第208話 閑話 最近話題の……
「ギルド新聞の取材をお受けいただきありがとうございます!!」
翔の家から自分たちの世界に戻り。
ダンジョンもクリアし、地上に戻ったところで、ギルド新聞の記者を名乗る人物から取材の申し込み。
なんでも、
「最近至る所で話題に上がる、新進気鋭のパーティに取材をさせていただきたいと思っておりまして!」
だそうで。
話題というのはどうあがいてもレシピや新たな調味料などの事だろうし、新進気鋭というほど冒険者としての歴は短くない。
だが、『夢幻泡影』はこの取材に二つ返事で応じた。
例え、冒険者ギルドと調理士ギルドが結託し、未公開のレシピを引き出そうと画策している、と看破していても。
「私達、今起床したばかりですの。食事を取りながらでもよろしくて?」
「あ、はい。全然大丈夫です。私の事は全然気にしないでください」
そう言ってわたわたと手を振り、自分の事は気にせずに、と言うこの記者は。
「早速、自己紹介から始めていきますね。ギルド新聞冒険者ギルド課取材隊長『カウダトゥス・アエロス』です!」
元気に自己紹介を終えると、テーブルの上に羊皮紙とペンを広げ、メモの準備を開始。
なお、現在四人と記者の居る場所は、記者の手配した宿屋の個室。
密会や要人同士の会議などに使われる場所であり、その使用料はそれなりに高価。
しかしそれも、周囲の目がない場所なら未公開レシピの一つや二つ、ポロっとお漏らししてくれないか? という、記者側の下心の現れなのだが。
「ところで、朝食は済ませたか?」
「……はい?」
しかし、何とかして情報を……と意気込んでいたアエロスは、一気にその勢いをそがれる言葉に思わず素で聞き返し。
「あ、いえ。移動とかもあって朝飯は抜きっすけど……」
これまた素直に返事をしたところ。
「なら、こちらだけ食べるのも忍びない。ご馳走しよう」
「ふぇぇっ!?」
願っても無い申し出に、思わず間抜けな声が飛び出てしまった。
「ラベンドラ!?」
「構わないだろう? 私たちはいつでも食べられるんだぞ?」
貴重な翔の食事を……とラベンドラに詰め寄りかけるマジャリスは、当のラベンドラに制止され。
そこからの言葉を聞いて、ラベンドラの真意に気付く。
この記者の記事により、さらに自分たちの立場を強力にするつもりなのだ、と。
こんな美味い食事を自分たちはいつでも取れるんだぞ、と。
記事を通し、あらゆる冒険者に、ギルド職員に、知らしめるつもりなのだ、と。
「このパーティの料理担当はお前だ。お前が決めたのならば異論はない」
その事を理解したマジャリスは、やや不機嫌ながらも椅子に座り。
アエロスに出される翔の持ち帰りご飯を名残惜しそうに見つめ……。
「ほい」
ガブロから回ってきた自分の分のご飯に視線を移す。
「食べる順番がある。まずはこれだ」
そう言って、アエロスに渡したのは、赤い付箋の貼られたアルミホイル。
それを剥がしていくと……、
「まさか……米っすか!?」
中には、かば焼きのタレがたっぷりと染み込んだおにぎりが入っており。
当然中には、ホワイトサーペントのかば焼きが包まれていたりする。
言うなれば、かば焼きおにぎり辺りだろうか。
「ふぇ~、メルファ葉で包むんすねぇ」
「断熱性がある。それはつまり、中の熱を逃がさないという事だ」
ちなみにアルミホイルを異世界に持ち込んで大丈夫なのか? という疑問はもちろん翔も抱いたのだが。
見た目が非常によく似た植物の葉があるとのことで、こうしておにぎりの包み紙として使用している。
……もちろん、それを聞いた時に、
「アルミホイルによく似た葉っぱってなんだよ」
とツッコミを入れたのは言うまでもない。
「あまり美味しくならないと農業ギルドがボヤいてるって、別の記者が言ってたみたいっすが?」
「食えば分かる」
「ふっくらもっちり、美味しい事を保証しますわよ?」
そう言われ、アエロスは恐る恐るおにぎりをパクリ。
……すると――、
「うま」
思わず一言。
そして、
「うめぇっす!! なんすかコレ!? ふっくらもっちりとした食感と、噛めば噛むほどあめぇっす!! このタレがまたご飯に染み込んで――って、中から何か出て来たっス!! なんすか!? 何の肉っすか!?」
「ホワイトサーペントだ」
「はへー、ホワイトサーペント……って、高級品すよ!? 自分、そんなお金払えないっすよ!?」
「ご馳走すると言っただろう? 金など取らん」
「そもそも困っとらんわい」
「ふ、太っ腹っすね……」
と、散々騒いだ後、改めてかば焼きおにぎりをパクリ。
「いやマジでうめぇっす! 自分の人生で一番美味い食べ物を軽々更新したっす!!」
などと叫びながら、ご機嫌に最初のおにぎりを完食。
「次はこれだ」
そのタイミングで、黄色い付箋の貼られたアルミホイルを手渡され。
「これは何か違うっすか?」
先ほどと同じようにアルミホイルを剥がして観察。
「なんか、色々追加されてるっす」
そう言って、早速パクリ。
すると……、
「むほっ!! なんすかコレ!! ピリッとした刺激が舌に来るし、香ばしい香りが鼻に抜けるっす!!」
一旦静かになったと思ったら、また騒ぎ始め。
「ふむ、薬味などが混ぜられているのか」
「ワサビの風味もありますわね」
「山椒も入っている」
「ゴマの風味が心地いい」
そんなアエロスをそっちのけで、現代知識が無いと意味不明であろう会話を始める『夢幻泡影』。
「この黒いのってなんすか?」
「それは海藻を集めて乾燥させたものだ。風味がいいのが特徴だな」
「そ、そんなのもあるんすね……」
質問すればするほど、新たな食材が出てくる『夢幻泡影』に、食べる手とメモを取る手が止まらないアエロスのもとに。
「これで最後だ」
と、付箋無しのアルミホイルが渡されて。
それを剥がせば、何の変哲もない最初に食べたおにぎりがコンニチワ。
流石にもう変化は無し、と安心したアエロスの耳に、
「皿を取ってくれ」
という言葉が届き。
不思議に思いながらも木製の皿を取ると、そこにおにぎりが乗せられて。
そこに、ラベンドラの水筒から、湯気が立ち上る出汁が注がれて。
「え? ちょっ!? 何してるんすか!!?」
全く馴染みのない光景に、アエロスが本日何度目か分からない困惑。
「こうして食べるのが正しい食べ方だ」
と言い放つラベンドラだが、もちろん全て翔の受け売りであるし、何ならラベンドラ達も初体験なわけで。
全員がウキウキとした感情で、ひつまぶし風おにぎりのシメ、ホワイトサーペントの出汁茶漬けをスプーンで掻き込むのだった。
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