第5話 異世界肉の角煮丼

「えぇっと……?」


 当たり前に入って来た四人は、俺に手を上げて挨拶すると。

 当たり前と言った様子で靴を玄関に置きに行った。

 今回は最初から靴を脱いで手に持ってたからカーペットは汚れなかった。

 良かった良かった……。

 ――じゃなくて!!


「また来たんですか!? というか、来れるんですか!?」


 てっきり昨日が最初で最後、一期一会の出会いだと思ってたんですけど?


「やっぱり、迷惑でしたでしょうか?」


 俺の言葉に身をすくませ、申し訳なさそうに言うリリウムさん。

 いや、何と言うか、そういうわけじゃなくてですね?


「迷惑ではありませんけど……その、もう来ないと思ってしまってて――」

「昨日までは俺たちもそう思っていたんだけどな」

「結局昨日食った味が忘れられんかったわい」


 マジャリスさんがため息をつきながら言い、ガブロさんが豪快に笑いながらそう言って。


「向こうの食材では、まがい物の味にしかならなかったんだ」


 物凄く悔しそうに、ラベンドラさんが声を絞り出す。

 まさか……カップ麺の味を再現しようとしたのか?


「ラベンドラの作ったのも不味くはないんだが、カケルにご馳走してもらった味と比べるとどうしても、な」

「ワシらが落胆してるのを見て一口寄越せと言ってきた冒険者は、金払って買って行ったからのぅ」

「十分に美味しかったのですよ? それよりも美味しかったものを食べたことがあるだけで」


 と、三人からフォローされるラベンドラさんだが、その表情は絶対に納得していない事が窺えた。


「だから俺は頼み込んで、こうしてまたカケルの飯を食いに来たんだ。次は、絶対に同じ味を作ってみせる、と」


 なんて力説するラベンドラさんだけど、ごめんなさい。

 カップ麵は俺何もしてないんです。

 美味しかったのならそれは企業の努力で、俺はお湯を沸かして規定量入れただけなんです。


「それで? 今は何を作っているんだ?」

「何やら美味しそうな匂いが漂っていますが……」


 周囲を見渡しながら、ラベンドラさんとリリウムさんが匂いの発生源を探している。


「昨日貰ったお肉を煮付けてるんです。もうすぐ出来上がるんで、一緒に食べますか?」

「よろしいのですか!? 是非お願いします!」

「また美味い飯が食える」

「昨日のを思い出すだけでも腹が減ってたんじゃ! 今日も馳走になるぞい!!」

「今日こそは……味を完璧に……」


 そんな四人に、今日も食べるかと尋ねると。

 二つ返事で受け入れた。何なら、一人だけスタンスが違う人居るけども。

 じゃあちゃっちゃとしますか。

 茹で上がった卵を冷水に晒し、殻を剥いて角煮を煮付けている鍋に放り込む。

 一パック分丸々茹でたけど、これなら一人二個ずつでピッタリだ。

 豚角煮も五人で分けても十分量ある。……俺の晩酌用には残らないだろうなあ……。

 米は……三合じゃ足りないよな。

 本来は残ったご飯は冷凍保存しとこうと思ったけど、逆に足りないし。

 むしろ冷凍庫内のご飯を消化できると考えよう。

 というわけで増えた人数分皿を出し――このままだと洗い物増えるな?

 ……丼にしちゃうか。器を丼に変更し、電子レンジで冷凍ご飯を温めて。

 ふと思い立ち、人数分のコップを用意し、


「飲み物、お茶でいいですか?」


 と声をかける。

 すると、


「お茶? ……お茶!?」


 何故か驚くマジャリスさん。

 それに続いて、


「茶なぞ高級なもん出さんでええ」


 なんてガブロさんも言ってくるし。

 お茶が高級……どんな世界だよ。

 俺が出そうとしてるお茶なんて、有名人がパッケージされた水色のお茶パックのやつだぞ。

 単価いくらだよって話よ。


「いや、俺らの世界だとお茶は安いですよ。……あー、上を見ればたっかいのもありますけど」


 玉露だとか、有名ブランド茶は確かにある。

 けど、そんなものをホイホイ買える様な生活はしてないんだこれが。

 俺は普通の庶民ですよ。


「とりあえずどうぞ。口に合わなかったら言ってください」


 というわけで半ば無理やり気味に四人に麦茶を振舞う。

 四人は、出された麦茶をおっかなびっくり眺めていたけど、


「いただきますね?」


 と言って口にしたリリウムさんを皮切りに、口を付けていった。


「まぁ!? 香ばしくて美味しいですわ」

「よく冷えてるのがいい」

「後味もスッキリしとるの」

「これはダンジョンに持ち込みたいな」


 最初はチビチビ飲んでた四人も、すぐにのどを鳴らして飲み始め。

 おかわりも注いでやって、ふーっと一息。


「飲み物ですら美味いな」

「この飲み物が安いと信じられません」

「味の再現が出来そうな素材が思いつかない。――恐らく香ばしさから炒ったものを材料にすると思うのだが……」

「なんぞエールに似とる風味がするのう」


 お、ガブロさんが近いかもしれない。

 エールって、要はビールの事だよな?

