第285話 はよ手元に来んかのぅ……
んー……仮眠を終えて起きたはいいけど、中途半端な時間眠っちゃったからか頭痛がするな。
……流石に二日酔い――二時間酔いはないだろうし。
とりあえず水分補給しよ。
アルコールの分解には糖と水分を大量に使うっていうし、それで分解出来なかったら二日酔いになるって聞く。
だからシメにラーメンとか炭水化物を食べたくなるし、酔った時に水飲めって言われる。
「おはよ」
「はよ」
んで姉貴は飽きずに宝石とにらめっこちゅうか。
今は……色的にエメラルドでも整理してるんかね。
「炙りとヅケは作るけど、他に何かやりたいことは?」
「ない。あ、イクラの醤油漬け届いたよ」
冷蔵庫を指差されたので確認すると、冷蔵庫の中に瓶詰されたイクラたちがズラッと八個。
なんで中途半端な数なんでせうか?
ラベンドラさん達と俺たちで合わせて六人だよね?
仲良く喧嘩しろと? 負けるが?
「一人一瓶使うとして、残った二瓶はどうする気?」
「任せる。複数個のセット買ったらその数のしかなかったのよ」
任せる言われたって……
今後作る予定のマリネに散らすとか、お持ち帰り用のおにぎりの具にするとか……。
結構使い道あるな? 姉貴グッジョブ。
「んじゃあご飯の用意してるから」
「あいあい」
というわけで、まずは絶対に忘れないようにご飯を炊く。
米研いで~、水入れて~、スイッチ押して~、ハイ終わり。
次! ヅケダレの作成。
お鍋に水と某動画投稿者監修の出汁パックを入れまして出汁を取り。
出汁が取れたら出汁パックを救出。
そこにみりんと酒、醤油を加えてひと煮たち。
そしたら火から降ろして粗熱を取り、その間にトキシラズをスライスしていく。
なんせ六人分だし、一人いくつとか考えずにとにかく切る。
ひたすら斬る。キル。
まな板が寿司ネタサイズのトキシラズで埋まったら、そこから一部をバットに広げ、粗熱が取れたヅケダレを流し込みまして。
身が浸るまで入れたら準備完了。
このまま五分ほど漬け込んだらヅケの完成ですわ。
「姉貴ー」
「んー?」
「みそ汁要るー?」
「翔の心が日本人なら要るー」
どんな言い方だよ。
俺は生粋の生まれも育ちも日本人ですが?
まぁ、あんなこと言われたら作るか。
んーと、マンドラゴラマンドラゴラ。
今日は大根と人参のお味噌汁にしよう。
お湯を沸かし、いちょう切りにしたマンドラゴラたちが柔らかくなるまで茹でまして。
そこに出汁入り味噌を溶かして完成。
早いね。
「後は四人が来るのを待つだけだな」
「もう準備できたの?」
「ほぼ切るだけだしね」
漬け込んだヅケ達を別のバットに引き上げつつ、もはや待つだけだと宣言すれば。
宝石の整理が終わったらしい姉貴が、顔を上げて伸び。
「翔ー」
「んー?」
「肩揉んで」
「お客さん、そういうお店じゃないんで」
「オプション料払うからさ」
「そういうお店じゃないんで」
この面倒くさい姉貴の相手をしながら、四人が来るのを待つのだった。
*
ギルド新聞冒険者ギルド課特別顧問、アエロス。
異例の速度で出世を果たす彼には、ギルド新聞で働く誰もが手の届かなかった『夢幻泡影』が有するレシピが流れてくる。
そんな噂が如実に広まり、もはやギルド新聞だけでなく、様々なギルドが彼を尋ねて遠方から会いに来ており。
「だーかーらー! 自分はレシピの記されたメモを受け取って、それをそちらに伝えただけっす!!」
「そのレシピの内容があり得んような代物だからどこからの情報だと聞いておるんじゃろうが!!」
「そんなの自分が知るわけ無いっす!! 『夢幻泡影』に直接聞いて欲しいっすよ!」
「『夢幻泡影』が唯一会うのがお主じゃろうが!! どうやって連絡を取っとる!? 吐け!!」
「いつも一方的に向こうから呼び出されるっす!! というか、頭に直接語り掛けてくるっすからそれが出来る魔術師に頼めっすよ!!」
「魔術師ギルドを当たってもそんな魔法は存在しないの一点張りじゃ!!」
「じゃあ自分には分からねぇっすよ!!」
現在、酒造ギルドにもたらされた新たなワインの製法。
いわゆる貴腐ワインとアイスワインと呼ばれるワインの作り方について、酒造ギルドのギルドマスターが直々にアエロスと話に来ており。
その内容は、当然レシピの出処。
『夢幻泡影』からレシピを渡されただけのアエロスに、酒造ギルドのマスターに渡せる情報などあるわけもなく。
かと言って、『夢幻泡影』の情報を渡すのは、情報を扱うジャーナリストとして言語道断。
……もっとも、彼の先の発言は一切の嘘が無い本当の事であるが。
「複数回も取材しとるお主がそんなわけないじゃろ!!」
それを信じられないのも、仕方がない。
何せ、今まで様々なギルドの職員が『夢幻泡影』を探し回ったが、コンタクト出来たのはただの一人もおらず。
途方に暮れていると、『夢幻泡影』から受け取ったレシピを掲載するギルド新聞が目に入る、と言ったことが何度も行われているのだ。
信じられない、というよりは、信じたくない、という方が近いが。
「もうぶっちゃけどう思われても自分、いいっすけど、その製法でワインは出来そうっすか?」
「む、出来る出来ないで言えば出来るであろう」
「そっすか」
「ただ……最初の一本は新たなワインとして神に献上しなければならんし、二本目は王への献上じゃろう」
「まぁ、そうっすよね」
「製法的に大量生産は難しそうであるし……かなり高級な貴族用のワインになる様な気がするな」
などと会話している二人は知る由もない。
そんな会話が行われている事を知りつつ、自分の元に献上されるのはいつだと、デザートワインを心待ちにしている神様の存在など。
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