第84話 閑話 ダンジョン内の食事事情(提供ラベンドラ)

「ふぅ。進捗的にもこの辺でお昼にしよう」


 周囲を見渡し、そう言ったのはSランクパーティ『ヴァルキリー』のリーダー、タラサ。

 兜を脱ぎ、燃えるような赤い髪を解放した彼女は髪をかき上げながら。


「ここらへの結界を頼む」


 そう、後ろをついてくるメンバーへと伝えると。


「任せてください」


 一人のメンバーが前に出て、杖を構えて呪文詠唱。

 わずかの時間の後、


「完了しました」

「お疲れ、レト。そのまま維持を頼む」


 仕事を終えたことを告げ、杖を地面に突き立てて座る。

 そこへ、


「にしても、そこまでお願いしてよろしかったのですか?」


 リリウムが声を掛け。


「俺たちだって自前の結界くらいは張れるんだが……」


 やや不満なのか、マジャリスが唇を尖らせながら言ったりするが。


「そっちは食事の提供。私たちは安全の確保。ギブアンドテイク」


 一番小さなシルエット、『ヴァルキリー』メンバーのヘスティアがそう言いながらラベンドラに近づいて。


「今日のメニューは?」


 調理士として、かつては貴族に仕えていたラベンドラがどんな料理を作るのか気になる様子。


「先ほど仕留めたバジリコックを使う。……ガブロ、解体を」

「任せろ!」


 ディメンジョンバッグから取り出されたバジリコックは、ラベンドラの手からガブロへと投げ渡され。

 受け取ったガブロは、マジャリスとリリウムへ、


「湯を頼む。目一杯熱する必要はないぞい」


 と注文。

 黙って頷いた二人は、まず水を魔法で生成し。

 それをリリウムが浮かせ、その中にマジャリスがファイヤーボールをぶち込んで。

 即席で熱湯を準備する。


「そいじゃあこの中にまずは三十秒」


 そうして出来たお湯の中に、自分の腕ごとバジリコックをぶち込むガブロ。

 しっかり三十秒数えて取り出すと……。


「羽根をむしって……うん?」


 解体に入ると、寄ってくる人影を察知。


「その……勉強させてくれよ。解体神書の技をさ」


 『ヴァルキリー』所属、解体士、アタランテ。

 最上位に居るパーティの解体士として多数の実績や書籍を持つ彼女でも、ガブロの腕には興味があるらしい。


「別に何か特別な事をするわけじゃないぞい」

「いいさ。オレが見ていたいだけなんだから」


 そうして食事の為の解体が進んでいく中、


「さっきの道はもう少し細かったな。そう、それくらいでいい」


 別の場所では、熱湯を作り終えたマジャリスが、『ヴァルキリー』の地図士、ネモシュに地図の添削中。


「目印は見落とさず正確に描けているが、まだ道などに改善の余地がある」

「はい! 精進します!!」


 目を輝かせ、マジャリスの言われたことをメモするネモシュを見ながら。


「それにしても、よくここまでのメンバーを揃えたものだ」

「ふふ、結構張り切って集めましたもの」


 お互いのリーダーが、お茶をしながら話し中。

 なお、お茶の提供は『ヴァルキリー』からである。


「私たちも精鋭を集めたつもりだったが、やはり上には上が居るものだ」

「ふふ。文字通り年季が違いますもの。まぁ、そう言われてましても、私たちから見てもあなた方は最上位に位置していると思いますわよ?」


 こういった場面によくある腹の探り合い……ではなく、純粋な感想。

 リリウムの目から見ても、『ヴァルキリー』のメンバーの実力は疑う余地がない。

 戦闘においても、冒険という行為に必要な仕事においても。


「本来なら低ランクのやつが何を偉そうに、とか言うような場面なのだが……アレを見せられてはな」


 呆れたように肩を竦め、小さく息を吐くタラサは。

 今の階層に至るまでの道中の戦闘を思い出す。

 もっとも、戦闘をしていたのはほとんどがリリウム達だったが。


「我々よりも早く敵を察知し、気付いた時には戦闘が終わっていた。しかも、最低限のダメージ、傷を負わせただけで。あそこまでの手際は私達でも難しい」


 過剰な攻撃による素材の損傷を防ぎつつ、それでいてスピーディな戦闘には『ヴァルキリー』も舌を巻くばかり。

 元々、食材系の知識をあてにしてリリウム達を誘ったというのに、今のところ彼女たちを働かせっぱなしなのである。

 しかも、


「バジリコックの解体、終わったぞい」

「胸肉を寄越せ。あともも肉もだ」

「はっえー。どんな精度だよ全く……」


 戦闘だけに留まらず、解体でも、


「バジリコックの肉を塩で焼き、ホラーダのジャムをソースに使う」

「肉にジャム? 合う?」

「合わない組み合わせは出さん」

「む、それもそう」


 調理にしても、『ヴァルキリー』の方が学ぶことが多い始末。

 だからこそ、タラサは口にしたのだ。

 よくここまで揃えたな、と。


「焼く時は皮からだ。やや強火で、出てきた脂は必ず捨てる」

「脂は、捨てる」

「皮がパリッとなったら裏返し、焼いている間に塩を振る」

「皮は……パリッと」

「焼きあがったらパンを割ってバターを塗り、マンドラゴラの頭葉を数枚乗せて、ホラーダのジャム、肉の順番で乗せてパンで挟む。この時、塩を振った皮目をジャム側に乗せるなよ?」

「塩と、ジャムは逆」


 ラベンドラの調理を、聞いていたネモシュは、


「そら、出来たぞ」


 バジリコックバーガー、ホラーダジャム乗せを最初に食べる権利を獲得し。

 急いでメモをしまうと、両手でしっかりとコカトリスバーガーを掴み……。


「あむ」


 大きく口を開けて、一口。

 他のメンバーが生唾を飲んで見守る中……。


「バジリコック……ジューシィ。――む、ジャムの程よい酸味、グッド」


 味を確かめ、感想を呟きながら。


「総評、とても美味しい。グッ」


 ラベンドラにサムズアップ。

 そのサムズアップにサムズアップを返したラベンドラは。


「どんどん出来るぞ、今のうちに食べる順番を決めておけ」


 喧嘩になりかねないと思い、そう口にすると。

 まだ食べていない面子の中で、調理中のラベンドラと結界維持中のレトを除いた全員が集まり、コイントス大会へ。

 そんな様子を見て苦笑しながら。

 ラベンドラは一人黙々と調理を続けるのだった。

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