第280話 パン屋スイーツ

「ほう、複数種類の果物が乗ったタルトか……」

「です、全種類人数分買って来てるんで、取り合いとかしないように」


 いやぁ、にしても……。

 六人分のパンだのタルトだの、会計の時に結構な値段になったけどさ。

 姉貴様様だね、そう考えると。

 ……本人渋い顔してカードで支払ってた気もするけど、きっと気のせい。


「コーヒーや紅茶のお代わりいります?」

「まずはタルトを食してからじゃな。合っていそうな方を頼みたい」

「俺はデザートワインを……」

「マジャリス? 私たちの世界でも飲めそうだからとこちらのデザートワインを控えようと言ったばかりではありませんの」


 何それ。

 そんな事言ってたんだ。

 ていうか向こうでも作れそうなんだ、デザートワイン。

 すげぇな、異世界。


「こちらのデザートワインで舌を肥えさせると、向こうのデザートワインを飲んだ時にガッカリしかねないぞ?」

「ただでさえ大会の時に思い知ったでしょう? こちらのソースの味に慣れ過ぎて、あちらの工夫を凝らしたソースたちがイマイチ物足りなかったのを」

「何食べても感動が薄かったからのぅ……。それだけこちらの飯が美味く、衝撃という事なのじゃが」

「ぐぬぬ……」


 あー……やっぱりあったんだ、そういうの。

 こちとら企業が頑張って開発してくれてるからねぇ。

 伝わってちょっとしか経ってない異世界でのソースに負けるはずが無いってのはまぁ……。

 日本人としてのプライドが許さんよね、と。


「あと、マヨネーズが欲しかった……」

「「それな!!」」


 マヨも無いよね。

 ……作り方はざっとはラベンドラさんが知ってるはずなんだけど、教えてないんだろうか?


「まぁ、優勝者への景品としてマヨネーズのレシピと公開権を譲渡したから、今後はマヨネーズも普及するとは思うが」

「あ、優勝賞品だったんですね」

「だからこそ、俺はマヨネーズに合う味の店に得点を入れたんだがな」


 話聞く限り、この人達ってこっちの世界で手に入れた情報を特に独占とかするつもり無さそうなんだよな。

 たこ焼き自体は前に屋台で振舞ったとか言ってたはずだし、恐らくソースも一部には公開してるでしょ?

 んで、今回はマヨネーズすら他人に教えているわけで……。

 こう、異世界に転生して成り上がり……みたいな作品だと、情報の独占で資金集めとか割とやってるイメージだけど。

 ……そんなのする必要が無いと言われたらそれはそう。


「で、カケル。このタルトはどれからいくのが正解じゃ?」

「正解とは?」

「食べたのだろう? であるならば、カケルの思う食べる順番とはどうなるかを聞きたい」


 ……いや、俺食べたの焼きりんごのタルトだけなんですけど……。

 と、俺が返答に困っていると、


「どれも美味しいよ?」


 姉貴の一言。

 その一言で、それもそうか、となったらしい四人は、各々思うタルトへと手を伸ばす。


「!!? 果実がまだ瑞々しい!?」


 桃のタルトを食べたラベンドラさんが驚きの表情。

 このタルトに乗せられたフルーツさ、薄く水あめが塗られているせいか、全然乾燥とかしてないんだよね。

 だから、噛んだ瞬間に果物の食感が残ってるし、果汁が溢れる感覚もある。

 その果汁とタルト生地が口の中で混ざったかと思えば、後から遅れてくるカスタードの甘さと風味。

 乗ってる果物も、甘いだけじゃない味わいなのがいいよね。

 桃はまぁ甘いけど、甘さが尾を引く感じじゃないし。

 焼きりんごはサッパリとした酸味を含んでいて、ブルーベリーも同様。

 三者三様の表情を見せつつ、そのどれもがフルーツタルトとして美味い。


「生地の香ばしさとバターの香りがしっかりしとるな!」

「カスタードやタルトに目が行きがちですけれど、この果物たちもしっかり美味しいですわよ!!」

「中身がカスタードで無くとも、クリームチーズとかでも合いそうだ」

「パンにもあったが、この何層も生地を重ねて焼く技法が単純に美味い!!」


 で、四人は大騒ぎっと。

 姉貴は?


「フルーツ系には紅茶が合う……」


 一人で紅茶淹れて落ち着いてるよ。

 まぁ、フレーバーティーなんて往々にしてあるし、ピーチティーもラフランスティーも割と耳にする部類だしね。

 合わないはずが無かろう。

 ……俺は最初ブルーベリータルトから。

 ――おっ! 美味い!!

 ブルーベリーの瑞々しさが凄いわ。皮を歯が突き破った瞬間に果実が飛び出してくるような感覚。

 その果実を噛むと溢れる果汁は甘酸っぱくて、これから押し寄せるカスタードの甘みに口を備えさせる。

 そしてカスタードの濃厚かつコクのあるクリームと、タルト生地のバターの香り。

 それらを口の中で混ぜ合わせてマリアージュし、飲み込んだ後に口に入れる紅茶の美味しさときたら。

 思わず、飲み込んだ後に大きく鼻から空気を抜いて、それまでの口内の空気を体内に循環させちゃうね。

 ため息が出る美味しさとはこの事よ。


「これ、少し果実が固いですけれど、その分歯ごたえがプラスされてとても美味しいですわ!!」


 リリウムさんが食べたのは焼きりんごか。

 美味しいよね。あの焼きりんごにしかない香りって言うか、こう……シナモン的なフレーバー?

 梨の実の固さと瑞々しさ。そして清涼感をも併せ持つあの果実。

 パイとかにしても絶対に美味い。


「むほほー!! 美味いもんじゃのー!!」


 ガブロさんは何食べたの?

 はいはい、桃のタルトね。


「甘いカスタードに果物の甘さが押しつぶされるかと思ったが、そんな事もなく見事に調和している」

「甘い一辺倒じゃないのがええんじゃないか? 香ばしさや酸味、時には苦みもあるじゃろ」

「確かに……。スイーツとは甘いもの、という観念を外れてみるべきかもしれない」


 えぇと……物凄く真面目な顔して二人話してますけど……。

 その、残ったタルト……狩人たちに狙われてますよ?

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