第289話 やっべ……

「あ゛っ!!」

「? どうしたの? 変な声出して」 


 四人を見届け、洗い物を食器洗浄機に入れていく途中。

 なんか引っ掛かるなぁなんて考え、みんながお茶を飲んでいたコップを入れようとした時。

 気付いちゃった……。

 あの人ら、食後のデザート食べずに帰っちゃった。

 それだけトキシラズ丼が満足度の高いものだったという証左ではあるんだけど、これを後日言われたりしたらたまらないなぁ、と。


「いや、あの人らに出す予定だったようかん、結局出して無いなぁって」

「こっちから向こうに送れないの?」

「出来たらそうしてるよ……」


 姉貴は全く、何を言いだすかと思ったら。

 転移はリリウムさんの魔法であって、俺は何も出来ないのだが?


「この間包丁が送られてきた魔法陣、まだ消えてないよね?」

「まぁ、あるけど」

「ここから送られてきたって事は、同じくこっちから向こうに送れるんじゃない?」

「でも転移魔法で送って来たんだろ? こっちにそんな芸当出来る存在無いが?」


 転移魔法なんてあったら、運送業が軒並み廃業だぜ。

 あと、石の中にいる、が頻発しそう。

 そのどちらも発生してないという事は、この現代においては転移魔法が存在しない事を意味する。QED。


「じゃなくて、向こうから魔法陣の上の物を転移してもらうのよ」


 ??

 どういう事?


「向こうと連絡取って、魔法陣の上にデザート置いたから転移で回収してくださいって伝えるの?」

「そうそう」

「それならまぁ、やれるだろうけど」


 何となく、姉貴が言わんとしてることは分かった。

 でもさ、


「じゃあ、どうやって連絡取るの?」


 っていう話になるよね。


「別に事細かに詳細を伝える必要は無いし、こっちに何か意図があると思って貰えばそれで十分だと思うのよ」

「なるほど?」

「だからね」


 そう言って姉貴が取り出したのは――リリウムさんの髪束。

 あー……そういえば、その髪束、まだリリウムさんに感覚が残ってるんだっけ。

 そしたら、それを使えばこっちに何かしらの伝えたい事があるって向こうに示すことは出来るか。


「えーっと……モールス信号表……」


 それは向こうも理解をしている前提の信号だぞ。

 しかも相手は異世界人。伝わると思えんが……。


「ほら、連絡は私がするから、翔は魔法陣の上にようかんとか置く」

「はいはい」


 というわけで、姉貴の指示通り、魔法陣の上にそれぞれの味のようかんと、狭山茶を入れた大きめの水筒を乗せて。


「トン、ツー、トン、ツー、ツー、トン、トン」


 姉貴がリリウムさんの髪束を短く握り、長く握りでモールス信号を再現し、送る事数分。


「嘘やん」

「よしっ!!」


 姉貴の言う通り、魔法陣が紫色に発光。

 そして――。

 ようかんと水筒が、異世界へと転移したのだった。



「ポーションの数は?」

「きちんと揃っとる」

「忘れ物は無いな?」

「ありませ――きゃわ!?」


 ダンジョンへと潜る前の最終確認。

 その確認中、明らかに変な声を上げて飛び上がったリリウムに、残り三人の視線が集まる。

 

「どうした?」

「いえ……お姉さまに預けていた髪束を握られて……」

「? 特に転移魔法は行っていないだろう?」

「そうなのです。なのでびっくりして……ひゃわ!!」

「またか……」

「こ、今度は、何度も握っては離す動作を繰り返されていて……」


 現代では早苗がモールス信号を送って要る頃。

 異世界では、今までに無かった髪束の扱いに、『夢幻泡影』が首を捻る。


「何かを伝えようとしている?」

「でも、それならば戻る前に声をかければ良かったわけですし……」

「何かの信号なんじゃないか? わしらも遠くの仲間と連絡を取り合うときは、地中に埋めた鉄心を叩いて連絡を取るぞい?」

「なるほど。……翻訳魔法の精度を上げてみよう。これからダンジョンへ向かうのに魔力を消費したくはないが、カケル達からのメッセージである可能性が高い以上、やむを得ない」


 ラベンドラの想像は最悪のシチュエーション。

 そう、例えば強盗などに襲われ、自分たちにしか助けが求められない、というような場合。

 そうなれば、ダンジョン入りを中止し、再度現代へと転移する腹積もりだったが……。


「……で、ざ、あ、と、わ、す、れ?」

「デザート!!」

「確かに言われてみれば、トキシラズ丼に満足し、デザートを食べる前に戻ってきたな」

「わざわざそれを伝えていただいた、と」

「どうする? 戻るか?」

「……うぅむ」


 どうやら、早苗が行ったモールス信号による情報の伝達には成功。

 ただ、魔法陣の上にようかん等を置いている事は、まだ伝わっておらず。


「明日戻った時に頂きましょう」

「そうじゃな」

「デザート……」

 

 そうして、ダンジョン入り前の最後の確認へと意識を移そうとした、その時。


「っ!? パターンが、変わりましたわ」


 早苗が、モールス信号で伝える内容を変化させ。

 変化した内容は……。


「ま、ほ、う、じ、ん、う、え……魔法陣上?」

「包丁を送った魔法陣の上に何かを置いた?」

「デザートだ!!」

「なるほど、デザートを忘れとるから魔法陣の上に置く、回収せよ、ということじゃったか」

「あの二人、中々に機転が利くようだ」

「二人ともこの世界に来ればいいですのに。カケルは料理人、お姉さまは商人として十分にやっていけますわ」

「なんなら二人ともを我々のお抱えにしても構わないからな」


 などと言う会話の後、翔が魔法陣の上に用意したようかんと狭山茶入りの水筒を回収。

 そして話し合いの末、ダンジョンに入る前の朝食で食べようと決まり、四人はそれぞれセーフゾーンを作り出して就寝した。

 翌日に味わう、まだ見ぬ甘味に大いに期待をしつつ。

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