第288話 ついうっかり……

 ヅケ……それは、本来は保存の為に出汁醤油に漬けこむ行為。

 ――もっと言うなら、米とかにつけた鮒寿司とかの事も指すらしい。

 というか、握り寿司が普及する前はそっちが主に使われてたとか。

 まぁぶっちゃけ、美味しいんだから御託はいいんだよ、って感じだけど。


「ゴマを散らすのか」

「です。さっきの炙りほどではないですけど、香ばしさがプラスされるので」


 これまで通り刻み海苔とかいわれをご飯に散らし、その上に漬け込んだトキシラズを乗せまして。

 炒りゴマを振り、刻んだ大葉を乗せれば美味しい美味しいトキシラズの漬け丼の完成。

 ――まぁ、俺はここにイクラの醤油漬けを乗せますけども。

 瓶をひっくり返し、全部乗せて。

 これで、一人一瓶綺麗に使い切った事になる。


「これが……ヅケ?」

「身の色から鮮やかさが無くなっとるな」


 ガブロさんの指摘通り、ちょっとよどんだ色というか。

 まぁ醤油ベースの漬けタレに漬けたらこうなるよ、と。

 ……まぁ、次は白醤油をベースにしたヅケでもしますかね。

 あっちなら、そこまで色も変わらないだろうし。


「んまっ!? 焼いていないのに身が締まった食感がしますわ!!」

「噛むと肉汁のように溢れる出汁が美味いわい!!」

「米との相性も最高で、一切れでどんどんと米が進むぞ!!」

「恐らくは保存方法の一つなのだろうが……塩ではなく醤油に漬けるという考えが出来るのがカケルの世界の人間の頭の良さだな」


 なお、ヅケ丼はもちろん好評なもよう。

 外れないって、これだけは。


「振られたゴマの風味がたまらん」

「ゴマの香りには食欲増進効果が絶対にある。やみつきキャベツにも似た香りがあったはずだ」

「あれもこのヅケ丼と同じく手が止まりませんものね」

「いくらの醤油漬けと味が近いが、それでもそれぞれの違いがハッキリしている。食べる時の親和性も高い」


 ……三杯目だよな?

 一杯目と変わらない速度で米とか消えていってる気がするんだけど。

 嘘だろ……。


「私ヅケ丼が一番かも」

「分かる気がする。一番しっくりくる食べ方な気がするし」


 そんな中、マイペースに食べ進める姉貴が一言。

 これには俺も同意だね。

 なんと言うか、プレーントキシラズ丼は、最初は美味しいんだけどね。

 どうしても途中から脂が気になっちゃって。

 炙りは途中からとかじゃなく、最初から脂との闘い。

 闘いと言っても、脂自体はあっさりしてるし胸やけとか、胃もたれとかには結びつかないんだけどね。

 んでもヅケ丼はさ、何と言うか、脂と漬けタレが融合しているというか。

 これまでで一番脂を感じない食べ方だった。

 ……普通なら絶対にありえないけど、トキシラズの脂が漬けタレに溶け込んだりしたんじゃない?

 異世界不思議食材だし、それくらいならやってきそう。


「ふぅ、美味かった」

「一気に掻っ込んでしまいましたわ」

「三杯目だからと不安に思ったが、杞憂だったようだ」

「多分これが一番早いと思います」


 そんな俺らを置いて、『夢幻泡影』の四人は早々に完食っと。

 マジャリスさん、俺はツッコみませんからね?


「翔、レモン汁取って」

「あい」


 一方こちらはマイペースに食事中の俺たち姉弟。

 なるほど、レモン汁か。

 考えたな。

 ただでさえサーモンに合うレモンを、ヅケにしたトキシラズにかけるのか。

 レモン汁、トキシラズにかければシャープな鋭い酸味が加わり最強に見える。

 俺もかけよ。


「一気にサッパリするわね」

「脂の僅かな香りを吹き飛ばすね、レモン汁」


 問1、この姉弟がやらかした内容を述べよ。

 A、四人が完食した後にレモン汁を使用した。


「……」


 視線に気付いて顔を上げれば、そこには。

 般若に近いような表情の四人が……。


「お、お持ち帰りで味わえますから……」


 俺から言える精一杯のかける言葉がこれ。

 だって、もう四人とも腹いっぱいです、って顔してるんだもん。

 それなのにレモン汁かけた俺たちのミニ丼を物欲しそうに見つめているんだもの……。


「ご馳走様、はー、満足満足」

「お粗末様でした」


 俺たちも完食し、一息ついて――。


「カケル、早速持ち帰りの準備だ」


 一息つけなくて。

 ラベンドラさんに引っ張られ、キッチンへ。


「何を作るのだ?」

「まぁ、無難におにぎりですかね」


 というわけで本日のお持ち帰り料理。

 トキシラズとイクラの腹違いおにぎり。

 この為にヅケも少し残しておいたしね。


「まずは普通に三角おにぎりを作ります」

「任せろ」


 というわけで工程を指示したら、ご飯が宙に浮いて、ひとりでに三角形の形へ。

 ものの数秒で炊飯器の中のご飯が全て三角おにぎりに変化。

 魔法って便利。


「そしたら、海苔を巻いていくんですけど、その時にトキシラズも一緒に巻いていきます」

「ふむ?」


 まぁ、これは見せた方が早いか。

 という事で、俺がお手本を。

 普通に巻くんじゃなく、イメージ的には着物とか甚平みたいな。

 こう、おにぎりの正面で海苔がクロスするような巻き方。

 そのクロスする位置にトキシラズを数枚重ね、巻いていく、と。


「こうか」


 目の前でやって見せたら一発で出来るようになるんだよなぁ、このエルフ。

 そしたら、海苔の襟とトキシラズの身の間にイクラを添えて完成。

 これを炙りやヅケでも同じことをしまして……。


「レモン汁」


 はいはい、忘れてませんて。

 プレーン、炙り、ヅケのトキシラズの身に数的レモン汁を振りかけて完成。

 イクラをこぼさないように食べるのよー。

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