第386話 晴れ時々……

 ……しまった。

 どうせなら煮込む時に蜂蜜も入れればよかった。

 肉を柔らかくする作用があるのに……。

 ――まぁ、そんなことしなくても柔らかいんですけどね、初見さん。

 でも、蜂蜜の甘さと醤油の塩味は普通に相性いいしなぁ……。

 トホホ……。


「しっかり煮込まれているようじゃな」


 煮込んだヒツジナゾニクと、それとは別に煮込んだ卵と侯爵芋。 

 ……そういやパンだったな、合わせるの。

 芋とか卵をガッツリ和風に味付けしちゃったや。

 ま、合うでしょ。

 ちなみに今回はバゲットじゃなくバタールを用意してみました。

 何が違うの? って思って調べたら、大きさとか太さらしいですわよ?

 あと、クープの数とかも違う場合があるらしい。

 ほへーって感じ。

 姉貴と行って菓子パンやら総菜パンを買ったお店で購入してきました。

 こういうシンプルなのはどうあがいてもパン屋さんのが美味い。


「焼き戻しますよね?」

「だな」

「ぜひ」


 との事なのでトースターに入れてしばし。

 その間に肉やらの味見をどうぞ。


「……フォークを当てただけでホロホロと崩れてくる」

「これほど丁寧に煮こまれたならば、確実に不味いはずが無い」

「普段はじっくり煮込む、なんてこと致しませんものね」

「時間がそれだけかかってしまうからな」


 お皿にあげたヒツジナゾニクの角煮? をフォークでツンツン。

 それだけで、肉の繊維がパラリと解けている様子は何というか……。

 どこかコンビーフ的な感じがするな。


「おぉ! 肉の繊維一本一本に味が染み込んでいるぞ!」

「舌と上あごで押すだけで勝手にほぐれていきますわ!」

「肉の繊維が程よく歯を受け止め、プツンと切れる。切れた後には肉汁と煮汁が溢れてくるな」

「ビール! ワイン! 酒ならばなんにでも合いそうじゃわい!!」


 と、一切れ口に入れた感想がこれです。

 美味そうに食うんだもんなぁ……。


「一緒に煮られたであろう香草の香りもいいな」

「肉の僅かな臭みを完璧に消している」

「醤油の香りと絶妙に違うベクトルで面白いですわね」

「じゃがしっかりマッチしておるぞい」


 香草の方にも言及してるし。

 ……本当なら、肉の香りとか、味付けとかを考慮してブーケガルニを作った方がいいんだろうな。

 ブーケガルニってアレね? 香草を束にしたやつ。

 フォンドヴォー作る時とかによく入れられる奴。

 え? 作った事無い? そっか……。


「しっかり味の浸みたタマゴが美味い」

「黄身の味が濃厚でこってり。口の中で肉と混ざるとまた旨味が産まれてくるな」

「白身もプリッとしていて、それでいてしっかりと味がしますわ!」

「侯爵芋を食うたか!? これヤバいぞい!?」


 リボーンフィンチの卵も好評ですと。

 ……ただ、未だに緑色の卵黄に慣れない。

 緑色の卵黄? ……矛盾が過ぎるな、相変わらず。


「口に入れた瞬間に!?」

「滑らかで、まるでスープのように!」


 侯爵芋の煮付けも成功のようだ。


「パンに塗って食べたら美味いだろうな」

「それじゃ!!」


 普段絶対に聞かない言葉だな。

 芋をパンに塗るって。

 と、ここで焼けたバタールのエントリーだ。


「香りが……」

「もうここまで漂ってくる……」


 トースターを開けたら一気に香る香ばしい小麦の香り。

 当然、この四人が反応しないはずもなく。


「かなり小麦の風味が強いな」

「上質な小麦粉を使っているのだろう」


 マジャリスさんとラベンドラさんが、食べる前にほぼゼロ距離で匂い嗅いでる。

 ……マジャリスさんが? 嘘だろ?

 あの食いしん坊なマジャリスさんが食べるよりも匂いを嗅ぐことを優先しただと……?


「明日は槍……いや、豚?」

「??」

「あ、独り言です」


 あっぶね。

 考えが口に出ちゃってたや。

 まぁ、大丈夫だろ。

 焼けたバタールに夢中だったし。


「しっかりとした食感と弾力があって美味しいですわ!」

「シンプルゆえに誤魔化しがきかんパンじゃろうに……」


 なお、こちらは既に食べているリリウムさんとガブロさんの反応になります。

 ……ちなみに日本のパン屋さんのバタールやらバゲットやらって、フランスの人から見てもレベル高いらしいよ?

 というか、日本のパン屋さんがレベル高いらしい。

 アメリカとかだと、そもそもパン専門店とか珍しいらしい。

 スーパーマーケットに併設されてるのが普通なんだってさ。


「肉との相性も最高……」

「言われた通りに侯爵芋を塗ってみたらこれはいくらでも入るぞ!?」

「卵とだって美味しく頂けますわ!」

「このパンなら何を塗ってもハズレにならないだろう」


 焼けたバタール片手に煮付けたちを食べる『夢幻泡影』の姿を見ながら、俺も食べましょうかね。

 ちなみにバタールは今も次を焼き続けていたりする。

 当然だよね? この四人がどれだけ食うんだって話よ。


「お、うっま」


 まずは肉。俺は最初からパンに乗せて一緒に食べますわよ。

 言ってた通り、フォークで簡単に崩れてパンに乗せるのも一苦労。

 それを一気に口に頬張れば……。

 クリスピーなパンの部分と肉とが口の中でバトル勃発。

 リリウムさんが言ってた、舌と上あごだけでほぐれる肉が、パンの固い部分とぶつかったらどうなるか。

 火を見るより明らかだよね?

 噛む度に、歯が触れていないのに肉がホロホロと崩れていって、スープをまき散らすんだ。

 一口でこの満足度ですよ。ヤバいね、ヒツジナゾニク。

 ……そして言ってなかったけど、またリボーンフィンチの卵の分身の速度が加速してるんだよね。

 今日の卵、一人一個用意出来たし。

 このまま加速すると、俺の家を拠点に卵の雪崩が……。


(あ、それわしが調整したからじゃぞい)


 ……神様? ご厚意はありがたいのですが……。

 次からはちゃんと一言くださいね?

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