第174話 満足天ぷら
「リリウム! お前ばかり『――』を食べるな!! 我々にも寄越せ!!」
「いーやーでーすーわ!! これは私が食べてしまいますの!!」
「大葉の天ぷらが思いのほか美味い。この鼻に抜ける風味が最高だ」
「柚子胡椒で食う『――』の肉は美味いの~」
四人の熱量というか、勢いが凄い。
リリウムさんはずっとエビダトオモワレルモノの天ぷらを食べてるんだけど、誰かが食べようとすると転移で手元に引き寄せてるんだよね。
それだけ気に入ったんだ、と思う反面、少しくらいは分け合いなよ、とは思う。
ちなみに今取り合ってるのはマジャリスさんと。
ラベンドラさんは肉よりも野菜の天ぷらの方に興味津々らしく、今は大葉を揚げては食い、揚げては食い、としてる。
で、やっぱり二人を気にしてないガブロさんは、肉系を柚子胡椒や抹茶塩で食べてるね。
……そうだ。
「ガブロさん、この世界で飲まれてる酒の飲み方を教えますよ」
「む! 興味深いわい!」
というわけでガブロさんに一つ、現代の酒の飲み方を伝授。
まずはキンッキンに冷えたグラスと、キンッキンに冷えた日本酒を用意。
グラスに日本酒を注ぎ、そこにキンッキンに冷えたソーダ水を静かに注ぎまして。
炭酸が飛ばないよう、くるりと混ぜて完成。
日本酒のソーダ割にござい。
「酒を薄めるんか?」
「まぁまぁ、物は試しという事で」
ドワーフ的に酒を割る、という行為が気になったようだけど、そこはスルーして貰い。
半信半疑に口を付けたガブロさんは……。
「ゴッ! ゴッ! ゴッ! プハーッ!! なんちゅう喉越しじゃ!!」
堕ちたな。
一回でグラスの半分ほども飲み干したあと、目を丸くして俺の方を見てきた。
「酒の風味は丸くなり、弾ける感覚が飲み口を軽く、スッキリさせとる! これは革命的な飲み方じゃぞ!?」
あ、はい。
そんな興奮するとは思わなかったです。
なのであの……顔、近い……。
「わしらドワーフは、酒はストレートで飲むのが拘りじゃった。じゃが、この飲み方なら、その拘りを捨てる価値があるわい」
おいおい大丈夫か?
なんか、急に話が大きくなってないか?
「おい! カケル! お前からもリリウムに言ってくれ!! あいつ『――』を独占してるんだ!!」
なんてガブロさんに言われてたら、とうとうエビダトオモワレルモノを食べられない事に痺れを切らしたマジャリスさんが俺に助けを求めて来て。
「リリウムさん、こっちも美味しいですよ?」
けれども俺は、リリウムさんからエビダトオモワレルモノを奪うわけではなく、舞茸の天ぷらを差し出して。
「まぁ! 試してみますわ! ……つけるのはてんつゆですの?」
「おすすめは塩ですかね。抹茶塩も美味いです」
それを素直に受け取ったリリウムさんは、抹茶塩にチョンチョンと付け、パクリ。
「この食材の香りが華やかで、しっかりとしたうま味が衣の中から出てくる感じが素晴らしいですわ!! そこから香る、お茶の風味もたまりませんの!!」
という感想中に、意識が離れたエビダトオモワレルモノの山を奪取。
マジャリスさんにアイコンタクトし、俺の分と合わせて二本を衣をつけて油の中に沈めていく。
「濃さはこれくらいがいいわい」
「ガブロ、肉ばかりでなく野菜もどうだ? 驚くほどに美味いぞ」
「ふむ。食ってみるか」
ガブロさんの面倒はラベンドラさんが見てくれてるし、あっちは気にしないで良さそうだな。
……俺も人参の天ぷら食べたい。
「『――』の笠も美味しいですわね。やはり揚げ物は全てを美味しくする調理法なのですわ!!」
「揚げる事で固くなっちゃう食材もありますけどね」
カイルイフシギキノコの笠の部分――つまりは現代で言う牡蠣の天ぷらを食べたリリウムさんの一言には大体同意。
ただ、俺は知っている。
