第85話 閑話 ダンジョン内の食事事情(提供翔)
「……とてもいい匂い」
『ヴァルキリー』の調理士、ヘスティア。
パーティ内で一番の小柄であり、舐められることも多いのだが。
実は獣人であり、兜や鎧に隠した獣耳尻尾はあらゆる機微を感じ取り。
その優れた五感で、パーティを幾度となく救っている。
――もっとも、現在その五感のほとんどはラベンドラの持つ鍋へと向けられているが。
「ミノタウロスのビーフシチューだ」
そう言って、翔から貰ったコンビーフ作成で生じた煮汁にルゥを入れ。
ちまちまと煮詰めていたシチューを木の皿に取り分け。
「確かに、とてもいい香りですわね」
「腹が減るわい」
「……これは、あの料理人のものだよな?」
待ってましたと座り、皿を受け取るリリウム一行。
「そうだ。譲り受けたものを煮込んでいたんだ。その方が美味しくなると言っていた」
マジャリスの質問にそう返しつつ、『ヴァルキリー』の面々へもシチューを配る。
「それにしても、展開だけで解除まで維持される結界とは……。とても高位な魔法を使えるんですね」
そのシチューを受け取った『ヴァルキリー』の結界士レトは、結界を展開しているリリウムへ一言。
結界士として、興味深いと尋ねてみると。
「そうですわね……。もう少し、詠唱に解釈が必要ですわ。詠唱は何も、魔法を使うために必要な言葉、というだけではありませんのよ?」
「なんで詠唱をすると魔法が使えるのか、この因果関係をよく考える事だ」
「あまりヒントを出し過ぎるな。自分で辿り着かなければ意味がない」
エルフ三人に、口々にそう言われ。
「は、はい! 精進します!!」
レトはかしこまり、座ったままで背筋をビシッと伸ばし。
敬礼かと疑うような姿勢の良さで、ビーフシチューを一口。
「ふわぁ……。凄く美味しいですね」
途端に姿勢は緩み、表情も緩んだレトは。
「ヘスティア、パンを頂けますか?」
「待って、どうせみんなねだると思って今焼いてる途中」
同じくシチューを口にし、この後を想像して動いているヘスティアに声を掛ける。
それを追って、
「うんめー!! なんだこのシチュー!? 今まで食べてたのとレベルがちげーぞ!?」
『ヴァルキリー』の解体士、アタランテが声を張り上げながら、感想を叫ぶ。
「アタランテったら。食事中に大声を出すのは下品ですよ? ……あ、美味し」
と、そんなアタランテに注意しながらも、自分もすぐに感想が零れたのを、慌てて手で押さえるは『ヴァルキリー』の地図士のネモシュ。
ハーフリンクの彼女は、その体を揺らしながら、ビーフシチューを堪能。
なお、ネモシュはハーフリンクの中では大柄の部類であり、事実として『ヴァルキリー』の中ではヘスティアよりも身長が高かったりする。
ちなみに、『ヴァルキリー』のリーダーであるタラサは、ビーフシチューを一口食べた瞬間から目を瞑り、何度も無言で頷いていたりいなかったり。
「大好評じゃな」
「あいつの料理だぞ? 好評じゃないわけがない」
「私たちもいただきましょう」
「おかわりはあるが多くはない。ある程度均等な量になる様、制限させてもらうぞ」
そんな『ヴァルキリー』の様子を見ながら、普段は翔の立ち位置を楽しんだ四人も、初めてのビーフシチューをパクリ。
…………。
「美味いな」
「濃厚な味わいに風味。それからコクもある」
「舌の上に乗った瞬間から口一杯にいくつもの味が広がっていきますわ」
「パンに……というか、この味なら何にでも合うだろ」
と言いながら、こちらは焼き戻さずにそのままパンにかぶりつく。
「……各種
「味は覚えたか!? 再現は!?」
「アタランテ? はしたないですよ?」
「任せる。近いうちに再現して見せよー」
「へへー!! ヘスティア様! ヘスティア様!!」
「あがめろー。たたえろー」
何やら賑やかになっているが、それを咎めたり、止めようとはタラサはしない様子。
騒いでいるヘスティアとアタランテ以外も、いつもの事、と呆れはすれど止めはせず。
結局、ビーフシチューを一人三杯。パンを結構量消費するまで、その騒ぎは続いた。
*
「よし。今日中にこのエリアを降りるぞ」
食事を終え、少し休憩を取り。
タラサが声を掛けて立ち上がると。
「がってん」
「あいよ」
「美味しいご飯ですっかり元気です!」
「油断せずに行きましょう」
他の四人も、それに連動して立ち上がり。
「私たちも、続きますわよ」
それに続けと、リリウム達も立ち上がる。
「今のところ世話になりっぱなしだ。そろそろ、私たちも活躍しなければ示しがつかん」
「って言ってもなー。当たり前にオレらより強いぜ?」
「だからと言っておんぶにだっこでいいわけがありません」
「……Sランクの矜持がある」
「沽券にも関わります」
そんなリリウム達の前で、ひっそりと気合を入れる『ヴァルキリー』達。
……ただ、
「……それはそれとして、今日の夜ご飯はさっきのご飯でパンを消費し過ぎたから、控えめな量になることは留意しといて欲しい」
「……だろうな」
「うげっ。調子に乗って食い過ぎたかー」
「まぁ、美味しかったのでしょうがないですね」
「うう……」
ヘスティアの一言で、リリウム達にバレない程度に、『ヴァルキリー』のテンションは落ちた。
もっとも、その程度で調子を落とす『ヴァルキリー』でもなければ、実力でもない。
その後も、ダンジョンの攻略については特に問題なく進み。
当初の目的である稲の発見、それ以外は極めて順調である。
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