第287話 サーモンバジルチーズ()

 本日二杯目の丼は炙りに決定。

 ただ、俺の家にガスバーナーなんてものはない。

 じゃあどうやって炙るのかというと……。


「ラベンドラさん」

「なんだ?」

「この切ったトキシラズの身を、表面だけ炙っていただきたいんですけど」

「……なるほど、任せろ」


 エルフと魔法は使いよう。

 ラベンドラさんに頼めば、指パッチン一回で切り身を這うように炎が走り抜け。

 炙られたことで表面に脂の浮かぶ、テカテカ光るトキシラズの切り身たち。

 既にビジュアルが美味そう……。


「これを乗せるんだな?」

「ですです」


 で、それを乗せ、またイクラを中央にトッピングし……。


「そういや、バジルソースとかで食べても美味しかったかも」


 と呟いてしまえば。

 グリンッ!! と四人+姉貴の顔がこちらに向く。

 あの、怖い。

 いつもの二倍増しで怖い。


「そういや、回転寿司に炙りサーモンバジルチーズとかあったわね」

「聞いてるだけで美味そうな単語が……」

「丼っぽくない洋風の響きだけどね。でも、間違いなくご飯には合うはず」

「……聞くが、そのバジルソースというのは――」

「ごめんなさい用意してないです」


 ……あの、分かりやすく落ち込まないでもろて。

 ぎゃ、逆に異世界で再現したい料理が増えたという事で……。


「とりあえず二杯目の炙りトキシラズ丼だ」

「バジルソース……再現して頂きますわよ?」

「意地でも、な。その分俺たちも協力を惜しまないから」

「絶対美味いのにお預けなんぞ、我慢できるはず無いからの!!」


 ほぼひったくるようにラベンドラさんから丼を受け取った三人は、そう言いながら掻っ込むと。


「んおっ!?」

「香ばしさが……!!」

「身の食感も変わるぞ!!」

「散らされた大葉の香りがまたいいアクセントだ……」


 と、こちらも絶賛の構え。


「身がしっかりし、噛み応えがある感じじゃな!!」

「炙った事で多かった脂が表面に出てきた。その分身が締まったのだろうな」

「炙った事で追加された香ばしい香りが食欲をそそりますわね!!」

「火を通す、と言えばそれまでだが、こうして付加できる価値も存在する」

「さっきまで無かった大葉の香りが、前面に出てきた脂をサッパリとさせとる」

「この世界の香草の素晴らしい所だな。特に大葉は恐らく手に入る中でも上等なものだろう」


 ……教えた方がいいかな?

 束で百円とかで買えるって。

 いやまぁ、大葉の美味しさを認めてくれてるってことだろうけども。

 偉い人は言いました、大葉は合法ハーブの中でも特に香りがいい、と。


「やっぱ炙りが美味しいかなぁ」

「そう? 俺は炙りも普通のもどっちも好きだけど」


 姉貴もどうやら炙り丼が気に入ったらしく、さっきより箸が早く動いてる気がする。


「落ち着くために飲む味噌汁の味わいよ……」

「これはカケルの手作りだな。普段の味噌汁と味わいが違う」

「風味と奥深さ、広がりが全然違うわい」

「お茶の清々しい香りも、トキシラズの脂を飛ばすのに一役買っているな」


 と、味噌汁やお茶も喜んで貰えてるんだけど……。

 しまったなぁ。

 ガリ、用意しとけばよかった。

 もちろん、自分で作るわけじゃなく、市販の、だけども。


「さっきの生の丼と比べると、食べ応えを感じる丼だった」

「火が入る事でトキシラズの身の味も濃くなってたように感じましたわ」

「あれくらいの身の固さの方が、いくらと合わせた時に丁度いい感じじゃな」

「表面だけを炙って丼にする……なるほど」

「ローストビーフ丼とかもありますしね」

「ロースト……ビーフ」


 俺としては炙りに近いもの、という認識でローストビーフを挙げたんだけどさ。

 ラベンドラさんの反応はというと……。


「確かに……そんな発想も有りなのか……」


 と、盲点だった……みたいな反応でして。


「リリウム」

「はい?」

「先ほどの解呪の研究の件だが」

「はい」

「私も全面的に協力しよう。貴族に仕えていた時代のコネ、まだいくつか生きているものがあるはずだ」


 なんて、解呪の研究に本気を出すことを宣言。


「ダイアン辺りも引っ張ってきましょう」


 リリウムさんは笑顔で誰かを巻き込もうとしてるし、まだ見ぬダイアンさんとやら……南無。


「二杯目ながら飽きなどとは無縁に食えたのぅ」

「当たり前に味や歯ごたえに変化があり、大葉の追加で香りにも違いがあった。だからだろうな」

「カケルから頂いた三つのおにぎりを思い出しますわね。一つ目はタレと楽しみ、二つ目で薬味が入り、三つ目で出汁をかけていただいたアレを」


 ひつまぶしだね。

 確かに言われてみればこの丼の出し方は少しだけひつまぶしリスペクトかも。


「ちなみに次のお代わりに変化は?」

「もちろんありますよ」

「何!? さらなる変化が残っているじゃと!?」


 んな、目をかっ開か無くても……。

 次のトキシラズヅケ丼の美味しさ指数は53万です。

 ……そういえば姉貴は?

 妙に静かじゃない?


「……何してんの?」

「噛み締めてる」

「……なんで?」

「日本離れたら、米も大葉も食べられないから」


 ……なるほどな。

 というか、日本離れる前からホームシックなってないか?

 大丈夫?


「カケル、次のお代わりは?」

「ふっふっふ、最後はヅケ丼ですよ」


 ヅケ丼の単語に疑問符を浮かべてるみたいだけど、そりゃあそうだよね。

 刺身どころか生食してなかったんだもん。

 出汁醤油に漬けるとか発想は出て来なかろう。

 ……そういや、魚醤とかって無いんだろうか?


「ラベンドラさん」

「ん? なんだ?」


 聞こうとしたけど、今はいいや。

 だって、ラベンドラさん、早くヅケ丼食べたいのか、お目目キラッキラさせてみんなのお代わりをよそってるんだもん。

 この勢いを削ぐような事をするのは野暮ってもんよ。

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