第73話 丁寧な仕事

 昼に出社したはいいものの、ほとんど業務的なのはせず。

 それぞれ従業員の安否確認だったり、家とかが雪で潰れなかったかとかの報告だったな。

 俺の家は大丈夫だったけど、俺以外だと車庫が雪で潰れてたって人がいたらしい。

 で、昨日一日と今日の午前を休んだことで緊急になったり、対応しなきゃいけなくなった案件の把握と報告。

 それを受けた上司からの、仕事の優先順位や割り振りを行いまして。

 ただ、雪の影響を受けているのは俺の居る会社だけじゃないわけで。

 翌日以降に対応する旨を連絡したら、先方も分かってるから大丈夫だと言って貰えましたわよ。

 これも日頃からの信頼関係の賜物である。

 ……築いてきたのは俺だけじゃあ無いんだけどさ。当然ながら。

 というわけで出社して、そう言った確認やら連絡を行ったら、日が暮れるとまた道が凍るかもという事で早めに帰らされた。

 従業員の身の安全を第一に考えてくれる素晴らしい会社過ぎる。



 で、買い物して帰宅したってわけ。

 夜は宣言通りにあんかけかに玉チャーハンにするんだけど、今日は早めに帰ってきた事と、そもそも出社も遅かったことからあんまり疲れてないし。

 いつもなら企業が出してるかに玉の素的なのを使うんだけど、今日は一から作っていきましょうという事で。

 下準備だけしておくわぞ~。

 ……ここ数日ラベンドラさんに調理工程をお見せ出来てないからな。

 口では言ってないけど、ひょっとしたら不満を溜めているかもしれないし。

 時間が掛かる工程も無いから、そろそろ見せとかないとという事で。

 まずはカニミタイナカタマリを切り出しまして、ほぐす前に軽く蒸していこうかと。

 帰宅した後にまだ明るかったから、ビーフジャーキー持って徳さん所に行ったんだよね。

 そしたらさ、


「おう! これを持ってけ!」


 って日本酒を手渡されたのよ。

 ラベルも何もなく、ただ一升瓶に入れられた日本酒。

 聞けば、徳さんが卸した米で作られた徳さん専用のお酒だそうで。

 俺はそこまで日本酒が好きじゃないから、ありがたく料理で使わせていただくことにした。

 というわけで、徳さんから貰った日本酒で酒蒸しにしますわぞ~。

 それにしても、カニなんて高級な食材を、こうして見たことないサイズで貰えるのは大変ありがたい。

 ……思わず調べたもんね。どんな料理があるか。

 いや、だってさ? 庶民からすりゃ下手すりゃ一年とか余裕で口にしないじゃん? カニって。

 当然料理のレパートリーの中に無くてさ。

 で、調べた結果、作りたいのがいくつかあったから、明日以降はそれを作っていく所存。

 まずはあんかけかに玉チャーハンだけどね。


「じゃあ、今のうちに材料を切りましてっと」


 蒸している間に、かに玉とチャーハンに入れる食材を切っていく。

 かに玉用にシイタケとネギに生姜。

 チャーハン用に、ネギとかまぼこ。

 それぞれ細かく切っていきます~。

 そしたら甘酢あんの準備。

 水に砂糖、塩、酢、醤油、と、料理のさしすせそのそ以外をぶち込みまして。

 味覇もちょびっと。

 そしたらそいつを火にかけて、片栗粉を少量加えてとろみを付けたらはい完成。

 丁度蒸し加減もいいみたいなので、カニミタイナカタマリを取り出し。

 少し冷ましてから身をほぐして、かに玉用とチャーハン用に上手に折半。

 はい、下ごしらえ終わり。

 あとは四人が来るのを待つばかり。

 それにしても……。


「うめ。うめ」


 カニってのは魔力だね。

 ほんの少し味見のつもりだったのに、気が付けば三分の一くらい食べてたよ。

 ……追加で蒸しました。はい。反省してます。



「本当に買うのか?」

「無論だ。その為に来たのだ」


 漁港の町。

 リリウム達は、あるモンスターが水揚げされたという噂を聞き、その町を訪れていた。

 もちろん、目的は素材の買い付け。

 全ては、翔に美味しく調理してもらう為なのだが……。


「しかし、既に王族や貴族、有力冒険者からも購入の声が上がっている。先に来たとはいえ、あんたらに売るのも……」


 当然、その噂を聞きつけた他の者も購入は希望しており。

 転移魔法という、移動において最速な手段で訪れた四人には、漁師は売り渋りをしている状況。

 ――だが、


「殻を売れとは言いませんわ。私たちが欲するのは身ですもの」

「そうじゃ。何ならここでワシが身と殻を解体するか? ちょっとは解体に覚えがあるぞい?」


 冒険者や王族貴族が欲しがっているのは、武器や防具として重宝される殻。

 対して、リリウム達は食欲優先で身の方を欲しがっており。


「一応、名前を聞いてもいいか?」


 ましてや、解体という、ギルドや冒険者に頼めば金を支払わなければならない行為を請け負うというのは、漁師にしてみれば美味しい話。


「ガブロ。グラナイト・ガブロじゃ」


 そして、解体を申し出たガブロの名前を聞いて、少し考え。


「分かった。解体を請け負ってくれるなら、身のみという条件であんたらに売ろう。ただし、解体したあんたの名前は殻を購入する奴らには伝えるし、何かそこで解体の不備が見つかれば、冒険者ギルドに報告させてもらうぞ?」

「構わんぞい」

「交渉成立ですわね。それでは――」


 交渉がまとまり、リリウムやラベンドラが金額や買う量について話し合う中。


「久しぶりのサブマリンクラブじゃからな。腕が鳴るわい」

「手伝おう。何か指示があれば言ってくれ」


 ガブロとマジャリスは、口一杯に涎を溜めながら、サブマリンクラブの解体を始めるのだった。

 ――その後、殻を求めてきた冒険者たちに、解体したガブロの名前を出した瞬間。

 オークション形式に殻の購入が殺到し、漁師は困惑するのだが、それはまた別の話である。


───────


サブマリンクラブ:一定以上に成長すると海底に潜み、獲物を強襲して捕食するカニのモンスター。

身の入りや甲羅の固さは捕食するモンスターに左右されるが、海底に潜むほどのサイズに成長した個体ならば、かなりの質が保証されている。

盾や鎧のほか、様々な武器にも用いられ、軽い事からかなり人気の高い素材である。

半面、火に耐性を持つので加工が難しく、限られた職人にしか加工が行えない。

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