第222話 それはズルじゃん

 目が覚めて、歯を磨き、リビングに行って。

 ――テーブルの上にある紫の魔法陣と、でっかい肉の塊を二度見し。


「……夢?」


 現実を受け入れられず、頬をつねる。

 ――いふぁい。


「え? もはや手渡しですらなくなってんだけど?」


 若干微睡の中にいた思考も、衝撃的な光景を見たら覚醒するというもの。

 いや、マジでなんでこんな事を……。


「ん? なにこれ?」


 その、テーブルの上にあった何か分からない肉の横。

 魔法陣の脇には折りたたまれた手紙のようなものが置いてあり。

 読もうと思って手を伸ばすと……、


「うわっ!?」


 なんか急に浮き上がり、見たことない文字――遺跡とかで見る類の文字が宙に浮かび上がったかと思うと。


『こんな形で食材を渡すことになってしまい、大変申し訳なく思う』


 急に、辺りにラベンドラさんの声が再生された。


『決してマジャリスが珍しい食材を持っていたことを知って我を忘れたとか、ラーメンの美味しさにテンションが上がっていたとか、コーヒーと言う存在を知って嬉しかったという事ではない』


 あ、はい。

 ツンデレかな?

 全部好意的に解釈しますわぞ?


『実は、こちらの世界の新聞を発行している機関にこの間作ってもらったおにぎりを食させたのだが、あれよあれよと王の耳へと届いたらしく』


 あー……おにぎりってあれでしょ? ひつまぶしをモチーフにしたやつ。

 ……王に報告されたの? マジ?


『その王から、近いうちに謁見せよと命令が下ってな』


 冒険者ってのも大変そうだねぇ。

 まぁ、だからこそ『OP枠』なんてものになってたんだろうけども。


『その内容が……カケルに渡した『――』を焼いて調理してくれという内容で……』


 ごめんなさいラベンドラさん。

 どの食材かさっぱり皆目見当がつきません。

 ほとんどの食材、言葉に出て来てないんだもん。


『ガブロに直接焼かせようという事になったのだが……あろうことかその食材を私たちが切らしていてな』


 ガブロさんに焼かせる……?

 ワイバーンかウマイウナギマガイのどちらかかな?

 切らしてるって話だし、ワイバーンの方か?


『もしよければ、カケルの手元にある『――』を、今残っている量で構わない。我々に戻して貰えないだろうか?』


 ……まさかウマイウナギマガイの方か?

 え? もう食べきったの? 嘘でしょ?

 俺に滅茶苦茶な量渡して来て、てっきり自分たちの分も相当量確保してると思ってたんだけど……。

 いや、あの四人なら食うか。

 どんな量でも。


『都合のいい申し出という事は重々承知だ。もちろん、ただでとは言わない。代わりとなる食材を送らせてもらう』


 ははーん? 読めたぞ?

 つまりその代わりとなる食材ってのがテーブルの上に鎮座する肉って事か。

 ……多いよ!!


『『――』の回収は今夜そちらに行った時に行わせてもらおうと思っている。どうかよろしく頼む』


 よろしく頼むって言ったって……。

 だって、王との謁見でウマイウナギマガイを使うって話でしょ?

 それを俺が断ったら、俺のせいで王との謁見が出来なかったってなっちゃうでしょ?

 ねぇ知ってる? 日本人って、自分の責任になることを嫌うんだよ?

 渡すさ。当然。

 と言うか、まだまだ冷蔵庫に余ってるし、正直ウマイウナギマガイの調理法行き詰ってたし。

 丁度いいタイミングだったと思うにしよう……そうしよう。


「んで、お前と」


 さて、そろそろテーブルの上の肉と向き合おうかな。

 肉……肉だよな?

 見た目は……何だろうな。

 サーロインの塊みたいな感じか。

 それとマグロの大トロの見た目を足して二で割った感じ。

 赤と言うよりもピンクな色をしたお肉と、そのお肉に細かく、そして満遍なく入ったサシ。

 サシの感じは大トロっぽくて、身の中に脂の塊的なのは見えてこない。

 これは果たして肉か? 魚か?

 とりあえずいつも通り塩茹でにして試食。


「うわ、すっげぇ脂」


 で、塩茹で用に切り落としたら、包丁に脂がべっとり。

 旬で脂の乗りがいい魚を捌いたみたいな感じになった。

 ……実際に捌いた事はなく、動画で見たことあるだけだけども。


「身が縮んだりはしないか」


 で、鍋にケトルで沸かしたお湯を入れて、塩一つまみ。

 沸騰した中に肉を落とし、しばし観察。

 脂の出方が凄い。

 一気にお湯の表面を脂が覆っちゃったよ。

 肉の色が変わり、安全の為に茹ですぎ位まで火を通し。

 シンプルに塩でいただいてみる。


「いただきます……」


 そのお味は……。


「あ、肉だ!」


 肉でした。

 魚じゃあないね、ガッツリ肉。

 それも牛肉っぽい。

 あとうめぇ。

 滅茶苦茶うめぇ。

 ボイルされて脂が抜けきったかと思ったけど、まだまだ全然身の中に脂残ってたわ。

 その脂も全然臭くないし、何なら物凄く爽やかな感じがする。

 ……りんご? みたいな香りがほのかに鼻の奥に香るのよ。

 あと、全然脂っぽくない。

 さっぱりしてるし、肉も滅茶苦茶柔らかい。

 美味い。


「牛肉……だったとして、何を作るか……」


 何を作っても美味いだろうけど、この世界で言う黒毛和牛とかの肉だと思うんだよね。

 それを牛丼に……とかってのは違うじゃん?

 高い肉だからこそ作りたい料理……。


「よし、この肉をメインに、他の肉も買い足して焼き肉にしよう!!」


 まずはシンプルに肉を味わいたいと思ったので。

 ホットプレート君に頑張って貰う事に決定。

 と言うわけで私はお仕事行ってきますね。

 いやぁ、今夜が楽しみですなぁ!!

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