とち狂って納豆の天ぷらを作った時の事だ。
……匂いがね。とても凄くなっちゃった。
俺が初めて揚げ物に裏切られた瞬間だった。
ちなみに裏切られた二回目は春雨を油で揚げた時。
パリパリになるかと思ったら、油吸ってギトギトになっててうっぷ……って。
辞めよう。美味しいもの食べてる時に、失敗した料理の話は。
「柄の部分が美味い。シンプルな塩で食うと、ホクホクとした食感とうま味が絶妙なバランスになる」
ラベンドラさんの一押しはカイルイフシギキノコの柄――つまりはホタテ天か。
美味しいよね。海鮮天丼に乗ってると嬉しい食材NO1(俺調べ)だもん。
「私はこっちも捨てがたいのですけど……やはりこっちですわね」
リリウムさんが最終的に選んだのは、やっぱりエビダトオモワレルモノ。
ただ、寸前までシロミザカナモドキと悩んでらしたんよね。
シロミザカナモドキも美味い。滅茶苦茶美味い。
悩むの分かるわ。
「わしゃあこれじゃな! 何より酒に合うわい!!」
ガブロさんのフェイバリットはトリッポイオニク。
確か、カエルの魔物の肉だったんだよな……。
でも、あのシャキシャキの食感は地鶏に近いし、間違いなく美味い。
ちなみに、気が付いたら柚子胡椒が半分以上減ってたのには驚いた。
どれだけ気に入ったんだ、と。
「俺は……迷う。迷うが――これだ!」
で、マジャリスさんが気に入ったのは野菜たち。
茄子、レンコン、舞茸、カボチャ。
みんな一つずつ挙げてたのに、マジャリスさんだけ四つも挙げてた。
「マジャリス……流石にそれは……」
「美味いのは分かるがのぅ」
「でも、本当に美味しいですわよね。どれが一番なんて、とても迷うほどに」
「いいだろう別に。そもそも、一つだけを挙げなければならない、なんてルールはない」
それ言うと、別にお気に入りを挙げる必要もないんですけどね。
「この世界に来て、カケルの料理を食べて気が付いたが、野菜は美味い。特にこの料理は、野菜の風味や味を殺して調理するのではなく、その良さを引き出す調理法だ」
お、なんか語り出したぞ? 聞いてみるか。
「味付けはシンプルな塩もいいが、天つゆがよく合う。カボチャはホクホクで甘みが強く、茄子はうま味が濃い。レンコンの食感は珍しく、アクセントに丁度良かったし、舞茸に至っては全部美味い」
ちなみにこれを聞いてる他四人は後方腕組み頷きBOTになってる。
別に変な事言ってないしね。
「明確に野菜の美味さに気付かされた、という点で、俺はこの野菜たちを推す」
「いいんじゃありません? 少なくとも、元の世界でこの質の野菜を揃えるのは骨が折れそうですわよ?」
「そう思えば一番この料理を楽しんどると言えるかもしれんのう」
「野菜に対する考えも私たちと違うように感じる。必要な栄養を補うために摂取する我々と違い、この世界では美味しいから食べているのだろう?」
「必要な栄養を補うため、でもありますけどね。でも、それはそれとして美味しい方がいいじゃないですか」
「間違いない」
実際、俺も野菜を摂らなきゃとは思うけど、何をどれくらいとか知らないし。
何なら、サラダ食っとけばいいでしょ、位にしか思ってないしな。
「ふぅ……とても美味しかったですわ」
「満足も満足じゃわい」
「素晴らしい食事だった」
「それで? ……カケル、この後なのだが」
そんなこんなで天ぷらは完食。
ご飯もみそ汁も、天ぷらのネタも全部綺麗に無くなって。
じゃあ次は? とマジャリスさんが期待に満ちた目で訴えてくる。
デザートは……あるよな? と。
「デザート持ってきますね」
その一言で、ハイタッチを始める四人を見ながら。
俺は、冷蔵庫から固まったアイスクリームを取り出すのだった。
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