 ビールの主材料は麦の筈だし、麦茶の原料も当然麦。

 意外といい線いってるじゃないの。


「エール……? ふむ、なるほど」


 どうやらガブロさんの言葉で何か思いついたらしいラベンドラさんが、虚空から取り出した羊皮紙に羽ペンで何か書き込んでいた。

 ……何だろう、このわくわく感。

 羊皮紙に羽ペンって、それだけで冒険感がしない?

 俺だけかな。

 なんてやってる内に米も炊けたし、ご飯を器によそいまして。

 その上に、湯通しして水気を切ったチンゲン菜を二枚敷き、そこに角煮を乗せていく。

 角煮は一口大に切ったんだけど、これがまたちゃんと出来ててさ。

 包丁を当てただけで、ホロっと肉の方が崩れていくのよ。

 力とかほぼいらずに切れちゃった。

 肉の後にはゆで卵も縦に二分し、それぞれお皿に盛りつけてっと。

 完成!! ブタノヨウナナニカ肉の角煮丼!

 ご飯の白! チンゲン菜の緑! 肉の茶色に卵の黄身の黄色!!

 彩も良く匂いも最高。

 後はここに煮付けていたタレを回しかけてっと。

 ああもう! 匂いだけで米が食えるレベルのいい匂いなんだよちくしょう!!

 ハイお待ち!!

 と、四人の前にドン! とお出し。


「これは……」

「角煮丼です。絶対に美味いですよー」


 と言いながら人数分のお箸を用意。

 と思ったけど、この人ら箸って使えるのかな?


「皆さん、お箸の使い方は分かります?」

「お箸……? これの事でしょうか?」


 たった今手渡した箸を見ながら首を傾げるリリウムさん。

 流石に知らんか。

 でもいい機会だ、使い方を知って貰おう。


「中指を間に挟んで、こうして動かして使うんです」


 と、目の前で動かして見せると……。


「ふむ、こうか」


 一発で出来てしまうガブロさん。

 クッソ器用だなこのおっさん!?


「道具の扱いではドワーフには敵わないな」

「でも、これはそこまで難しくないぞ?」

「コツを掴めば簡単ですわね」


 ラベンドラさんやリリウムさんもすぐにマスター。

 程なくしてマジャリスさんもコツを掴んだらしく、もう普通に箸を動かしていた。

 エルフやドワーフの器用さパネェ。

 流石に箸初見で三分以内に動かし方マスターはちょっと人間には無理でしょ。


「? この下に敷いてあるのは?」


 箸の使い方もマスターし、いざ実食となり。

 丼を持ち上げたリリウムさんが、米を見て不思議そうに尋ねてくる。


「それは俺らの主食です。米って言うんですよ」

「米。……これはどう食べるのが正解なんだ?」

「正解は無いと思うんですけど、俺は具を先に頬張って、そこから米をかきこみますね」


 実際食べ方に正解って無いよな?

 意地汚くないようにとか、それくらいしか思いつかないし。


「なるほど。……確認だが、これは昨日俺たちが渡した肉を使っているんだよな?」

「はい。あれだけ大量に貰いましたからね。使ってみようと思いまして」

「そうか」


 ん? なんか良くない肉だったのか? 口に入れるのを躊躇ってるように見えるが?


「いただきます」


 まぁいいや。俺は普通に食べちゃお。

 という事で角煮を一つ掴んでパクリ。

 ……ん! んま~~!!

 肉はしっかり柔らかくてホロホロ崩れるし、脂身はほんのり甘くてタレと絡む。

 何より茹でただけだったら少しパサついてた肉が、煮付けることでしっとりジューシーに仕上がってる。

 噛むとジュワッと溢れる肉汁と染み込んだタレ!! そこに白米をかっこむとたまらないんじゃ~~。


「うっめ」


 思わず俺の口からこぼれた感想を聞いた四人は目を見合わせると。

 それぞれ、角煮を掴んでパクリ。


「――!!?」

「柔らかっ!?」


 驚き口元に手を当てるリリウムさんと、肉が柔らかい事に驚いているマジャリスさん。

 そして、


「凄いな。あの肉がここまで……」


 なんて肉を目の前に持って来てまじまじと見つめているラベンドラさんと、


「ガッツガッツ!」


 一人無言でかっこんでいるガブロさん。

 あんただけは変わらないな。


「コレ、どうやって作ったんだ!?」

「肉もそうだがこのタレだ! 極論、このタレだけでこの米が食えるぞ!?」

「お肉が口の中でとろけますわ」

「おかわりあるか!!?」


 ……とりあえず、ゆっくり食べさせてくれるかな?

 質問とかはちゃんと答えるからさ。

 ――あと、おかわりはない。

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