第6話 即興豚の角煮サンド

 おかわりは無いとは言ったけど、正確には米がない。

 いや、まさか今日も四人が来るとは思わなかったし、そんな余分に炊いてないよ。

 というわけで俺が食べ終わるまで待ってもらい、角煮だけでも出そうと思い。

 ふと、とあるものが目についた。

 それは、何の変哲もない食パン。

 そういや食べなきゃな~と思ってスルー――しかけ。

 これ、いけるのでは? と、脳内のレシピに閃きが走る。


「さっきのとは違いますけど、それでもいいなら出せる料理がありますよ?」


 一応、断らないだろうことを想像しながら四人に尋ねてみると、案の定、


「いただきますわ」

「当然貰う」

「むしろ違う方がいい。俺のレシピに加えられる」

「何でもええぞい!」


 だってさ。

 あと、さっきからラベンドラさんは料理できる風な事言ってるね。

 多分、このパーティの料理人なのかな?


「じゃあ、少しだけ待っててください」


 と断わり、取り出したるは秘密のお薬――なんてものではなくごくごく普通の包丁。

 まずは食パンの耳を奇麗に切り落としまして~。

 パンの上にサニーレタス、その上に角煮を乗せていく。

 そして、もう一枚のパンに薄っすらとからしを塗り、二枚のパンでサンド!!

 角煮サンドとかもう外れようがなくない!? 絶対にうまいやつでしょこれ。

 というわけで四人分角煮サンドを作り、ついでに飲み物のおかわりも注ぐ。


「どうぞ」


 と、四人の前に角煮サンドを置けば、


「今度はパンで挟んでいるのですね」


 リリウムさんが真っ先に反応し。


「真っ白なパンだ。ここまで白いのも珍しい。きっと、上質な小麦を使っているのだろう」


 なんて感想を漏らすマジャリスさんだけど、ごめんなさい。

 スーパーで150円くらいで買える食パンなんですそれ。

 ふわふわで美味しいからお気に入りなんです。


「かなり柔らかいな。手に吸いつくようだ」


 ラベンドラさんは持ち上げてパンの感触を楽しんでる様子。

 こう言われると、もしかして日本のパンってレベル高い?

 そういや、海外からの旅行者とかが町のパン屋さんとかで買ったパンの美味しさに驚く動画とかあるよな。

 それを踏まえると、こうしてパンメーカーが出してるパンもクオリティは高いんだろうな。

 俺は日本以外を知らないから判断つかないけど。


「我慢出来んから食うぞい」


 なお、三人の様に感心したり、驚いたり、観察したりといった行為はガブロさんは持ち合わせていないようです。

 まぁ、いいんだけどね?

 食べてもらう為に作ったわけであるし。


「おっほ。こりゃあ美味いわい」


 おっほってあんた。

 いや、美味しいのは伝わってくるんだけどさ。


「っ!? パンはしっとりふわふわで、そこに野菜の触感とお肉の触感が合わさって……」

「野菜の歯ごたえの後に来る肉のしっとりとした噛み心地。そこから広がる肉汁とタレのハーモニー。……最高だ」

「後から来る独特の風味と辛みが全体にアクセントを加えているな」

「この世界で食えるもんは美味過ぎる!!」


 

 みんな喜んでくれてるから、角煮サンドは大成功かな。

 こうなると分かってるならもっと角煮を仕込んどくんだったよ。

 おかげで今日の晩酌は柿の種になりそう。

 いいけどさ、好きだし。


「――ふぅ。今回もとても美味しかったですわ」


 角煮サンドを食べ終わり、コップに注いだお茶も飲み干して。

 笑顔でそう言ったリリウムさん。

 もうその笑顔で作った甲斐があるってもんですよ。


「とても美味かった。やはりこの世界に来て正解だったな」


 同じくお茶を飲み、一息ついたマジャリスさん。

 そういえば……。


「最初にこの世界に来られたのはダンジョン内の魔法陣に入ったからなんですよね?」

「? そうだが?」

「よくもう一回この世界に来られましたね。同じ魔法陣を使ったんですか?」


 まさかわざわざここに来るためだけに、昨日と同じ魔法陣を使ったのか? という疑問が湧いた。

 いや、俺の中の知識として、ダンジョンって上か下に向かうものじゃん?

