第88話 まぁそうなるよね

 とりあえず、気を取り直して……。

 まずはトリニチカシイオニクを炒めていく。

 焼くのは皮目から。

 ちょいと強火で皮をパリッとさせたい。

 嫌いではないんだけど苦手なんだよね、鶏肉の皮。

 変に熱入れるとブヨブヨするじゃん? あれがダメ。


「出た脂は捨てないのか?」

「うま味がありますから、このまま使いますよ」


 ラベンドラさんに指摘された通り、結構脂が出てきたな。

 けど捨てるのも勿体ない気がして、このまま使っちゃうかな。


「ある程度火が通ったら野菜を入れます」


 肉の色が変わってきたら、あらかじめ薄切りにしていた人参と玉ねぎを投入。

 こいつらにも火を通していきますわぞ~。


「で、こいつらにも火が通ったら、調味料で味付けしていきます」


 まずケトルで沸かしたお湯に溶かしたあごだし。

 そこに醤油、塩、みりんを入れて、最後に料理酒……。

 待てよ? どうせ俺はお酒あんまり飲まないし、徳さんから貰った日本酒を使っちゃうか。

 酒好きからしたら怒られるかもだけど、飲まない、使わない方が勿体ないし。


「む? 酒の匂い!」


 蓋を開けて、日本酒を投入しようとしたら、ガブロさんが一言。

 ……そうじゃん、ガブロさんドワーフ居るじゃん。

 消化しきれない日本酒は押し付けちゃえばいいじゃん。


「貰い物なんですけど、試してみます?」


 俺としては、ほんの軽い気持ち。

 ドワーフだし、お酒飲みたいだろうな、みたいな感覚での一言だったんだけど……。


「カケルっ!?」

「いけません!!」


 ラベンドラさんとリリウムさんから必死の形相で止められたよ。

 ま、間に合わなかったわけなんですけど。


「頂くぞい」


 マジで見えなかった。

 ほんの一瞬前まで、テーブルに座っていたはずのガブロさんは。

 音も、風も、気配すらも感じさせずに俺の前に出現。

 いつの間にか俺から酒瓶を受け取ったガブロさんは、そのままラッパ飲みしようと……。


「ちょ、ちょっと待ってください! せめてコップを!」


 流石に日本酒をラッパ飲みさせるわけにはいかないと、ガブロさんにコップを差し出して。


「あ、その前に料理用に使いますから」


 そもそもまだ調味料としては使ってないのを思い出し、ガブロさんから酒瓶を取り返して。

 とりあえず親子丼の具には投入完了。

 あとはガブロさんに餌付けならぬ酒付けにと渡しまして。


「後はこのまま、味が染み込むまで煮込んで、卵でとじて完成です」


 ガブロさんを視界から外し、ラベンドラさんに調理工程のご説明。

 これで終わりなんだから親子丼はお手軽な料理よね。

 調理工程少ないのマジで魅力。


「カケル、卵でとじる前のつゆの味を確かめさせてもらっていいか?」

「あ、はい、どうぞ」


 というわけでラベンドラさんにスプーンを渡し。

 つゆを掬って、やや冷まし。

 ラベンドラさんがそっとつゆを口に含んだ――瞬間。


「ふぉぉぉぉぉー-っ!!?」


 ガブロさんの絶叫が迸る。


「んぶっ!? んほっ!!? げほっ!!」


 なお、被害者はラベンドラさんである。

 口に含んだ瞬間後ろから大声上げられて、変なところに入っちゃったみたい。

 涙を目に浮かべながら恨めしそうにガブロさんを睨みつけてたよ。


「どうした? ガブロ」

「ガブロがこのような声を上げる時は決まっていますわ」


 なお、むせてるラベンドラさん以外の二人は呆れ気味。

 あーあ、またか、みたいな表情してはる。


「……美味い。実に美味い……。最高に美味い」


 で、ようやくガブロさんが発した言葉がこれ。

 うん、気に入ってくれたようで何より。


「クラっと来るほどのアルコールがたまらん! なのに飲みやすく、スッと鼻に抜ける! ふわりと風味が香り、後味もスッキリしておる!!」

「うん、分からん」

「丁寧なご説明でしたけどね。ほとんど理解できませんわ」

「酒の味はお前にしか分からん」


 だそうです。

 皆さんガブロさんの扱いに慣れてますね。

 もっと言えばドライですね。


「カケル! これは貰っても構わんのか!?」

「あ、はい。俺もほとんど酒を飲まないんで、全然減らなくて……」

「何じゃと!? こんな美味い酒を飲まないじゃと!?」

「ガブロ、押し付けるな」


 ズイっと詰められたけど、ガブロさんはラベンドラさんに止められてた。

 危うくアルハラされそうになったか? アルハラに限らず全部のハラスメント、ダメ、絶対。


「そ、そろそろ卵を入れる頃合いです」


 そこから逃れるために、強引に話題転換。

 違うよ? 本当に卵を入れるタイミングなんだって。


「そう言えば、ガブロのせいで味の感想を言ってなかったな」


 ラベンドラさんも戻ってきたね。

 果たしてつゆの感想はいかに。


「物凄くサッパリしたうま味の強いつゆだった。恐らく、大体の食材に合う味だな」

「ほう。食べるのが楽しみになるな」

「味としては何に近い?」

「何に近い……。難しいな」


 腕組んで考え始めちゃったや。

 まぁ、ダシの味を何に例えるかって話は難しいよな。

 ダシはダシでしかないわけで。

 何かに例えられる味ではないかな。


「多分、食べた方が早いと思いますよ?」


 というわけで助け船。

 結局食べた方が早い。百聞は一見に如かず、百見は一行に如かず。


「翔ー? ……まだ出来ないのー?」


 なんてやってたら、姉貴からご飯の催促が。

 はいはい、今すぐ仕上げちゃいますからね~。

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