第290話 閑話 未知なる味に思い馳せて

 『夢幻泡影』の朝は早い。

 というよりは、冒険者の朝は早い。

 野宿勢は日の出と共に起き出すし、ダンジョン内で寝泊まりする冒険者たちも、普段の生活のリズム通りの時間に目を覚ます。

 それは、冒険者という職業の都合上、身体の状態をある程度保たなければならない為であり。

 それゆえ、睡眠不足などの些細な不調でも、冒険に支障をきたすことがある。

 ――のだが……。


「マジャリス、目がバッキバキじゃぞ?」

「大方、送られてきたようかんという食べ物の味を想像して眠れなかったのでしょう」

「警戒の交代時間的にも一番眠れたはずなのに……」

「――うるさい」


 起きてきたマジャリスの目は充血。

 明らかに寝不足……どころか寝てない事がハッキリと分かるような状態で。

 その原因は、昨日夜にカケル達から送られてきた異世界の甘味。

 ようかんであることは、誰から見ても確定的に明らか。


「そんな事より、朝になったんだ!! 食べよう!! ようかん!!」

「待て待て、普通におにぎりからじゃろ」

「だな」

「ですわね」

「……そんな」


 ただ、ようやく待望の朝が来た。

 これでようかんにありつける……と拳を握るマジャリスだったが。

 他の三人はおにぎりから食べると至極真っ当な事を言い出して。 

 結局、多数決によりおにぎりから食べる事になった……が。


「やはりトキシラズといくらの組み合わせは最高じゃな!!」

「海苔から漂う磯の香りがたまりませんわね」

「これまでのおにぎりと違い塩が振られてないが、いくらの味でそれが補われているな」

「いくらやトキシラズによって、米の甘さがより引き出されるわい」


 いざ食べ始めれば、マジャリスの不満気な顔もどこへやら。

 秒で皆に流されて、満面の笑みでおにぎりを頬張っていたりする。


「共に送られてきたお茶も美味い」

「これまで飲んだお茶の中で、より深みというか、厚みがある味わいですわね」

「香ばしく強めの香りの中に甘さがあり、そこから渋味や苦みがゆっくりと広がっていく感覚だ」

「茶、と一口に言っても、ここまで違いが出るもんかのぅ」


 ちなみに狭山茶の評判も良く、おにぎりを齧り、お茶を飲み、ほっこりとする『夢幻泡影』。

 ……そして、


「ようかんだな!!」


 マジャリス待望の、ようかんを食べる時が。


「見た目は滑らかそうだが……」


 まず手に取ったのは、オーソドックスな小豆のようかん。

 それを魔法で四等分にし、それぞれに。

 そうして、四人がほぼ同時に一口目を口にすると……。


「むぉっ!?」


 まず声を上げたのはガブロ。

 次いで、


「甘い!」


 マジャリスも叫ぶ。


「豆類を甘く煮て漉した……そうだ、あんこだ。あんこの塊のような味わいだが……」

「あんこよりも水分があって、食感も全然違いますわね」

「一番最初は甘くて叫んだんじゃが、時が経つにつれて涼しさを感じるように甘さが引いていくのぅ」

「甘い。甘いのは甘いが甘すぎないな」


 ラベンドラの分析から、最初の一口の衝撃を乗り越えた二人も参戦。

 ここから、ようかんに関する話題で盛り上がることに。


「甘さの塊じゃから脳に強く働きかける感覚があるぞい」

「体温も、一気に上がった気がしますわ」

「即効性の高いエネルギーの塊のようなものだろう。……ポーションとは違う、魔力の即時補給に役立つかもしれん」

「他の味もあるんだろう!? 早く試そう!!」


 なお、盛り上がる内容はおおよそ翔には予想が付かないような内容だったりするが。


「お茶との相性が凄い……」

「甘さと苦さ、渋さのコントラストが素晴らしく、また、ホッと一息つけるような組み合わせ」

「どちらも口に長く残らん味わいなのがいい。気分もリフレッシュされるようじゃ」

「ただ甘ければいいわけでも、ただ渋く、苦ければいいわけでもない。絶妙な塩梅の組み合わせで、この繊細な味わいを作り出していますわ」


 続く抹茶のようかんも大変好評。

 こちらも、前回のパンの時に味わったこともあり、すんなりと受け入れられたようで。

 中でも、お茶との相性が四人の心を鷲掴みに。

 そして、最後の蜂蜜のようかんを口にした瞬間。

 四人は固まった。


「これは……」

「蜜酒のようでありながらもっと深い味わいじゃ」

「香りもこちらの方が華やかだ」

「上質……どころの騒ぎではありませんわね。こんな味わいと香りの蜜酒があったら、きっと騒ぎになっていますわ」


 その理由は、感心。

 現代における最古の酒とさえ言われる蜂蜜酒。

 異世界でもそれは変わらず、ワインやエールと同様に飲まれている蜜酒は、いわばこの蜂蜜酒の事で。

 蜂蜜ではなく、植物系の魔物の蜜を用いて作る事から蜜酒と呼ばれているのだが。

 そんな蜜酒の香りは、残念ながら現代の蜂蜜には遠く及ばないらしく。

 自分たちの知っている味。その味の、完全上位互換を異世界から叩きつけられた。

 そう認識した四人は、衝撃の末に固まった……という事らしい。


「一層茶の香りと苦みが沁みる……」

「蜜酒を飲む時に、チェイサーとして茶を飲むのはどうだ?」

「あちらの世界ほど味わい深くて美味しいお茶がそもそもありませんわよ?」

「今後、こういう引きの早い甘さの食べ物には、こういうお茶を合わせたくなるな」


 結局、四人は静かに、侘び寂びの心を少しだけ感じながらようかんを完食。

 途中、マジャリスが他人のようかんを狙って襲撃を行ったりはしたが、結局誰からも奪えなかったり。

 転移魔法を駆使し、自分の口内へとラベンドラのようかんを転移させようとリリウムが試み、レジストされてしょんぼりしたりはあったものの。

 充実した朝食を終えた『夢幻泡影』は、意気揚々とダンジョンへと潜っていくのだった。

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