 なのに、ここに来るためだけに、一日の進捗捨てて魔法陣の位置まで戻ったのかなって。


「なぜ?」

「なぜ? って、そりゃあ異世界に行くほどの魔法陣なんて珍しいんじゃないですか?」

「確かに珍しいものではありましたが、魔式と配置さえ分かってしまえば再現出来ますよ」

「向こうに帰る時にも、逆式の魔法陣で帰ったわけで、そこから考えれば、こちらに来る魔法陣も生成出来るのは不思議でもあるまい」

「なんて言ってるが、俺にはさっぱりだからな? リリウムとマジャリスが魔法陣に関しては群を抜いてるだけで」


 ラベンドラさんが二人の話を聞いてため息をつきながらそう言ってくる。

 安心してください、何一つとして理解してませんから。


「昨日はまた来るつもりは本当になかったんじゃがのう。一夜明けて、朝食に元の世界の飯を食って愕然としたわい」

「こんなに美味しくありませんでしたっけ? と顔を見合わせて首を傾げてしまいまして」

「三人に泣きつかれ、可能な限り再現はしてみたのだが、あと一歩……いや、あと五歩はこちらの味に届いてなくてな」

「気が付けば今日も行こうと、パーティ四人の心が一致していた」


 いやまぁ、あんな感じで別れたんですから俺も来るとは思ってなかったんだけども。


「もし今後も来る予定なら、それを加味して食事の用意しますけど……?」


 事前に言っておいてくれないと、今日みたいに米がないとか、おかずが足りないとかなりかねない。

 ちゃんと連絡してくれ。報告、連絡、相談の報連相は大事よ?


「お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」

「そちらの負担にならない範囲で構わない。今後も食事を提供してもらえると嬉しい」

「こちらから食材の提供はする。昨日の肉のような形になるのは魔物の素材だから目を瞑って貰いたいが」

「向こうには珍しい食材や美味いと評判の食材もたんまりある。それを定期的に持って来るわい」


 まぁ、みんな悩みなく食事をお願いって事だな。

 知ってたけど。

 んで、今回の肉みたくメイン食材も提供してもらえると。

 ちょっと食費が高くなるだろうけど、それくらいで生活が困難になるほど困窮してないし。

 まぁ、いいんじゃね? それに、異世界の住人に食事を振舞う機会なんてそうそうないし、趣味の延長で食材が貰えるなら万々歳ってところだろ。


「分かりました。あ、食材はまだ大丈夫ですよ? 昨日の肉、まだまだ残っているんで」

「そうか。では明日もあの肉の料理という事になるのだな?」

「腐る前に消化しないとですし、そうなりますね。ただ、明日の料理はこの世界でも人気の高い調理法にしますので、お楽しみに」

「そういう事なら俄然ダンジョン攻略が身に入るわい。美味い食事が待っとるとなれば、やる気が出るしのう!」


 そう言ってガブロさんは、どこからともなく自分の身体と変わらぬ大きさの斧を取り出して。


「あ、危ないですから! 危ないですから!!」


 振り回しかけたところを制止する。

 んなもん、家の中で振り回すな! 外でやりなさい外で!!


「ではカケルさん、また明日もよろしくお願いしますわ」

「楽しみに待っている」

「今後は出来れば調理の過程を見せてもらいたいな」

「酒も出来れば頼むぞい。あ、本当に出来ればでよいからの!」


 そうして四人は、また紫色の魔法陣を生成し、その中に入っていった。

 って、皆さん!? 靴忘れてますよ!! 靴!!

 ――数秒後、ちゃんと取りに戻ってきた。



「にしても、スノーボアの肉があそこまで美味くなるなんてのう」

「火を通した直後はまだ食えるが、時間が経てば経つほど固くなるんだけどな、普通は」

「明らかに火を通して時間が経っていましたのに、歯に当たるだけでホロホロと肉が崩れましたものね」

「いや、注目すべきはあのタレだろう。味もさることながら、あのタレで煮込んだことがスノーボアの肉を柔らかくした要因だと考えている」

「再現は出来そうかの?」

「味の再現ならば出来るだろう。……が、味を再現しても、肉をあのように柔らかく出来るかは分からん」

「またしばらくは、今日の飯の事を思いながらダンジョンを進むことになりそうだ」


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スノーボア:雪のように真っ白な……というわけではなく、雪玉のようにすぐに大きくなってしまうからその名のついたイノシシ型の魔物。

加熱直後は柔らかいが、冷めると噛み切るのが難しいほどの固さになる肉質。

味は豚肉に近く、臭みも少ない。

四人が倒した個体の大きさはおおよそ八メートル。

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