結果として、この二人以外には知る由もない。

 ガブロが望んだ代物が、実はとんでもないものだったことを。

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