第64話 閑話 地図士
「それじゃあ、今日は素材集めの日としましょう」
翔の家で牛カツをこれでもかと堪能し。
とんかつソース、塩レモンのレシピを頭に叩き込んだラベンドラの頼みにより。
リリウム達は、一日を現代料理再現の素材集めに当てることにした。
「私とガブロで肉を確保してきますわ」
転移魔法が自在に使用出来るリリウムと、素材を的確に解体出来るガブロがペアを組み。
大きめな町へメイン食材の確保へ。
「俺は森へ入り、必要な木の実やキノコなどを取ってくる」
ラベンドラは森へと向かい、再現に必要な食材を。
「俺は商人が珍しいものを持っていないか聞いてみよう」
マジャリスは町へと残り、町にいる商人から情報を集めることに。
「一度昼頃に集まり、進捗報告兼腹ごしらえをしましょう」
「昼頃の食事は任せておけ。そろそろアレの準備が出来た」
「ようやくか。長かったな」
「エルフが時間の長さに文句を言うもんじゃないわい」
「では、一旦はお昼まで。その後、進捗次第で延長という事で」
どうやら話がまとまったらしく、翔の持たせた牛カツサンドを平らげた一行は、各々の役割の為に移動を開始。
転移魔法によりその場から瞬時に居なくなるリリウムとガブロを見送り。
森へ向かう為に町を出たラベンドラを見送ったマジャリスは、行商人たちが集まる広場へ。
何か珍しい出品はないかと物色して回り、ふと、とある店で足を止める。
「これは?」
マジャリスの目に留まったのは、一つのタリスマン。
魔法陣が描かれ、その周囲に魔法文字が刻まれた首飾りであり。
この世界においてはそこまで珍しいものではないように思えるが……。
「これはこれは、エルフのお客様ですか。やはり気になりますかね?」
マジャリスの言葉に反応したのは店の店主。
膨大な癖毛の髪の毛を伸ばした、細身の女性。
何かを鑑定していた最中だろうか? モノクルをかけた状態でマジャリスに話しかけてきた。
「そいつは私が東の方を旅していた時に手に入れた曰く付きのもんでね。何でも、強い力を持つ呪詛士が使っていたって話さ」
「そうなのか」
「そうさ。ただ、強すぎる力は呪詛を扱う本人すら蝕んだ。呪詛中は部屋に籠って姿を見せなかったそいつが、突然叫び出したとさ。慌てて様子を見に行くと、そいつがいた部屋はもぬけの殻になっていて、部屋の中央にそいつが落ちてたってことだとよ」
「ほーん」
手に取っていいか? と断わりを入れ、許可を貰ってタリスマンに触れてみる。
(呪いは無い。魔法陣も、周囲に刻まれた文字にも大したものはない。……興味を引くために話を盛ったか)
そう判断したマジャリスは。
「これを貰おう。いくらだ?」
タリスマンを買う事に。
「おや、いいのかい? てっきり要らないと言われると思ったけどね」
その反応に驚く商人だったが、値段を言ってマジャリスから受け取り。
「毎度あり」
ご機嫌に、そう言うと、さっさと店じまいの準備を始める。
そこへ、
「すまない。少しいいか?」
マジャリスが声を掛けた。
「何だい? 返品なら受け付けてないよ?」
「違う。東の方に旅していたと言ったな?」
「そうだよ? ここに来る前にね」
「そこで、珍しい食材を仕入れなかったか? 食材の情報だけでもいい」
「そうさなぁ……、聞いた覚えはないねぇ」
返って来たのは、片方への否定。
つまりは、否定していない方は手にしている、と暗に表しており。
(対価を寄越せ……と)
マジャリスの事を意味深に見続ける商人に、
「これからどこへ向かうんだ?」
何が欲しいのか、ではなく、どこへ向かうのか、を尋ねる。
「そうさなぁ。北の方へ行こうかね。ため込んでた毛皮が売れる頃合いだろうからねぇ」
「そうか、北というと――この辺りか?」
北と聞き、自身の収納魔法から数枚の手書きの地図を取り出して商人の顔の前へ。
一瞬、なんだ? という顔をした商人は、目の前にぶら下げられたものが地図だと理解した瞬間。
「なっ!?」
それを取ろうと手を伸ばし、マジャリスに翻されて空振りに。
「そっちが持ってる何かと交換って事でどうだ? ここから北にある町3つ、そこに向かうまでの地図だ」
「……むぅ。分かった。と言っても量は無いぞ? 本当は虎の子として確保しておく予定だったんだからな」
と言って商人が差し出してきたのは小さな包み。
その包みには、純白の小さな木の実が複数入っていて。
「東にしか存在しないというバクセンカという植物の種だ。何でも、いいスパイスになると言うがレシピが分からん」
どうやら自身でも少しは試したらしいが、全然味も香りもしなかったとのこと。
ただ、大金を出して買った手前、捨てたりなどはもっての外。
それで今日までこうして持っていたらしい。
「それにしても、ここまで丁寧に書かれた地図なぞ久しぶりだな。……アレだ。『世界の目』と呼ばれた地図士の地図以来だ」
「ほう? そいつの地図は俺のよりも凄いのか?」
「そうさなぁ。……いい勝負だ。お前さん、地図士としては有名なんじゃないのかい? 地図の書き方で大体わかるさ」
「どうだかな。じゃあ、こいつは貰っていくぞ?」
「あいよ。あんたのおかげでしばらくは迷いもしない旅が出来そうだ。達者でな」
「そっちこそ」
そう言ってマジャリスは商人と別れ、また広場をぶらつき始める。
「『世界の目』か。久しぶりに呼ばれたな、その名で」
と、独り言をポツリと呟きながら。
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