第333話 閑話 マジャリスの大きすぎる功績

「……チョコが食べたい」


 三人と別れ、自分で描いた地図を冒険者ギルドへと売りに行き。

 誰も踏破していないダンジョンの詳細、出てくる魔物の情報に、ボスの倒し方。

 『夢幻泡影』で無ければ得られないであろう情報と、地図の正確性から信じられないような値段が付き。

 しかもそれが一枚だけではないというのだから、財布はずっしりと重くなる。

 実のところ、『夢幻泡影』の活動に使う金額の半分は、このマジャリスの地図士としての仕事で得ていたりする。

 ちなみにもう半分は狩猟した魔物の素材の売却である。


「チョコ……」


 そんな、『夢幻泡影』の大黒柱とも言えるマジャリスは、今現在。


「ちょ……こ……」


 うわ言のようにチョコと呟き続け徘徊する、さながらゾンビに近いような状態になっており。


「――待てよ? チョコは黒い。この間のマンドラゴラの吐き出す種も黒かった。……つまり、アレをすり潰せばチョコになるのでは!?」


 こうして、知能指数がスライム並みになったマジャリスは、思い付きのままに研究ギルドに突撃。

 あらゆる研究対象を持ち込みまくる問題パーティ――もとい、優良パーティである『夢幻泡影』のメンバーとして、好待遇で迎えられたマジャリスは。


「ゴルガリストライプボールマンドラゴラの種に付いて、ふと思いついたことがある」


 そう言って、研究員の手を止めさせる。


「外殻が固く、あまり加工には向きませんが……」

「『シャジャの実』より固く無ければ問題ない」

「流石にそこまでの強度はないみたいですね」


 シャジャの実……翔に言わせるとバカデカアーモンドッポイミルクであり、この世界のチョコレートの原料である。

 それを引き合いに出すという事は、つまりはそういう事で。


「一度炙って薄皮を剥き、ストーンジャイアントの喉に潜らせてみろ」

「ストーンジャイアントの喉などこの研究機関には……」

「だろうと思って持って来てある。そのまま譲渡するから粉砕などの工程に使っていい」

「あ、ありがとうございます!!」


 研究員しかいないこの場所に、わざわざ魔物の素材を送る者は少ない。

 ましてやそれが、様々な用途を持つものとなればなおさらだ。

 悲しいかな、たとえ異世界でも、研究機関はお金と設備の両方が不足している場所も存在するのだ。

 ……それでも、『夢幻泡影』の関わっている研究機関は潤っている方ではあるが。


「粉砕すると油のようなものが出てきましたね」

「それらが混ざるよう、何度も喉へ潜らせるんだ」


 そうして、マジャリスの期待通り、ゴルガリストライプボールマンドラゴラの種からは油が抽出され。

 それを混ぜ続ければ、晴れてチョコレートの完成。

 そう思っていた時期が、マジャリスにもありました。


「混ざり合いませんが……」

「なん……だと……?」


 しかし、あがってきた報告は、自分の思うような内容ではなく。

 言われて見に行ってみれば、確かに油は出ているものの、それが種と交わるという事はなく。

 ただただ、種と油に別れ続けるだけ。


「ダメか……」


 思惑が外れ、チョコを食べられないと分かり、がっくりと肩を落とすマジャリス。

 そんなマジャリスに、


「でもこの油、何かに使えませんか?」


 研究員の言葉が届く。

 ……そう言えば、カケルは植物由来の油があると言ってはいなかったか? と。

 この世界の植物の魔物からそう言ったものが取れたという情報は無いが、それが異世界から来た種で作ったマンドラゴラならば? と。

 二つの考えは一つとなり、マジャリスの中でまるでパズルのピースのようにがっちりと合致。


「ちょっといいか?」


 そうして、種から出た油に指を突っ込み、指に付いた油の匂いを嗅ぎ、舐めてみて。


「かなりあっさりしていて風味が豊か。しかもコクがある」


 現代で言う所のごま油のような精油が、異世界にも誕生した瞬間だった。


「今すぐこの油の抽出法を確立しろ」

「は、はい?」

「金はいくらでも投資する。材料のゴルガリストライプボールマンドラゴラの種も用意する。この油の大量生産を可能にしろ」

「は、はい!!」

「下手すれば料理界に革命が起きる、心せよ!」

「はっ!!」


 そうして、マジャリスがチョコレート食べたさに作り出したこの油は。

 一度炙って薄皮を剥き、粉砕した後に絞るという工程で、膨大な油を抽出出来ることが発覚。

 これまで、魔物由来の動物性の油しかなかった異世界に、植物性油が新勢力として台頭。

 その圧倒的な生産性を持って瞬く間に国内を席巻し、後にこの研究機関は国王直々に表彰される事となり。

 それに伴って、研究機関に精油工場を併設。

 国内全ての油を賄うほどの生産性すらをも確保して。

 この研究機関に居た全員に、マジャリスは神様の如く崇められたりするのだが。

 それはこれよりずっと先の話である。



「という事で植物性の油を手に入れた」

「サラッと言っているが大真面目に偉業だからな?」

「チョコと同じ作り方をしたら偶然出来た、というのが実にマジャリスらしいですわね」

「これまでは油の確保が難しかったからのぅ。わしらはまだしも、一般的な料理屋などでは高値で冒険者から買っておったが……」

「冒険者の仕事を一つ潰してしまうかも知れませんわね」

「いや、動物性の油で揚げた方がうま味の深まりが高い食材もある。揚げる材料次第だ。今後需要は減るだろうが、それでもその仕事自体が潰れるようなことは無いだろう」


 今回の件を報告し、その油をラベンドラに納品したマジャリスは。

 見返りとしてしっかりとチョコを獲得し。

 三人が顔を突き出して会議をしている脇で、一人黙々とチョコを食べているのであった。

 それはもう、満面の笑みで。

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